四、ゲームと現実 7、
「・・・・・へえ。これがフォーか。なかなか個性的な味だけど、おいしいね」
「この麺を、あのくず米で作ったの?本当に?」
そして次にテーブルに並べられたのは、この試食会を開くことになった因たるフォー。
「はい。この麺は、米粉と片栗粉で作ってあります。魚醤は流石に手に入らないと思ったのですが、ブラッドフォード様が流石の伝手で探し出してくださいました」
嬉しそうに、にこにこと言うアイリーンに、ブラッドフォードも満面の笑みで答える。
「アイリーンが望んだからね。とはいえ、父上の手を借りたのが悔しいところだけど・・・そうだ。これに似た食べ物で、小麦粉を使ったうどんというものもあるんだ。アイリーンが、僕のために、作ってくれたんだけど、残念ながら今日は無いんだよね」
さり気なく『僕のために』を強調し、今日、うどんが用意されていないことを微塵も残念に思っていないどころか、自分は特別なのだと主張する気が溢れ出ているブラッドフォードに、クリスたちは呆れたような目を向けるも、アイリーンは気づかない。
「あれも、お醤油をブラッドフォード様が見つけてくださったから」
ゆえに、嘘偽りない感謝の気持ちでアイリーンがブラッドフォードを見れば、ブラッドフォードも、それでいいとばかり、にこにことしている。
「・・・・・ああ。何を見せられているんだろ、俺達。ってか、うどん、ってなに?」
そんな様子を見て、わざとらしくうんざりと言ったアシュトンが、優越を主張されようと、新たな情報に違いは無いと、アイリーンに尋ねた。
「うどんは、小麦から作る麺です。アーサーズ公爵領は、お米ではなく、小麦の生産が盛んですから」
「ははあ。フォーは、米から作るもんなあ。アーサーズ公爵領で、米は生産していないしなあ・・なあ?ブラッドフォード・・うぐっ」
『なるほど、なるほど。我が領に嫉妬したか。それでもって、何かないかと聞き出したのか』と、揶揄うアシュトンの脇を、ブラッドフォードは肘で思いきり突いて、アシュトンを撃沈させる。
「ああ、なるほど小麦か。そういえば、ふたりの婚約も、そういった領の事業が関係しているのだったね」
そんなアシュトンを知らぬふりで、クリスが、アイリーンの説明に『そうか。そこに繋がるのか』と納得して深く頷けば、モーリスも即座に同意した。
「そういえばそうだったな。確か、アーサーズ公爵家の小麦の運搬に、ドレイク伯爵領の港を使いたい、というのが始まりだったか」
「ドレイク伯爵が開発した、領の港と船は、素晴らしいからね。父上も、絶賛されていた」
小麦の生産量国内随一を誇るアーサーズ公爵領だが、その領地は内陸部で王都への運搬には険しい山脈を越える必要があるため、長年の課題となっていた。
しかしてそれは、アーサーズ公爵領に限ったことではなく、ここアンブラー王国全体の問題として、代々の国王が頭を悩ませて来た事柄でもあり、王家に生まれたクリスは、その問題を解決したドレイク伯爵家について、父である国王が国の発展に尽くしたとして、未だ非公式ながら陞爵するつもりであることも確認している。
「うちの領から陸地経由で王都を目指すと、どうしても難所を幾つも通らないといけないけど、ちょっと南に行って、ドレイク領の港から運べば、時間も苦労も半分以下なんだから、みんな喜んでいるよ」
「我が領でも、良質な小麦を優先して扱ってもらえるようになったと、喜んでいます」
またも、ふたりで微笑み合うブラッドフォードとアイリーンを見て、クリスが仕方ないというように笑った。
「それにしても、ふたりは本当に仲がいいよね。ギャレット侯爵令嬢も、随分と愚かなことをしたよね」
「まったくだ。そもそも、仲もよくない家同士が、全員で揃いの衣装など身に纏わないだろうに」
婚約した本人たちだけでなく、両家の家族全員が、それぞれ部分的にではあるものの、同じ模様やレースを取り入れているのに、自分がそこに入り込めるとでも思ったのかと、モーリスは愚者だと切り捨てる。
「本当だよねえ。しかもアイリーン嬢のこと、末端令嬢の恥知らずなんて言ったんだよ?許せないよね」
モーリスに続き、漸く復活したアシュトンが言った言葉に、ブラッドフォードが素早く反応した。
「え?何それ。僕、聞いていないけど?」
「言っていませんから」
「なんでそんな酷いこと言われたこと、僕に黙っていたの?」
ずい、と迫られて、アイリーンは、あわあわと手を振る。
「キーズ辺境伯子息が言い返してくれましたし、その、心のなかで私もギャレット侯爵令嬢をアグレッシブ般若と呼んたり、蛇扱いしたりしていたので・・・!」
「「「「アグレッシブ般若?」」」」
必死に連ねたアイリーンの言葉に、四人は一斉に首を傾げた。
「なんというか。とても、内容の濃い日だったねえ」
試食会の終わった後。
アーサーズ公爵邸に泊まることになっているクリスたち三人は、ひとり馬車で帰って行くアイリーンを、ブラッドフォードと共に見送った。
そして、すっかりその姿が見えなくなったころ、アシュトンがぽつりと呟くのに、クリスも続く。
「本当にね。そもそも、こうして集まるきっかけになった元は、なんだったっけか・・そう、確かフォーからすべては始まったのだったね」
「うん。それなのに、うちの領の危機とか動物保護法とか・・行政めいたこともたくさん話をしたよね・・・って、ああ!お土産もらうの忘れた!」
果ては、各領地の生産品や運輸の話になって、すっかり忘れていたとアシュトンが叫んだ。
「手遅れだ。土産も何も、全部オレらの腹のなかだ」
「だよねえ。だって、おいしかったから」
ばっさりとモーリスに切られ、それが事実であるために、アシュトンも仕方なしと肩を落とした。
「それにしてもブラッドフォード。アイリーン嬢は、何と言うか、とても変わっているね。きちんと貴族令嬢なのに、突飛なんだもの。前世を覚えているからかな?」
「いや。まあ、それも一因なのかもしれないが、アイリーンはアイリーンなのだと思う。ゲームとか、前世とか関係なく、あの性格なんだろうと思う」
「仮想と現実が融合した令嬢」
クリスの言葉にブラッドフォードが答えれば、モーリスが短くまとめた。
「まあ。アイリーンによれば、ゲームのストーリーとやらが始まるのは、貴族院に入学してかららしいからな。後手にまわることのないよう、それまでに出来ることをやっておこうと思うよ」
「余裕だね、ブラッドフォード。ぼく達が聞いた以上のことを、アイリーン嬢はブラッドフォードに話しているということかな」
「当たり前だろう。僕に最初に話すから判断してほしいと、アイリーンに言われている」
くすくすと笑うクリスに、ブラッドフォードが当然と胸を張って答えれば、モーリスも薄く笑う。
「頼られて嬉しい、か」
「悪いか」
「いやあ。今日は、俺達に嫉妬するブラッドフォードを揶揄いまくろうと思って来たのに、まさか、コロッポルの話になるとは思わなかったよ。しかもコロッポルの乱獲は始まりに過ぎないなんて言うし」
それがバッタの大量発生に繋がるなど、未だ今一つ信じきれないとアシュトンは、苦笑した。
「今は、それでいいんじゃないか?オレも信じきれないが、動物保護法は画期的だと思う」
「そうだね。父上も驚くよ、きっと」
「クリス。何かあれば、まずアーサーズ公爵家を通してくれ」
具体的に話が進む際にはそうしてくれと、ブラッドフォードは真顔で告げた。




