神との初めてのデート
「ウヒョ~~~~ッ!!!なんですかここはっ!!!!」
大型家電量販店のプラモコーナーを前にして、彩華さんははちきれんばかりの大声で叫んだ。周囲の様子も目に入っていない様子で、キラキラと目を輝かせながら一心不乱にプラモの棚へ駆けていく。
「あ、あんまり大声出さないで、それと走っちゃダメだから……」
早足で彼女を追いかける。平日だからあまり人はいないけど、それでも周囲の視線が痛い。
「これが落ち着いていられますかっ!ガンプラは勿論30ms・フレガやヘキサギアだけじゃなく、戦闘機や戦艦まで完備しているとは!!」
「ここは県内でも有数のプラモコーナーがあるからね。やっぱり彩華さんなら喜ぶと思ったよ。……でももうちょっと静かに、ね?」
「うぅ、すみません。でも見てくださいよ、このキットなんて通販でもプレ値ついてるんですよ、こんなのが普通に売ってるだなんてどんな穴場なんですかっ」
都心から少し離れているためか、どうやら転売ヤーの魔の手はまだ届いていないらしい。言われてみれば予約戦争に負けたプラモも普通に並んでいるし、実は結構良い発見だったのかも?
彩華さんは早速自分の財布を開いてどのキットを買うのか吟味しているみたいだ。これも配信を頑張ってきた分のご褒美なんだろう。
「というか配信する前って彩華さんってどうやってプラモ買ってたの?」
「ガレキやプラモの塗装代行をやってました。時間はかかりますがその分結構稼げるんですよね」
「あー、そういえば時々依頼のメールが来ると思ったらお得意様だった感じ?」
「ですです。流石に私ぐらいの有名配信者になっちゃうと、忙しくてちょっと受けられないですけどねぇ~」
でへでへという効果音が似合いそうな下品な笑い方をする。ちょっと調子に乗っているなこいつ……。今度こっそり依頼でも受けてやろうかな。
「塗料の品ぞろえも良いですし、道具も良いものがそろってますね!これはやる気が出てくる……!」
「その、周りの目があるからちょっと声を押さえて、ね」
周囲の視線が本当に痛い。にすみません、この神こういう場所に来るの初めてらしくて……。
僕の忠告が届いたのか、彩華さんははっと口を押さえた。よかった。
しかし今度は何かに気づいたようで、僕の方に近づくと耳元で囁いてきた。
「周りの男の人たちジロジロ見てきてますけど、私達をカップルだと思ってるんですかね。ふふっ」
「あ、あんまりそういう言い方は……」
「良いんですよ、胸を張っていただいて。今日の姫柊彩華はあなたの彼女なんですから。女神を連れて歩くだなんて、普通の人は一生願っても叶うこと無いんですよ?」
悪戯っぽく彼女が微笑むと、僕の腕にぎゅっと抱きついてきた。思わず心臓が跳ねる。慌てて僕は彼女を引きはがして、落ち着くように彼女の両肩をもった。
「一応、炎上するかもしれないから、過剰な接触はナシで……お願いします」
彩華さんは不満そうに、でも一応は納得してくれたようで「むー」と鼻を鳴らしながらも僕から少し距離を離した。
……危なかった。本当にドキドキした。
今でも彩華さんの暖かい身体の感触が右腕に残っている。意識しないようにプラモの吟味をしながらも、僕は視界の端から彩華さんを離すことができなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あんなにくっつきおって……許さんぞ姫柊彩華……!」
棚の端に手をかけながら、さっちゃんが「ぐぬぬ」と唸っています。尾行するのは流石に気が引けますが、それはそれとして私だってひーくんのことが気になりますし、仕方ないですよね。
「あーっ、平坂くんに自分のプラモ持たせてる!平坂くんを小間使いしおってからに……」
「女神なんですから、人間を使うのは別に問題ないのでは……?」
「平坂くんは管理人だから立場はボクらと同等なのっ!!」
「は、はぁ……」
全く意外でした。さっちゃんがここまで彼に執着しているとは……。さっき言っていた「左手を食べさせた」というのが原因なのでしょうか。
にしても流石は食の女神ですね、自分の身体を食べ物に変えるだなんて。私もひーくんに食べて……いや、いくらなんでもレベルが高すぎますね。
「あっ移動する……!りっちゃん行くよ!」
「はいはい」
はぁ、私だってデートしたいのに……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「この荷物で映画館は流石に迷惑だと思うんだけど……」
大量の荷物を両手に抱え、僕は小さくため息をついた。結局勢いのまま大型のプラモを大量に購入した僕たちは、映画館で大量の紙袋と共に立ち往生することになったのだ。
彩華さんは実は結構な映画オタクだ。ゲームや塗装の合間にながら作業で映画を流すことがよくあり、時にはプラモを作るのを忘れて熱中してしまうこともある。彼女に誘われて部屋で一緒に見たり、同時視聴配信もたまに行っている。
そういうわけで家からほとんど出たことのない彼女の夢の一つが映画館の巨大なスクリーンで映画を見る、というものであり、彼女たっての希望ではあったのだが、駅のロッカーにすら入らない大量のプラモを抱えては映画館では顰蹙を買ってしまうので困っていた訳だ。
「でも気になるホラー映画の新作がぁー……」
「まぁ、ちょっと時間かかるけどとりあえず一回家に帰ろう。映画は次の回のを見れば間に合うから」
「はぁーい」
そうやって僕らが振り返ると、店員さんが気まずそうな表情で「預かりましょうか?」と話しかけてくれた。凄く申し訳ない気持ちになりながら、僕らは店員さんに大量のプラモデルを預けることにした。
コンセッションのカウンターの奥に運ばれていくプラモデルを彩華さんは名残惜しそうに見ている。……預けただけだから大丈夫なのに。
「にしてもホラー映画かぁ……」
チケットを買う手が鈍る。
正直言うと、映画館で見るホラー映画はニガテだ。家で見るときは周囲が明るいし、怖いシーンは最悪画面を小さくすればいい。でも映画館だと音は周囲から聞こえてくるし、ジャンプスケアのシーンも爆音を聞かされることになる。しかも周囲は真っ暗ときた。
だから別に嫌いというわけではないが、積極的に見に行きたいかというと、どうせ大画面で見るならコメディやサスペンスのようなジャンルがいいと思ってしまう。しかし当の彩華さんはウキウキなようで、ポップコーンの味をどうしようかと悩んでいる。
まぁ、一人で見るときとは違って隣に知り合いがいるわけだし、ちょっと怖いのは我慢できるはず……はず。
僕は勇気を出してチケットの購入ボタンを押した。印刷機の音が鳴り、QRコード付きのチケットが出てくる。僕はそれを取ると、一枚を彼女に渡した。彩華さんもポップコーンを選び終わっていたようで、二人分のサイズの大きなポップコーンのバケツを抱えて嬉しそうにしていた。
スクリーンに向かいながら自慢げに彼女が話す。
「平坂くんは映画館がなんでポップコーンを売ってるかご存じですか?」
「え?伝統とか歴史とかじゃないの?」
「んふふ、実はですねー。ポップコーンの塩分で尿意が無くなるんです!」
「それって科学的根拠あったっけ?」
「えっ……あ、あるんじゃないですか?」
「本当かなー」
「調べてみたんですけど、科学的根拠はないらしいです……」
「やっぱり」
「むー……」
そうやって駄弁ってるうちに僕らはスクリーンに着いた。中は閑散としており、席につくとすぐに映画の広告が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結論から言ってしまえば、映画はド派手な広告の割に極めてチープな出来で、開幕数分でアイドル上がりの女優の棒読みな演技に付き合わされることになった。
りつ姉と恐怖について研究したとき、「いかにして自分ごとにするか」が大事だと話し合ったことがあったが、映画の内容は全く真逆の方向に作用していた。
主演女優がずっと棒読みなせいで、怖いと感じる前にまずその演技の方が気にかかる。加えて呪いの洞窟というシチュエーションも正直微妙だ。自分が生きていて洞窟に行くことなど想像がつかないからだ。どうせなら学校だとか神社だとか、日常の延長線上にある場所を舞台にしてほしい。
多少の不満と少しの安堵と共にポップコーンに手を伸ばすと、彩華さんの手と少しだけぶつかってしまう。「すみません」と小さく礼をすると、彼女も「えへへ」と笑う。映画館は一人で鑑賞してこそだと思っていたが、こう言うのも悪くない。
退屈さからかポップコーンもあっという間に食べ終わって、暗闇のなか手探りでウェットティッシュを探して手を拭く。映画も架橋に入っており、手作り感のある化け物からアイドルが必死に逃げているシーンに切り替わっていた。
その時、後ろから小さな声が聞こえてきた。
「もう無理こわいぃ……」
澄んだ鈴のような声だ。……どこかで聞いたことがあるような?でもまさかこんな映画で悲鳴を上げる人がいるなんて。
そう思っていると、隣の彩華さんの手が僕の上に乗った。驚いて手を引こうとすると、僕の手をぎゅっと握る。
「私も怖いですから、握っててくださいね」
彼女が身を寄せてきてそう囁く。
……絶対怖がっていないとは分かっていたのだけれども、その蠱惑的な提案に僕は抗えなかった。本当に怖がっている可能性だって数パーセントはあるんだ、と心の中で早乙女さんに謝りながら、僕は彼女の手を握り返した。
暗い空間の中だと、人の感覚はより鋭敏になる。彼女の体温、すべすべとした肌ざわり、とくとくと波打つ鼓動、ときおり変わる力加減など、僕は自分の手を通して様々な感覚を得ていた。
それは彼女も同じようで、僕が力を入れると彼女もすこし強く握り返してくる。映画に集中しろという話ではあるが、これはこれで楽しい。暗闇で離してはいけないというシチュエーションも影響したのだろうか、映画が終わるまで僕らは手を握り続けた。




