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『シンデレラの足跡:ガラスの靴を履き潰すほどの努力で、私は世界の中心へ』   作者: たい丸


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第三章:真夜中の咆哮

 十三回目の不合格通知は、もはや心に波風すら立てなかった。  だが、最後に受けたオーディションの別室で、老練な審査員が吐き捨てた一言だけが、消えない火傷のように陽葵ひまりの胸を焦がし続けている。

「――君、綺麗だけど、中身が空っぽだね」

 三年間。  あの日、伝説のアイドル・ひびきからもらった「自分を愛せ」という言葉だけを道標にして、私は血の滲むような努力を続けてきた。  大好きな甘いものを断ち、深夜の公園で足の裏が血まみれになるまでステップを踏み、一グラム単位で食事を管理してきた。そうして手に入れたこの体は、私にとって戦果そのものだった。

なのに、それは「空っぽ」だというのか。  この鎖骨も、この細い指先も、すべてはただの無価値な「ガワ」に過ぎないというのか。

「……っ、ふざけないでよ」

 自室の鏡の前、陽葵は自分の細い肩を抱いて震えた。  一度そう思い込んでしまうと、鏡に映る自分自身が、急に薄っぺらな書き割り(セット)のように見えてくる。皮を一枚剥げば、そこには醜く太っていた「あの頃の自分」が、今も変わらず居座っているような気がしてならない。

その時、耐えがたい「音」が腹の底から響いた。  それは三年間、鉄の意志で封じ込めてきた飢餓感の叫びだった。

「お腹、空いた……」

一度溢れ出した衝動は、濁流となって陽葵の理性を飲み込んでいく。  彼女はふらふらと立ち上がり、家族が寝静まった暗いキッチンへと向かった。  冷蔵庫を開ければ、そこにはかつての自分が愛してやまなかった「逃げ場所」がある。高カロリーなドレッシング、マヨネーズ、そして戸棚の奥に隠された非常用のカップ麺。

 手が震える。これを一口でも食べれば、三年の努力は灰になる。  だが、頭の中では審査員の冷酷な声が鳴り止まない。 『中身が空っぽなんだよ』

どうせ空っぽなら、何で満たしても同じじゃないか。  陽葵は震える指でカップ麺の蓋を引きちぎろうとした。自分を律してきた「呪い」が解け、すべてを投げ出して元の「八十キロの自分」に逃げ帰ろうとする、破滅的な誘惑。

その時だった。

「――ひまり、何してんの」

 背後から響いたのは、鋭い、けれど温かい声。  いつの間にか家に入っていた親友の結菜ゆいなが、キッチンの入り口に立っていた。

「……結菜」 「あんたが、そんな審査員の一言で自分の三年間をドブに捨てるような女だとは思わなかったわ」

結菜は陽葵の手からカップ麺を力ずくで奪い取ると、そのままゴミ箱へ叩きつけた。  陽葵の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「だって……空っぽだって言われたのよ! どんなに痩せたって、私は私じゃないって……!」 「あんたの『中身』は、そのカップ麺の中にはないでしょ」

結菜は陽葵の肩を強く掴み、真っ直ぐにその瞳を見つめた。

「あんたの中身は、書き潰したあのノートと、潰れた足の豆と、それでも諦めなかった執念の中にしかないの。……わかる?」

夜の静寂の中、陽葵は親友の腕の中で声をあげて泣き崩れた。  空っぽだと言われた心を埋めるのは、過食による満腹感ではない。三年間積み上げてきた「痛み」そのものなのだと、彼女は震えながら再確認していた。


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