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汝の隣人を愛せ、と八百万の神は言った  作者: あらひねこ
第二部 都市伝説の神
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作戦失敗

映画を見終わった僕らは、最後の目的地に来ていた。そこは飽食と贅沢の象徴、酒池肉林の四文字を体現した現代の娯楽――。


ジュワアアアア。


肉が網の上で踊る。まるで熱から逃げるように丸まる牛タンを裏返し、僕はそれを再び熱された鉄網の上に押し付ける。


タンパク質が熱により変性し、炭と焼けたネギと混じった芳醇な香りが僕の鼻腔をくすぐった。


「焼けたよ」


僕は取り分け用の細長いトングで彩華さんの皿に牛タンを置いた。彼女は僕に軽くお礼をすると、それを一度白飯の上にバウンドさせてから、唇の先へと運んでいく。


「美味し~~~~~い!」


彩華さんが歓声を上げた。僕も彼女に続く。牛タンを丸めて中にネギだれを閉じ込める。岩塩に軽くつけてから、それを一口に頬張る。肉のうま味が塩味で強調され、コリコリとしたタンの食感の後にネギの甘味が仄かに主張する。


原始的な欲求が満たされて、僕は米を本能のままに掻《か》きこんだ。さらにビールで追撃する。うまい。


「でもなんで焼き肉なんですか?」


彼女がタレを纏ったカルビをトングで取りながら言う。ぷるぷると震えながら動き、網の上に乗った途端にジワァとタレの沸騰する音が鳴り、香ばしい香りが当たりに広がる。思わず涎で口腔が湿る。


「早乙女さんといると家でご飯なことが多いし、あんまり焼き肉好きそうじゃないんだよねぇ」


「あぁ、言われてみれば早乙女さんのご飯ってあんまりお肉出ないですよね」


「そうなんだよねー。だから焼き肉に行きたいとも言い出しづらくて」


「私ならいくらでも付き合いますよ~。私はお肉大好きですし」


「じゃあまた行きたくなったら誘うね」


「ぜひぜひ~」


カルビを辛味ダレにくぐらせてから白米の上にバウンドさせ、ご飯ごと口の中に入れる。あまり上品な食べ方ではないけど、この食べ方が一番カルビのうま味を感じられるので仕方がない。言うまでもなくビールにもあう。


「ところで今日のデート、どうでした?」


「新鮮で楽しかったよ。映画のデキはあんまりだったけど」


「アレがいいんですよ。ちょっとチープなぐらいが丁度いいんです」


「知らない世界だ……」


彼女は嬉しそうにビールの喉越しを味わっている。らしくないその豪快な仕草に僕は少しだけ嬉しくなった。彩華さんに早乙女さんにりつ姉ーー心を許せる人がいるというのも意外と良いものだ。あ、人ではないか……。でもそんな事はさしたる問題じゃない。大事なのは、今目の前にいる神《ひと》に僕は心を許してるって事だ。


「あ、私ちょっとお手洗い行ってきます」


「はいはーい」


僕は彼女を見送って、次の肉に手を付けることにした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



――同店舗内、隣の席にて。


「まさか焼肉がニガテだったとは。意外な弱点でしたね」


「一応焼肉の台とか七輪とかははあるけど、煙とか出て大変でさ……。だから家ではあんまりしたことがなくって」


ぶーすか言いながらも、さっちゃんはなんだかんだ肉を裏返しました。


私はその中の一枚を適当に拾い上げて食べてみました。


「……やっぱりおかしい」


「焼き方変だった!?」


「いえ、その逆です。……チェーン店の焼き肉にしては美味しすぎませんか?」


「それはほらー、焼き方の問題だよ。りっちゃんはジャーってやってポン、じゃん。私のはちゃんと丁寧にやってるから」


「そんな焼き方で変わるものなんですか?」


「変わる変わるー、ほらもう焼けるから食べて食べて」


「はいはい……ってウマっ。これ普通の壺漬けカルビですよね?」


「そだよ、自分で切れるから都合いいノ」


「普通は面倒だと思うんですけど、流石は食の神ですね……」


「ふふん。敬いたまえー」


もしかしてこの子、ご飯をほめ続けるだけで陥落するチョロい神なのでは……?確かに打ち上げの時もひーくんがご飯を美味しそうに食べる姿にはちょっと母性がくすぐられましたけど。……そういう話じゃなくて、これを日常的に食べてるとなると、胃袋を捕まえるってのは難しそうですね。焼き肉の焼き方ひとつでここまで差を見せつけられるとは思ってもいませんでした。


「お姉さーん、ビールちょうだーいっ」


「こらっ、ここはタブレットで注文するんですよ」


「え、そうなの?進化したなぁ……」


お婆ちゃんかっ!


ではなく、やはりあの二人が気になります。映画館でも私達に見せつけるように両手を握ってからに。許さん、絶対に許さんぞ姫柊彩華。あのポジションはもともとは私だったはずなのに。


それにあんな豊満な身体でひーくんを誘惑して……あんなのわいせつ物陳列罪ですよ。


いけません、私も少し飲み過ぎたんでしょうか。そういえばこんな大きさをしてたような。


全く、本当にデカいですね。


「あ、あのー」


姫柊彩華の困ったような声が聞こえてきます。こんな猫なで声で誘惑して、まったく淫乱なんだから……。


ってあれ?


なんで声が聞こえてくるんでしょうか?


「あっ、あの、あのあのあの」


あの、姫柊彩華が、私を、見下ろしていました。


……まずい!!


「わらしの焼いた肉がまずいってぇ!?」


「ちょ、さっちゃん静かに!」


「なんで瀬織津姫がここにいるんですかっ!?」


その声でひーくんが立ち上がって、見事私たちの作戦は失敗に終わったのでした……。


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