ADAに囚われし怪異
ADAの本部は意外にも町の製鉄所のような寂れた建物の中にあった。さび付いた板金工場を抜けた先にある暗い通り道を抜けると、突然近未来なエレベーターの扉が現れる。そこに入って地下に降りると中は大学の研究等のような白を基調とした建物に変わり、巨大な空間が広がっていた。
白衣の研究員とすれ違うと、僕の隣を歩く榊さんと軽く挨拶を交わす。それと同時に研究員はみな怪訝な顔でこちらを見てくる。
「堂々としてください。臨時客員研究員なんですから、立場的にはちゃんとADAの一員ですよ」
「そうは言われても……」
すれ違う白衣の研究員たちは(偏見だけど)みんな頭がよさそうな風貌で、ハッキリ言って平凡以下の自分だけ明らかに浮いている。それに隣にはエリート中のエリートといった顔立ちの榊さんがいるんだ。彼女には申し訳ないけど、結構気が引ける。
「それで、手伝ってほしいことってなんですか?りつ姉――瀬織津姫関係のことなんですよね?」
「ええ。秋津さんにはとある怪異を瀬織津姫の元まで届けるまでの間、大人しくさせてほしいんです」
「と、とある怪異……?」
……大丈夫なの?怪異と対峙するなんて全然できる気がしないけど……。
僕の不安も気にせずに榊さんは廊下を進んでいく。細長く伸びた廊下の白い壁にはいくつもの重厚そうな扉が並んでいて、僕らの足音だけが響いていた。
廊下の突き当りの巨大な金属製の扉の上には『精霊部署 オルガニズム管理区域』の看板が張られている。ドアロックに榊さんがカードキーを通すと電子音と共にロックが解除される音が鳴った。
「こちらです」
管理区域に入ると更にいくつもの扉が並んでおり、『ABN - XXX』という形式で書かれた看板が張られている。
彼女が立ち止まる。
『ABN - 132α - 202』
と書かれた扉を前に榊さんははぁとため息をつく。困り眉で僕の方を見て、「どうぞ」と扉を開いた。
直後。
ズガァン!!!
と巨大な銃声が部屋に鳴り響く。僕は驚いて尻餅をついた。
「穏便に済ませてと伝えたのに、はぁ…………」
音にも衝撃はにも全く動じることなく、榊さんは呆れたように額に手を当てている。
「驚かせてすみません。銃火器の使用は非推奨と言ったのですが……」
「僕大丈夫なんですよね!?」
「ひとまず見てから判断いただければ。最悪やめて瀬織津姫に任せるのでも全然良いですから」
銃声は止み、奇妙な静けさがドアの向こうから漂ってきている。僕は榊さんに手を引かれて扉の奥に進むと、そこにあるものを僕は見た。
「鎮圧部隊、待機してください」
分厚いガラス越しに見えたのは、ゴツいアサルトライフルを持った複数の兵士が、檻越しに八尺さまへと銃口を向けている光景だった。
檻に入れられた八尺さまは帽子をギュッと握りしめて部屋の奥で縮こまっていた。
「八尺さま!?」
僕が声を上げると、マイク越しに音声が入っていたのか八尺さまがハッと顔を上げキョロキョロしだす。しかし兵士たちは彼女が動き出したのを確認すると再び銃口を彼女に向けた。
「銃を下ろして下さい!」
僕の声に兵士は全く反応を見せない。アレンと書かれたIDカードを胸につけた白衣の男が振り返り榊さんの方を見る。
「プロトコルに従っており、管理は順調です。202 - 34の沈静化にも成功しています」
榊さんははぁと息を吐き、アレンからマイクを奪い取った。
「精霊部門の榊です。銃を下げてください」
「し、しかし!」
アレンが叫ぶが、すでにマイクのスイッチは切られたのか兵士はアレンの指示には従わない。榊さんは僕の方を見て言う。
「公園でくつろいでいる八尺さまの発見通報がきちゃってね。プロトコル的には収容しなきゃいけないんだけど、管理は瀬織津姫でしょ?だから秋津さんに瀬織津姫のところまで届けてほしくて」
「榊博士、それはプロトコルの無視どころか、重大なインシデントにつながる危険性があります!」
アレンはたどたどしい発音の日本語で言う。榊さんは部屋の横についた分厚いドアを指差して、僕に入るように指示をした。
「良い?アレンくん。202 - 34は瀬織津姫の提言通りにすでに危険性は沈静化している。力は強いけどそれを人に安易に振るうことは無いし、出現当時のプロトコルを守るのはむしろマイナスよ。私が責任を取るから、ここは彼に任せて頂戴」
「し、しかし、彼は誰なんですか」
「秋津平坂。ーー"ひーくん"って言った方が伝わりやすいかしら」
アレンが席を立つ。
「あ、あの瀬織津姫の!?」
りつ姉、研究員に僕のこと話してたんだ……。変なことを言ってなければ良いんだけど。
「彼は202 - 34とも過去に接触した実績もありますし、彼に預けて瀬織津姫の元まで運んでもらうのがwin - winではなくって?」
「し、しかし……」
「私も彼に同行しますから。まぁここは彼に任せて」
渋々と言った様子でアレンは兵士たちに指示を出すと、彼らは銃を下げる。僕は深呼吸をして分厚い扉を開けた。すぐに八尺さまは僕に気がつくと、彼女を封じていた檻をゴムのように曲げると、瞬間移動のような速度でよくこちらに近づいてきた。
「動くな!!」
兵士たちが銃を向ける。
「銃は向けないで!」
僕が声を荒げると、兵士たちは銃口のやり場に困っているようだった。
『ひとまず彼の言う通りにしてください』
マイク越しに榊さんの声が聞こえてくる。兵士たちは戸惑いながらも銃口を下げると、八尺さまはこちらに抱き着いてくる。
「あーあー、怖かったね、もう大丈夫だから」
「ぽ……」
白いワンピースを震わせて、八尺さまは縮こまっている。僕は以前早乙女さんが言っていた「陳腐化」という言葉の意味をようやく理解していた。檻を曲げることすら容易な力をもってしても、ここまで内気で弱気なキャラクターとして定着してしまっているのか。
「じゃあ連れていきますね」
彼女の手を引いて指令室へと戻った。狭そうな扉を無理やり潜って八尺さまは通り抜けると、アランは驚愕した表情で彼女を見ている。
「あ、ああ……」
「榊さんもついて来るんでしたっけ?」
「ええ。行きましょうか」
榊さんも平然とした様子で進んでいく。指令室のドアから外に出るとき、アレンの声が聞こえてきた。
「あれが……秋津平坂」
人を一体何だと思ってるんだ。




