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死にたくないので婚約ご遠慮します  作者: 夏笆


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12/59

三、婚約式 4、



「あなた、自分の姿をきちんと見たことが無いのでしょう。ああ。もしかして、鏡が無いのかしら」

「いいえ、あります」

 ブラッドフォードとアイリーンの婚約式も半ばを過ぎ、宴もたけなわという時分。

『ちょっと外す。すぐに戻るから』と、共に挨拶をしていたブラッドフォードが侍従に呼ばれて抜けてしまったその後も、何とか祝いの言葉をかけてくれる人々に、笑顔で挨拶をしていたアイリーンは、突然、行く手を阻むように現れた貴族令嬢から放たれたその言葉に、思わず真顔で答えてから『あ、これは』と気づいた。

 

 あ、いけない。

 咄嗟に本気で答えてしまったけれど、これは、嫌味というものね。

それを証拠に、なんか、ご令嬢のお顔が怖いことに。

おお、般若!


「ちょっと!いい気にならないでよ!それとも、こんな嫌味も通じないというの!?本気の馬鹿!?そこは、あたくしの美貌と、鏡に映った平凡な自分の容姿を思い出し比べて、傷つくところでしょうが!」

 すると案の定、アイリーンの受け答えが気に入らなかったらしい令嬢が、眦を釣り上げて抗議してきた。


うわあ、怒り出しちゃった。

ええと。

ちょっと、待って、落ち着いて。

・・・うん。

このご令嬢は確か、アンドレア・ギャレット侯爵令嬢。

 それで、ギャレット侯爵令嬢の後ろから、同じく攻撃目線をくださっている、いかにも取り巻きですってふたりのご令嬢が・・・・・。

 すみません。

 伯爵位までの方しか、覚えておりません。


「そう。そういうこと。あなた、自分が、フォー様に相応しいと勘違いしているのね」

 混乱しつつも、何とか情報をまとめようとしていたアイリーンは、そのアンドレアの言葉のひとつに、完全に意識を持っていかれた。

「フォー・・様?」

「ふふ。そうよ、フォー様。ブラッドフォード・アーサーズ公爵子息のことよ。あたくしは、フォー様と呼ぶことを許されているの。あなたとは、違うのよ。ああ。あたくしのフォー様」

 開いた扇の上からアイリーンを勝ち誇った目で見やったまま、うっとりとした声で告げるアンドレアだが、実際のところ、そんな彼女の存在など最早アイリーンの眼中に無い。

 ただ、自棄に派手な扇を見つめたまま、アイリーンは既に自身の思考に沈んでいた。 


 フォー様・・フォー。

 ああ、なんか。

そういう美味しい食べ物があった記憶、発見。

 米粉(こめこ)の麺とエスニックなスープが癖になるのよね、あれ。

 そしてそこに、ライムをちょっと垂らしたら、もっと最高!

 ・・・思い出したら、食べたくなっちゃった。

 米粉、手に入るかな。

 あとは、魚醤かあ。


「ねえ!ちょっと!聞いていますの!?」

「・・・・・」


 え?

あ、いけない。

今私、ギャレット侯爵令嬢から難癖を付けられている最中だった。

それで、ええと。

『話を聞いていたか』だっけ?

うーん。

『<フォー様>のところまでは聞いていたけど、その先はまったく聞いていませんでした。何なら、響きだけが同じで、全然違うフォーのことを考えていました』・・なんて正直に言ったら、殺されそう。


「あなた。いい気になるのも、大概になさることね。アンドレア様を差し置いて、ブラッドフォード様の婚約者だなんて、図々しいにもほどがあるわ!」

「そうよ!あんたみたいな平凡顔より、お美しいアンドレア様の方が、ずっとずっとブラッドフォード様に相応しいわ!」

 そして分かりやすく取り巻きと思しきふたりの令嬢の叫びに、アンドレアが満足そうな微笑みを浮かべた。

「ふふ。ありがとう、ふたりとも・・ねえ、お分かりでしょう?周りはみんな、そう思っているの。家格でも本人の素養でも、アーサーズ公爵家に真に相応しいのは、ギャレット侯爵家の、このあたくしだ、って」

 わざとらしく扇を使いながら、勝負あったと言わぬばかりに嘲笑うアンドレアに、アイリーンはこくりと頷きを返す。

「なるほど。そういったお話でしたら、私にではなく、アーサーズ公爵家に直接お願いします」

 『ええと、今はどちらに』と、アーサーズ公爵夫妻か、そろそろ戻るはずのブラッドフォードか、どちらでも大丈夫かと辺りを探し始めたアイリーンに、アンドレアは苛ついた様子で、ぱしんと激しく扇を閉じた。

 それはアイリーンが『うっわ。自分の手が痛そう』と、心配してしまうほどの激しさ。

「いい加減になさい!そういうことではありませんのよ!あなたが!何をしたか、分かっているのかと、あたくしは言っているのです!この恥知らず!立場を弁えなさい!」

 そうして苛立つアンドレアに間合いを詰められ、閉じた扇を振り上げられて、咄嗟に後ずさりそうになるも、ここで後ずさったらアーサーズ公爵家の名を汚すことになると、アイリーンは口を引き結び、お腹に力を入れて耐える。


 く、くだらない貴族の立場合戦とも思うけど、この場は譲っちゃ駄目な案件!

 たとえ相手が、アグレッシブ般若ですっごく怖くても、頑張れ私!

 アーサーズ公爵家とドレイク伯爵家のために!


 『いいですか、アイリーンお嬢様。暴力が怖いからと安易に相手に屈すれば、その立場は後々にまで影響します。つまり。その相手に舐められ、頭が上がらなくなってしまうのです。そして、ひいては、家にまで影響を及ぼす事態を招くことになるのです。それが貴族というものなのです』

 そんな家庭教師の恐怖の言葉を思い出し、アイリーンは静かに深く息を吐くと、無の精神で無理矢理微笑みの形に口角をあげて、アンドレアを見つめ返した。


 ああ、でも怖い。

 蛇に睨まれた蛙の気持ちがよく分かる・・って!

 今! 

 今、ヒールをかつんっ、って鳴らした!

 怖い怖い怖い。

 突進して来る前の闘牛みたい。

 いや、闘牛には、実際に突撃されたことないけれども!


「ちょっと!なんとか言ったらどうなのよ!この末端令嬢の恥知らず!」


っ!

は、早く何とかしないと!

ええと、蛇に睨まれた蛙が、蛇を撃退する方法。

 今の場合は、末端令嬢がアグレッシブ般若を躱す方法・・・このまま、引き攣っているに違いない笑みを浮かべていれば、勝手にいなくなってくれる?

いやいやそんな玉じゃあ、ないわよね。

じゃあ、どうする?

ああ何か、何とかしないと、このままじゃ、じり貧。


「へえ。恥知らず。恥知らずかあ。いやあ。恥知らずは、そっちなんじゃない?」

 正に背水の陣と、心臓をばくばくさせながら懸命に考えているアイリーンの耳に、そんな飄々とした声が届き、鮮やかなオレンジ色の髪が、その視界に入り込んだ。



~・~・~・~・~・~・

ありがとうございます。


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