第十三章:飢えの報酬
深夜、合宿所のラウンジにある巨大モニターに表示された順位は、二十五位まで跳ね上がっていた。鏡のない部屋での「曝け出し」ダンスで見せた、陽葵の泥臭くも正確なステップ。それが、派手な演出に慣れた視聴者の目に、本物の執念として映ったのだ。
「……信じられない」
陽葵は、震える手で自身のランキングを見つめた。だが、その高揚感を打ち消すように、腹の底から獣のような咆哮が響く。過酷なレッスンと、極限まで絞った食事管理。かつての陽葵なら、このストレスから逃れるために迷わず「食」に走っていただろう。
「ひまり、これ。差し入れ」
背後から声をかけてきたのは、同じ部屋の凛だった。彼女が差し出したのは、スタッフ用のケータリングからくすねてきたと思われる、砂糖たっぷりのドーナツだった。
「……いいの?」 「あんた、あんなに踊って、リンゴ一個しか食べてないでしょ。倒れられたら寝覚めが悪いし」
甘い香りが、陽葵の理性を粉々に砕こうとする。一口食べれば、この地獄のような飢えから解放される。カメラの死角を探せば、誤魔化せるかもしれない。
陽葵の手が、ゆっくりとドーナツへ伸びる。その時、廊下の鏡に映る自分の姿が目に入った。レオタード一枚になり、さらけ出された鎖骨。三年間、一グラム単位で戦って手に入れた、自分の「戦果」だ。
『君、綺麗だけど、中身が空っぽだね』
あの日の審査員の言葉が、鋭いナイフのように脳裏を切り裂いた。もし今、このドーナツを口にすれば、私はまた意志のない「空っぽ」に戻ってしまう。
「……いらない。ありがとう、凛ちゃん」
陽葵は、はっきりと拒絶した。驚いた顔をする凛を背に、彼女は水だけを口にし、自室に戻ってノートを開いた。
――「お腹が空いた。死ぬほど空いた。でも、今の私は、三年前の私よりもずっと、自分のことが好きだ」
その日記を書く様子は、赤外線カメラを通じて全世界に配信されていた。コメント欄には、彼女のストイックすぎる姿に「狂気を感じる」「この子は本物だ」という、畏怖に近い賞賛が並び始める。
モニター室でその光景を見ていた響は、小さくワイングラスを揺らした。
「飢えを知る者は、強いわよ。……さて、次は誰が最初に壊れるかしら」
翌朝。合宿所に、さらなる「剥き出し」を強いる、非情なルール変更が告げられようとしていた。




