第四章:積み上げた「真実」の逆襲
昨夜の慟哭が嘘のように、朝の光は無機質に部屋を照らしていた。 結菜がゴミ箱に叩きつけたカップ麺の残骸を見て、陽葵は冷や汗が背中を伝うのを感じた。もし、あのまま食べていたら。もし、親友が止めてくれなかったら。三年間、血を吐く思いで守り抜いた「自分」は、一瞬で瓦解していただろう。
「……おはよう、ひまり。少しは落ち着いた?」
リビングでは、勝手知ったる他人の家のように、結菜がプロテインシェイカーを振っていた。彼女は時々、こうして陽葵のメンタルが危うい夜には泊まり込んでいく。
「うん。昨日は……ごめん」 「謝る相手が違うでしょ。あんたが謝るべきなのは、あんた自身よ」
結菜はそう言うと、テーブルの上に一冊の古いノートを置いた。 陽葵が中学時代、一番太っていた頃に書き始めた一冊目の『自分磨きノート』だ。
「さっき読み返してたんだけどさ。あんた、最初は『一分走る』だけで膝を痛めて泣いてたのね。それが今じゃ、二時間のダンスレッスンを平気でこなしてる」 「それは……慣れただけだよ」 「違うわ。積み上げたのよ。審査員なんて勝手なことを言うけど、あいつらが見てるのは『今』のあんただけ。でも、このノートにはあんたの『三年間』が全部詰まってる」
結菜はノートの最後の方、昨日の日付のページを開いた。そこには、震える字でこう書かれていた。 『中身が空っぽだと言われた。悔しい。死ぬほど悔しい。でも、食べるわけにはいかない』
「……これが『空っぽ』なわけないじゃない」
結菜の言葉が、陽葵の胸の奥に灯をともした。 外見という「ガワ」を作ってきた努力。それは、ただ綺麗になりたかったからではない。自分を大嫌いだった過去の自分を、少しでも認めたいという切実な願いだった。
陽葵は、ドレッサーの前に座り、改めて自分の顔を見つめた。 審査員に言われた通り、まだ自信はない。自分の過去を恥じ、隠そうとする卑屈な心が瞳の奥に透けている。けれど、この三年間で培った「諦めない執念」だけは、誰にも奪わせないと決めた。
「結菜。私、もう一度だけ、自分を信じてみる」 「そうこなくっちゃ。あんたがガラスの靴を履き潰すまで、私は何度でもその背中を叩いてあげるわ」
陽葵はノートを閉じ、今日一日のスケジュールを書き込んだ。 いつか、あの光の真ん中に立ったとき、堂々と「これが私の歩んできた足跡だ」と言えるように。 たとえ今はまだ、偽物のシンデレラであっても。
その時、陽葵のスマートフォンに一つの通知が届いた。 それは、彼女の運命を大きく、残酷に、そして劇的に変えることになる「最後の招待状」の幕開けだった。




