四、ゲームと現実 2、
『アイリーン。ほら、あーん』
今、アイリーンの目の前には、にこにこ笑顔のブラッドフォード。
そして、その手にあるのは一口サイズのサンドイッチ。
その表情には黒さなど微塵もなく、ひたすらに嬉しそうであるが、アイリーンの心臓は、ばくばくと煩い。
『ぶ、ブラッドフォード様。妙なことを口走ってしまい、申し訳ありません。ですが、その。自分で食べられますので』
『うん。もちろん、アイリーンが自分できれいに食べられることは知っているけど、妙なこと、って?・・ああ、そうか。恥ずかしいんだね、アイリーン。でも大丈夫だよ。ちっとも恥ずかしがることなんてないし、うちの使用人はみんな、アイリーンのことも大好きだから。それに、この軽食は僕達のために用意されたんだよ?食べない方が、哀しまれるよ』
『だから、ほら』と、サンドイッチを更にアイリーンの口元に寄せようとしたブラッドフォードは、不意に何かに気づいたようにひとつ頷いた。
『そうか、ごめん。アイリーンは、ぼくに、あーん、がしたいのだったね。でも、僕もアイリーンに、あーん、したいから。食べさせ合うようにしよう』
『た、食べさせ合う。ブラッドフォード様と』
その魅力的な申し出に、アイリーンは、こくりと息を呑む。
『すごく・・もの凄く恥ずかしいのですが、ゲームで見てから憧れだったんです』
ゲームでの一場面を思い出し、羞恥より憧れが勝ったアイリーンは、恥ずかしくも嬉しく、心まで満たされた気持ちで、ブラッドフォードの口元にもサンドイッチを運び、口に入れてもらったサンドイッチを咀嚼した。
『それで、早速なんだけど。アイリーン、フォーってなに?ゲームの全容は教えてくれているって言っていたけど、僕も聞いていないよ?忘れているだけ、ってことは無いと思うんだけど』
『あ。フォーは、ゲームに出て来た食べ物ではなくて、普通に、生活しているときに食べたことがあるんです。ギャレット侯爵令嬢が『フォー様』というのを聞いて、思い出してしまって』
紅茶を飲み、完全にサンドイッチを飲み込んでから、アイリーンは説明を始める。
フォーが、麺とスープの食べ物であること、材料に米や魚醤が必要であること。
『なるほど。米だったらアシュトンのところで栽培しているけど、あれは確か、飼料だよ?本当にあれを食べるの?』
『家畜が食べているのを見たことはあるけど』と、怪訝な顔をするブラッドフォードに、アイリーンは抱きつかぬばかりに喜びを爆発させた。
『ごはん!はい!炊くと、とってもおいしいんです!ほかほかで、幸せなんですよ。おにぎりにしても最高だし、海苔巻きとか散らしとか、お鮨なんかも!』
『ちょ、ちょっと待ってアイリーン。米は麺にするんじゃないの?ほかほかってなに?おにぎりって?そのほかにも色々、言っていたけれど』
突然ハイテンションになったアイリーンをなだめつつ、ブラッドフォードは、ひとつずつ疑問を解決しようと試みる。
『あ、すみません。ええと、フォーの麺も、確かにお米から作るんですけど、これはお米を粉にして、他の材料と一緒にこねて作るんです。それに対して、ごはんはお米を玄米か白米にしてから、炊飯するんです。おにぎりは、そのごはんを握ったもので、海苔巻きも散らしも、お鮨も、ごはんを使ったお料理です』
『あれ?お鮨は握り鮨っていわないと、散らしと被る?それに、散らし寿司も色々あるよね』と、アイリーンが悩んでいると、ブラッドフォードも、悩まし気に眉を寄せた。
『ふうん。分かったような、分からないような』
『ですよね。全部、ごはんを使った料理なんですけど、説明するのが難しいです。お米が手に入ったら、作ってみましょうか?』
多分、なんちゃってなら作れると思うと、記憶を引き出したアイリーンが言えば、ブラッドフォードの瞳が輝いた。
『うん。頼むよ。じゃあ僕は、米を譲ってくれるよう、キーズ辺境伯に父上から話をしてもらうね。もちろん、最初の試食は、ふたりでね?』
『はい。分かりました』
『じゃあ、もう少し何か摘まもうか。ケーキもあるし・・あ、ねえアイリーン。ゲームのなかでは、どちらが先に食べさせるの?』
にこにこと指定されたフルーツをフォークに刺したブラッドフォードに、こちらも指定されたローストビーフのサンドイッチを摘まみながら、アイリーンが笑顔で答える。
『ゲームでは、フレミング侯爵子息のイベントなんです。文に秀でているけれど武は苦手で。それなのに、野犬に襲われたヒロインを勇敢に護って負傷してしまって。その責任を感じたヒロインが食べさせてあげるんですけど、負けず嫌いなのか、利き手じゃない方で食べられるとか言い出して。それで・・・って、ブラッドフォード様?』
『ふうん。つまり、僕じゃないんだ』
地の底を這うような声を出され、不快だと全面に押し出した瞳を向けられて、アイリーンは大きく頷いた。
『そうなんですよ!すっごく好きなイベントなんですけど、ブラッドフォード様じゃないんです!なんで!?同じイベントあってもいいよね!って、何度も思いました。これがブラッドフォード様だったら、って』
『そ、そうなんだ』
『そうなんですよ!ずっと、憧れていたので、今すっごく幸せです』
最初の恥ずかしさなど吹き飛ぶ幸福度だと笑うアイリーンの目は、これでもかと輝いている。
『でも、そのゲームとやらでは、他のみんなとも仲良くなるのは、アイリーン・・ええと前世のアイリーンだったんだろう?』
『私はプレイヤーとして、ヒロインを動かす役だったから、そうなのかもしれませんけれど。でも、ここは現実だなってつくづく思うんです。ぶつけたら痛いし、話しかけられたら答えないと、会話にならないし、勝手に場面転換もしないですから』
『そうか。でも、みんなのこと、格好いいとかは思うんじゃないのか?』
揶揄うように言ったブラッドフォードに、アイリーンは、迷わず頷いた。
『それは思います。お顔はもちろん、皆さま、お声も本当に素敵ですから・・ところでブラッドフォード様、次は何を召し上がりますか?』
そんなに迷いなくはっきり言われると、結構落ち込む。
はあ。
みんな格好いい、か。
でも、まあ。事実か。
次は自分に何を食べさせようかと考えているアイリーンに、流れるように当然のように言われ、ブラッドフォードは苦いため息を吐く。
『ブラッドフォード様?そんなに悩まれますか?あのスコーンも美味しそうですよ。それにチョコレートのかかったクッキーも』
はあ、可愛いな。
ゲームと現実は違うと意識しているアイリーン。
でも、そのゲームとやらで、アイリーンは他の奴らのイベントとやらも熟していたって言っていた。
だけど、それは今のアイリーンじゃない。
だから、僕は絶対に愚かな選択なんかしないし、アイリーンにもよそ見なんかさせない。
『ブラッドフォード様?』
『うん、確かにどちらも美味しそうだ。じゃあ今度は、同じものにしようか。アイリーンは、どっちがいい?』
呑気らしく次の料理候補を薦めるアイリーンを見つめ、答えながら、ブラッドフォードは、そう決意を固めていた。
~・~・~・~・
ありがとうございます。




