管理人お休みの日
彩華さんとデートをした日からなんだかんだあって一か月が経ったあとのこと。
僕はプラモを作ったり、りつ姉の怪異の悩みを聞いたりしながら、早乙女さんの料理を食べる日々を過ごしていた。今はちょうど食べ終わって早乙女さんと食器を片づけているところだ。
彼女と目が合うと、すこしだけ恥ずかしそうに「えへへ」と早乙女さんが笑う。彼女とキスしそうになったあの件は結局うやむやになって、それからそのことについては何も話せていない。
僕がなんて声をかけようか考えていたその時、黒電話が鳴り響いた。――神々の依頼がある証拠だ。僕と早乙女さんは目を丸くして黒電話に近づく。
「ボクが取るよ」
早乙女さんが小さく頷いて黒電話を取る。彼女がふわふわと大きな自身の耳に黒電話の受話器を近づけた。
少しの話し声が受話器越しに聞こえてくるが、何を言ってるのかまではうまく聞こえない。
何を話しているのか気にはなるけど、彼女に任せて僕は食器を片付けることにした。少し熱めのお湯と洗剤をしみ込ませたスポンジで皿を磨いていると、リビングの早乙女さんが突然「あ~~~~っ!!!」と大声を出した。
「忘れてたぁ~~~っ!!すぐ行きます!!!!」
早乙女さんは耳をピーンと立たせながら、勢いよくガチャリと黒電話を親機に戻す。そのまま振り返ると、汗った表情でこっちを見た。
「ごめん平坂くん……!ちょっと一週間ぐらい家あけるかも!!」
それと同時にチャイムが鳴る。玄関の扉を開けるとりつ姉が鞄を手に立っていた。
「彩華さんはもう先に向かいましたよ。さっちゃんもお急ぎなさいな」
「ごめんごめんごめん!今行く!じゃあ平坂くんまた来週ネ!!」
「は、はぁ……行ってらっしゃい」
足をぐるぐると回すように走って、早乙女さんは駆けていく。僕は一人取り残されたまま、彼女のいなくなった部屋をただ呆然と見ることしかできなかった。
「なんなんだよ一体……」
そう思いながらも、僕は椅子に座りPCを起動した。彩華さんも休むならチャンネルはどうなっているだろうか。YouTubeの彩華さんのチャンネルにも「一週間ほどお休みいただきます」という投稿がされていた。
「 神々に何かあるのかなー」
当然、誰からも返事はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋にぽつりと一人、寝っ転がって天井を見上げる。
「普段は大体早乙女さんがいたもんなぁ……」
ぽけーっと呟いても、誰の返事もない。一応他の部屋も見てみたけど全部留守みたいだったし、神々はみんな出かけちゃっているみたいだった。
スマホを見ても彩華さんのチャンネルはお休み、編集だって順調だし急いでやるほどじゃない。学校も仕事もやってないと、こんなに暇なのか。
「一人の時は何やってたっけ……」
誰かに伝えるように口にしてみるも、当然返事をする人も神もいない。代わりにどっしりとした沈黙が僕の上に落ちてきた。
一人の時は…………そういえば、何もしてなかったな。大学にもいかず、バイトはサボり続けたらクビになった。貯金も尽きて餓死しそうになったころに早乙女さんに助けられたんだっけ。
もう10月も一週間が過ぎた。あの頃に比べたらずっとずーっとアクティブになった。何もしていないのがムズムズするぐらいには、早乙女さんたちに元気をもらったんだろう。感謝してもしきれない。
毛とホコリが溜まっていた部屋の隅は、今ではプラモデル用の棚が置かれている。そして中には彩華さんと一緒に組んだり塗装したプラモがつらなっている。どれも大切な思い出だ。
逆側には除霊したのを人間に慣らしたい、と言ってりつ姉が勝手に置いていった謎のグッズがたくさん並んでいる。……こっちはあんまり思い出はないかな。
「料理でもしてみるかー……」
冷凍庫にあるカット野菜を鶏肉と合わせて適当に焼いてから、ルウと牛乳と水を混ぜて野菜を入れる。後は15分程煮込めばかんたんシチューの完成だ。早乙女さんだったら野菜を焼くタイミングとかルウを入れるタイミングとか色々拘るんだろうけど……僕には難しい。
コトコトとシチューが沸騰し始めて、良い匂いが漂ってきた。一人で食べるのならこのぐらいで十分だろう。
「そっか、早乙女さんなら市販のルウじゃなくて自分で作るか」
今度早乙女さんにシチューをリクエストしてみよう。もしかしたら白色じゃなくて茶色のシチューが出てくるかもしれない。
味見をしてちゃんとシチューの味がすることに安心したとき、チャイムの音が部屋中に響き渡った。
「うわっ」
一度鳴った後、しばらくの沈黙。恐る恐る玄関に近づき扉を開く。
玄関の先に立っていたのは、スーツ姿の一人の女性だった。
「お久しぶりです、秋津平坂さん」
黒髪の女性――異常特定機構ADAの職員である 榊 凜 は、軽く微笑んでから礼をした。
「立ち話もなんなので、とりあえず中に入って下さい。……今は誰もいないですけど」
僕の言葉に驚くこともなく、榊さんは「お邪魔します」と小さな声で言って入る。玄関からすぐのキッチンではシチューが吹きこぼれていた。
「あわわわ」
コンロの火を止めて沸騰を抑える。一旦シチューに蓋をして僕は彼女をリビングに案内した。
「失礼しますね」
榊さんは普段通りの綺麗な姿勢で正座で座ると、僕は慌てて座布団を彼女に差し出した。少し焦げ付いたシチューの香りがこちらまで漂ってくる。
「シチューを作っていたんですか?」
「ええ、まぁ、はい。すみません」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。……間が悪かったですかね」
僕が返事の言葉を選ぼうと迷っている時、「ぐぅ~」という音が部屋に響いた。……しかし、音源は僕の方からではない。ハッと彼女の方を見ると、榊さんは顔を真っ赤にして目を逸らした。左手で必死に顔を隠している。
……気まずい。
「よ、良ければシチュー食べます?」
榊さんは恥ずかしそうに目を伏せたまま、小さくこくりと頷いた。




