一、桃色注意報 2、
「・・・何を、しているの?」
「はい、ソファーにとおっしゃってくださったので、遠慮なく座らせていただきました」
「その座り方、なに?」
「相手に敬意を表するものです」
『そうか。この世界、正座も無いらしいのだった』と思いつつも、形で示すのは大切だと真顔で言うアイリーンを、ブラッドフォードは困惑の表情で見つめる。
「窮屈じゃない?」
「いいえ。このソファー、座面も広いうえにとても座り心地がいいので、むしろ快適です」
前世では、床に正座することもあったことを思えば、このソファーは天国の椅子だと、アイリーンは、にこりと笑った。
「それは、良かった。でも、きちんと話をしたいから、普通に座ってくれるかな」
『笑顔も可愛いのに』と小さく呟き、ブラッドフォードが言うも、アイリーンは首を傾げる。
「きちんとお話をするための、姿勢なのですが」
「僕が落ち着かないから。僕が知っている普通にして」
「かしこまりました」
そういうことならば仕方がないと、アイリーンはきちんと靴を履き、床に足を付けて座り直した。
その際、きちんとスカートが捲れないよう、脹脛が見えたりしないよう、令嬢らしいきちんとした動きをするアイリーンを、ブラッドフォードは、これまた貴族令息らしく、なるべく見ないようにしつつ、好ましく見守る。
「さて。じゃあ、説明して。僕と婚約したくない、というのは分かるけど。その理由が突飛だよね?死にたくないから、って聞こえたんだけど」
「はい。そう言いました」
間違いなくそう言ったと頷き、アイリーンは、自分の前に茶器を置いてくれた侍女に、目線で礼を述べた。
貴族によっては、使用人が何をしてくれても当たり前という者もいるが、アイリーンは幼い頃から、どうにもそれが苦手だった。
生家のドレイク家では、両親も似たような気質だったため、異質ではなかったものの、他家との違いも感じ始めていた昨今、この性質は前世仕込みでもあったのだろうと、アイリーンは見事な水色の紅茶を眺める。
「死にたくないから、僕とは婚約したくない。それはつまり、僕と婚約したら君が死ぬということだよね?」
「はい」
「どうしてそうなるのか、説明してくれる?」
紅茶のカップに口を付け、アイリーンにも勧めながら、ブラッドフォードは真っすぐな瞳をアイリーンへと向けた。
「それは、げ・・ええと、ゆ、夢で見たんです。アーサーズ公爵子息は、この先の未来で運命の相手と恋に落ちて・・あ、そのご令嬢は男爵家の方なのですけれど、他の高位貴族や王子殿下も虜にする、可愛くて素晴らしい方なんです・・それで、私は彼女をいじめたとかの冤罪で、極刑を賜ります」
「うん。未来は、先でしかないでしょとか、貴族令嬢・・しかも、伯爵家の令嬢を極刑にするなんて簡単にできないよね、しかも冤罪なんて取り調べはどうなっているのとか、色々突っ込みたいことはあるけど。つまり君は、僕が将来、その複数の男を手玉に取るような女にうつつを抜かして一方的に君を貶め、死に至らしめるから婚約したくないと。そう言っているの?」
呆れたように言うブラッドフォードに、けれどアイリーンは、そのはしばみ色の瞳を輝かせた。
「はい!その通りです!というか、流石、弱冠十二歳にして英邁と言われるアーサーズ公爵子息様。お話の仕方が、頭いいです」
「君は、なかなかに可愛いのに、頭のなかは残念なんだね」
「わあ、可愛いだなんて。社交辞令、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。そして、頭に関してはその通り、そうなんです。容姿もですが、私は平凡のなかの平凡を極めていますので、公爵子息の婚約者、未来の公爵夫人など荷が重いです。というか無理です。なので、そちらの方向からも、婚約は無しの方向でお願いしたいのです。これは、アーサーズ公爵家のためでもあると、私は確信しております」
勢い込んで言うアイリーンに、ブラッドフォードは苦笑を浮かべる。
「いや。誤解させたのは悪かったけれど・・。残念だと言ったのは、そういうことじゃないよ。僕が、そんな節操無し女に惑わされると信じている、というところだよ」
「そうはおっしゃいますが。げ・・じゃなかった、夢では、出会ったその瞬間から、アーサーズ公爵子息は、彼女に夢中になるのです」
今は未だ、出会っていないから言えるのだと、アイリーンは微笑ましく思った。
「げ?」
「・・・・・」
「今何か、言いかけたよね?げ、の次の言葉は?そういえば、さっきもそんな感じだったよね?」
微笑ましく思い、砕けてしまった結果、うっかり再びゲームと口にしてしまいそうになり、なんとか回避したつもりのアイリーンだったが、二度は見逃してもらえず、かと言って、正直にここはゲームの世界だと言うことも憚られ、瞳を彷徨わせることしかできない。
「まあ、今はいいや。それより、このタルト。母が好んで食す物なんだ。是非、ドレイク伯爵令嬢にと言っていて・・ああ。名前で呼んでも?」
「はい。もちろん構いません」
「ありがとう、アイリーン嬢。では、僕のこともブラッドフォードと呼んでね」
「それは・・恐れ多いです。ご遠慮いたします」
貴族の頂点に立つ公爵家の子息に向かって、そのような馴れ馴れしいことはできないと、アイリーンは言葉丁寧に、その実、絶対拒否と言外に込めた。
「ふふ。そうか。じゃあ、少しずつ慣れて・・で、どうかな?タルト、美味しい?」
「はい!とってもおいしいです」
さくりとしたタルト生地と、滑らかなフィリングが最高と、アイリーンは緊張していたのも忘れて公爵夫人お気に入りの菓子を楽しむ。
「それは良かった。僕も、このタルト好きなんだ。カフェも併設している店だから、今度一緒に行こう。他にも、お薦めがあるんだ」
「それは素敵ですね」
これだけ美味なタルトを出す店なのだ。
他にも、色々おいしい菓子があるに違いないと、アイリーンは、ほくほくとその店に思いを馳せた。
~・~・~・~・~・~・~・
ありがとうございます。




