第二章:鏡の中の偽物
高校に入学してからの陽葵を待っていたのは、中学時代に夢見ていたバラ色の生活ではなかった。
誰もが振り返る美貌を手に入れた彼女は、その自信を胸に、片っ端からアイドルオーディションを受け続けた。書類選考は驚くほど通る。だが、最終審査の大きなカメラの前に立つと、決まって不合格の通知が届くのだ。
「これで、十二回目……」
スマートフォンに届いた見慣れた落選通知を見つめ、陽葵は唇を噛みしめた。かつて八十キロだった頃の自分からすれば、今の状況は贅沢な悩みかもしれない。それでも、合格という二文字は、遠い水平線の向こうにあるように感じられた。
――君、綺麗だけど……どこか自信がなさそうだね。 ――中身が空っぽなんだよ。君自身の言葉が見えてこない。
審査員たちから浴びせられた言葉が、鋭いナイフのように胸に突き刺さる。どれほど外見を磨いても、心の中には「八十キロだった頃の自分」が劣等感としてこびりついたままだった。自分は綺麗な皮を被っただけの偽物ではないのか。そんな自己嫌悪が、彼女から「アイドル」としての輝きを奪っていた。
それでも、陽葵の心はまだ折れていなかった。 自室のドレッサーに向かい、彼女は再び筆を執る。中学時代から書き続けている『自分磨きノート』。そこには、その日食べたささみのグラム数と、基礎練習の反省、そして自分への叱咤激励がびっしりと書き込まれている。
「まだ……まだ足りないだけ。もっと、もっと完璧になれば、誰も文句は言わないはず」
鏡に映る自分を睨みつける。鎖骨の浮き出し方、肌の質感、笑顔の角度。すべてを理想に近づけるための執念は、以前にも増して激しさを帯びていた。
「ひまりー! 入るよ!」
ノックもそこそこに部屋のドアが開いた。幼馴染の結菜だ。彼女は中学時代、陽葵が一番太っていた頃からの付き合いで、陽葵が流してきた汗も涙も、その「中身」も知る唯一の親友だった。
「あんた、またそんな怖い顔して鏡見てんの? ほら、差し入れ。あんた専用の特製プロテインバー」
結菜はベッドにどかっと腰を下ろすと、陽葵が書き殴っていたノートを覗き込んだ。
「十二連敗、ね。普通なら泣き喚いてやめるところだけど……あんたの目はまだ死んでない。そこだけは評価してあげる」 「……当たり前でしょ。あの日の響さんの言葉を、嘘にしたくないから」
陽葵はボロボロに糸がほつれたマフラータオルの端を握りしめた。 努力して手に入れたこの体は、まだ「ガワ」かもしれない。けれど、それを維持するために積み上げた三年間は、紛れもない本物だ。
「結菜、私、次はもっと大きいところを受ける。絶対に、あの光の真ん中に立ってみせるから」
強気な言葉とは裏腹に、震える指先。結菜はそれを黙って見つめた後、いたずらっぽく笑った。
「わかってるって。あんたがガラスの靴を履き潰すまで、私は一番近くで見ててあげるからさ」
外の世界では偽物だと笑われようとも、この部屋にだけは陽葵の「真実」があった。彼女は再びノートを閉じ、明日への一歩を踏み出すための準備を始めた。




