パンとシチューと神無月
コンロを前にして最初に思ったことは、こんなことならもう少しちゃんと作っておけば良かった、という後悔だった。
人にご飯を作った経験はないし、それどころか自分で料理をするのも久しぶりだ。野菜も肉も適当にほうりこん、お水の量だって目分量。ちゃんと食べてみたらしゃびしゃびかもしれないし、もしかしたらせき込むほどドロドロなのかもしれない。
「本当に出すのこれ?」
榊さんに聞こえないように声に出す。早乙女さんだったら作り直すと言って一人で食べているだろう。しかし誘った手前、今更失敗でしたと言うわけないもいかない。
「ええい、ままよ!」
ごまかすように来客用の少し豪華なお皿にシチューをついで、食パンを隣に盛る。……運ぶのが怖い。不味いと言われるならまだあきらめもつく。一番きついのは愛想笑いしながら無理に食べてもらった場合だ。
「ど、どうぞ!」
彼女に出してから自分の分を取り忘れたことに気づき、顔が真っ赤になる。これじゃまるで食べさせるために作ったみたいだ。それどころか榊さんは僕が自分の分を取り分けるまで待ってくれている。あーもう恥ずかしい。
自分の分のシチューを取り分け再びリビングへ戻ると、榊さんは「いただきます」と両手を合わせた。
彼女がスプーンを手にして、シチューを軽く混ぜる。少しだけすくうと、それを口の中へと運んだ。僕は息を飲んだ。――少しの咀嚼の後、彼女は「美味しいですよ」と微笑んだ。
「はぁ、良かった〜」
前言撤回だ。お世辞でも褒められる方がいい。
僕も安心してパンをちぎってシチューにくぐらせた。うん、悪くない。むしろイケる。もちろん早乙女さんの料理に比べたら全然だけど、空腹のスパイスがあれば立派なご馳走だ。
ひとまず味に安心したところで、次は榊さんがどうして僕の家に来たのかが気になってきた。しかし彼女を見ると、仕事のことなど忘れているかのようにシチューを頬張っている。
……今は彼女から切り出すまで待った方が良いのかもしれない。
「人の作った料理なんて久しぶりだから、なんだか嬉しいですね」
彼女が少し笑って言う。片手で髪の毛をどかしスプーンを口にもっていく所作は、まるでCMの女優のように整えられていて美しい。気づくと彼女の一挙手一投足に釘付けだった。慌てて目を逸らして彼女に言う。
「普段は自炊しないんですか?」
少しだけ声がうわずって恥ずかしい。
「忙しくて、ほとんどコンビニ飯なんですよ。家に帰ったら寝て起きたらもう仕事なので……」
「ADAも大変なんですね」
彼女にお茶を渡すと、一礼をして受け取る。
「今は乙子狭姫の赤雁の凍結プロトコルの解除作業をしてるんですが、停止した時間を復活させるのってかなり大変で……」
「そうなんです?」
「その気になればカー・ブラックホールを作れてしまうシロモノですからね。作戦計画も都度修正だし寝てても突然叩き起こされるんですよ」
「よ、よく分かりませんが大変そうですね……」
彼女は愚痴っぽく言うと、少し姿勢を崩して天井を見つめている。気を許してリラックスしてくれているのだろうか。タイトスカートから伸びるタイツが目に飛び込んできて、僕はすこしだけ身体をビクつかせた。
何とか視界から外そうと僕はマヌケに部屋をキョロキョロした。今は彼女がリラックスしてくれているという事実を喜ぼう。もてなす相手に失礼な真似はしたくないし……。
「あ、そうだ!」
榊さんが思い出したように言う。
「瀬織津姫はいらっしゃいますか?彼女に用がありまして」
「それが……」
彼女にこれまでの経緯を説明すると、「あーっ」と合点がいったかのように榊さんはらしくない大声を出した。榊さんは自分のスマホの画面を僕に見せながら言う。
「神無月ですよ、神無月!!」
「神無月?」
「10月といえば神が出雲神社に集まって 神議りをする月ですよ。全国の八百万の神が島根県に集まってこれからの一年を話し合うって、瀬織津姫から聞いたことがあります」
「じゃ、じゃあ早乙女さんが慌てて飛び出てたのって……」
「多分、そのことをスッカリ忘れてたのかと」
「あはは……」
なくはないか。いや、ああ見えて意外とおっちょこちょいだし、早乙女さんなら結構やりかねないな。
「うーん、仕方ないか……」
榊さんは顎に手を当てて考える仕草をする。聞き取れないほど小さな声で少しぷつぷつと呟いた後、見定めるような視線を僕に送った。思わず少し後ずさった。
「な、なんですか」
かちゃり、とスプーンをおいて彼女の両手が僕の手を握る。柔らかな手の感触んゐ思わずドキッとした。
「えーと、秋津さん、私と一緒にADAに来てくれませんか?ちょっと手伝って欲しいことがあって……。あ、その前に」
「その前に?」
彼女が恥じらうように手を引いて、ちょこんと空になったお皿に触れる。
「シ、シチューのおかわり、してもいいでしょうか……?」
「もちろん!!!」
僕は彼女の皿を持ち喜んでキッチンへと向かった。
コンロを前にして最初に思ったことは、こんなことならもう少しちゃんと作っておけば良かった、という後悔だった。
人にご飯を作った経験はないし、それどころか自分で料理をするのも久しぶりだ。野菜も肉も適当にほうりこん、お水の量だって目分量。ちゃんと食べてみたらしゃびしゃびかもしれないし、もしかしたらせき込むほどドロドロなのかもしれない。
「本当に出すのこれ?」
榊さんに聞こえないように声に出す。早乙女さんだったら作り直すと言って一人で食べているだろう。しかし誘った手前、今更失敗でしたと言うわけないもいかない。
「ええい、ままよ!」
ごまかすように来客用の少し豪華なお皿にシチューをついで、食パンを隣に盛る。……運ぶのが怖い。不味いと言われるならまだあきらめもつく。一番きついのは愛想笑いしながら無理に食べてもらった場合だ。
「ど、どうぞ!」
彼女に出してから自分の分を取り忘れたことに気づき、顔が真っ赤になる。これじゃまるで食べさせるために作ったみたいだ。それどころか榊さんは僕が自分の分を取り分けるまで待ってくれている。あーもう恥ずかしい。
自分の分のシチューを取り分け再びリビングへ戻ると、榊さんは「いただきます」と両手を合わせた。
彼女がスプーンを手にして、シチューを軽く混ぜる。少しだけすくうと、それを口の中へと運んだ。僕は息を飲んだ。――少しの咀嚼の後、彼女は「美味しいですよ」と微笑んだ。
「はぁ、良かった〜」
前言撤回だ。お世辞でも褒められる方がいい。
僕も安心してパンをちぎってシチューにくぐらせた。うん、悪くない。むしろイケる。もちろん早乙女さんの料理に比べたら全然だけど、空腹のスパイスがあれば立派なご馳走だ。
ひとまず味に安心したところで、次は榊さんがどうして僕の家に来たのかが気になってきた。しかし彼女を見ると、仕事のことなど忘れているかのようにシチューを頬張っている。
……今は彼女から切り出すまで待った方が良いのかもしれない。
「人の作った料理なんて久しぶりだから、なんだか嬉しいですね」
彼女が少し笑って言う。片手で髪の毛をどかしスプーンを口にもっていく所作は、まるでCMの女優のように整えられていて美しい。気づくと彼女の一挙手一投足に釘付けだった。慌てて目を逸らして彼女に言う。
「普段は自炊しないんですか?」
少しだけ声がうわずって恥ずかしい。
「忙しくて、ほとんどコンビニ飯なんですよ。家に帰ったら寝て起きたらもう仕事なので……」
「ADAも大変なんですね」
彼女にお茶を渡すと、一礼をして受け取る。
「今は乙子狭姫の赤雁の凍結プロトコルの解除作業をしてるんですが、停止した時間を復活させるのってかなり大変で……」
「そうなんです?」
「その気になればカー・ブラックホールを作れてしまうシロモノですからね。作戦計画も都度修正だし寝てても突然叩き起こされるんですよ」
「よ、よく分かりませんが大変そうですね……」
彼女は愚痴っぽく言うと、少し姿勢を崩して天井を見つめている。気を許してリラックスしてくれているのだろうか。タイトスカートから伸びるタイツが目に飛び込んできて、僕はすこしだけ身体をビクつかせた。
何とか視界から外そうと僕はマヌケに部屋をキョロキョロした。今は彼女がリラックスしてくれているという事実を喜ぼう。もてなす相手に失礼な真似はしたくないし……。
「あ、そうだ!」
榊さんが思い出したように言う。
「瀬織津姫はいらっしゃいますか?彼女に用がありまして」
「それが……」
彼女にこれまでの経緯を説明すると、「あーっ」と合点がいったかのように榊さんはらしくない大声を出した。榊さんは自分のスマホの画面を僕に見せながら言う。
「神無月ですよ、神無月!!」
「神無月?」
「10月といえば神が出雲神社に集まって 神議りをする月ですよ。全国の八百万の神が島根県に集まってこれからの一年を話し合うって、瀬織津姫から聞いたことがあります」
「じゃ、じゃあ早乙女さんが慌てて飛び出てたのって……」
「多分、そのことをスッカリ忘れてたのかと」
「あはは……」
なくはないか。いや、ああ見えて意外とおっちょこちょいだし、早乙女さんなら結構やりかねないな。
「うーん、仕方ないか……」
榊さんは顎に手を当てて考える仕草をする。聞き取れないほど小さな声で少しぷつぷつと呟いた後、見定めるような視線を僕に送った。思わず少し後ずさった。
「な、なんですか」
かちゃり、とスプーンをおいて彼女の両手が僕の手を握る。柔らかな手の感触んゐ思わずドキッとした。
「えーと、秋津さん、私と一緒にADAに来てくれませんか?ちょっと手伝って欲しいことがあって……。あ、その前に」
「その前に?」
彼女が恥じらうように手を引いて、ちょこんと空になったお皿に触れる。
「シ、シチューのおかわり、してもいいでしょうか……?」
「もちろん!!!」
僕は彼女の皿を持ち喜んでキッチンへと向かった。




