第十四章:泥に咲く花の覚悟
三日目の朝、合宿所のロビーには、これまでとは異質の緊張感が漂っていた。候補者たちの前に現れた響の傍らには、巨大なホワイトボードが置かれ、そこには「匿名アンケート結果」という不穏な文字が並んでいた。
「昨日、あなたたちには『一番脱落してほしいライバル』とその理由を書いてもらったわ。……今からそれを、全世界に公開するわよ」
悲鳴に近い声が上がった。仲睦まじく見せていた候補者たちの仮面が、音を立てて剥がれ落ちていく。モニターに映し出されたのは、あまりにも残酷な言葉の数々だった。
陽葵の視線が、自分の名前の横で止まる。 『過去の苦労を売りにしていて、見ていて不快』 『ビジュアルだけなら五十人の中でも下位。中身も結局、劣等感しかない』
突きつけられた現実。ダンスで評価を上げたとはいえ、リアルタイム投票の順位は四十九位。二十人に絞られる最終日に向けて、まさに「当落線上」の、今にも消えそうな灯火だった。
「……ひまり。大丈夫?」 同室の凛が声をかけるが、その瞳には疑念の色が混じっている。昨日まで励まし合っていたはずの仲間たちが、今は全員、自分の足を引っ張る敵に見えた。
「どうしたの? 三十九位から、今は四十九位。視聴者からも、仲間からも、あなたは『不要』だと突きつけられているのよ」
響の冷徹な声が、追い打ちをかける。スタジオ内は、誰が誰を貶めたのかを探り合う、疑心暗鬼の渦に包まれた。陽葵は、震える足で一歩前へ出た。視界が涙で滲むが、その瞳は決して床に落ちることはなかった。
「……私が、不快で、劣等感しかない人間だというのは、その通りかもしれません」
陽葵の声は小さかったが、静まり返ったスタジオによく通った。
「でも、私がこの場所に立っているのは、過去を売り物にするためじゃありません。過去の自分に、今の自分が負けないためです。……嫌われてもいい。それでも、私はこの足跡を刻み続けることしかできないから」
その瞬間、画面の向こう側で静かに動いていた投票カウンターが、激しく跳ねた。逆境に立たされてなお、自らの「過去」を背負い直そうとする少女の剥き出しの執念に、視聴者たちが気づき始めたのだ。
五十位、四十九位、四十八位――。 依然として当落線上の危うい位置ではあるが、その数字は一歩ずつ、二十人の枠へ向かって光を帯び始めていた。それを見ていた響は、満足げに目を細める。
「さあ、崖っぷちのシンデレラ。そのまま足跡で、この檻を壊してごらんなさい」




