男と女のカンケイ
早乙女さんの見せた突然の女性としての一面――僕はそれに戸惑いを隠しきれなかった。僕にとって早乙女さんはマスコットだったりお母さんといった印象だった。だから彼女を一人の女性として見たことはなくて……。
でも、早乙女さんにはこれまで何度もお世話になって来た。それに餓死寸前なところで早乙女さんに彼女の左手を食べさせてもらって生き延びたんだ。彼女には返しきれない恩がある。かといってそれを理由に彼女の気持ちに答えるってのも、それはそれで彼女に失礼だと思う。
あの出来事を無視したままの生活も出来るとは思えない。むしろ、それだけはしたくない。でも自分の気持ちも分からない、彼女のことは嫌いじゃないけど、一人の女性としてみた事はないんだから。
「それで私に相談してきた、って事ですか」
「う、うん。こんなこと彩華さんにしか相談できなくって……」
平坂くんは本当に困った様子で、うつむくと頭を抱えてしまいました。
それはそれとして。
よりにもよってなんで相談相手が私なんですかっ!?
いや、「私しかいない」って言われたらそりゃちょっとキュンと来ちゃいますけど、でもなんで私に聞くんですか。私だって経験ないしわかんないですって!!
それにこんな話を持ちかけるだなんて、私のことは女性としてみてないと?下着姿だって見せて、一緒にお風呂も入ったのに?あんなに女の魅力を押し付けたのに、私は友達としか見られないーなんですかぁー?
というか左手食べたってどういうことなんです?そんなカニバリックなプレイあるんですか?しかも餓死寸前って何!?
……いいえ、落ち着きなさい姫柊彩華。私は美少女プラモの女神。この程度の試練、中国製のアンダーゲートだらけのプラモを組んだ時に比べればなんてことありません。
「ねえ彩華さん、僕どうすればいいかな」
平坂くんが上目遣いで見てきます。ウゥッ眩しい……。
でもでも?よく考えれば、現時点で私の好感度もそれなりに高いってことですよねコレ。こんな話、結構仲良くないとできませんし、なにより信頼関係がないと成り立ちませんからね。
……つまりチャンスでは?
というか、私に相談してきた時点で、平坂くんちょっと私に気がありますよね?うひ。
私と早乙女さんの間で揺れ動いているから私の部屋に来たんですよね?うひひひ。
…………ごくり。
「あ、あの……良ければなんですが」
「うん」
「私と、デート……してみませんか?そしたら女性の気持ちとか、分かるかもしれませんよ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで年甲斐もなくサカってひーくんにのしかかったんですか?」
「そんな言い方やめてよぉ。私だってそんな経験無かったんだから」
「……さっちゃんっていつから現界してたんでしたっけ?」
「天保のころにご飯が無いって祈られて慌てて飛び出たからぁ……だいたい200年ぐらい前かな」
「200年もあったのに男の一人も作らなかったんですか?」
「だって恥ずかしいんだもん……」
そう言ってさっちゃんは普段ひーくんが使っているちゃぶ台に突っ伏しました。
にしても意外でした……まさかこんなところに恋敵が居ただなんて。敵はあの姫柊彩華だけだと思っていましたが……。
でもひーくんの魅力があれば仕方ありませんよね。なんてったってこの私を見つけてくれたんですから。
「というかどうして好きになったんですか?」
「だっていつも私のご飯美味しく食べてくれるし、助けてくれた時かっこよかったし、一緒にしろうさ商店したとき、なんかちょっと良いなって思ってたからぁ……」
恥ずかしかったのか、「うーっ」とまた唸りだしてしまいました。それと同時に彼女のスマートフォンの通知音が鳴り響きます。急にスイッチが入ったおもちゃのように、さっちゃんがハッと顔を挙げます。
「平坂くんからだ……!」
「なっ……!じゃなくて、なんて書いてあるんですか?」
「えーっと……」
さっちゃんのスマホを持つ手がわなわなと震えだして、彼女の目が涙で潤んでいきました。
「さっちゃん!?」
「きょ、今日は外で食べるからご飯いらないってぇぇぇぇええええ」
「……そんなに泣きだすほどのことですか?」
「そ、それに、姫柊ちゃんも一緒だって……!!これってフラれたって事だよね!?」
うぅーーっと泣き声をあげてさっちゃんは丸まってしまいました。
「まだ付き合うとも確定してるわけじゃないですから」
「そうかな!?そうだよね!?まだフラれたわけじゃないよね!?」
「はいはい、そうですね」
……なんで恋敵に塩をおくらなきゃいけないんですか。というか姫柊ちゃんに相談したってことは、しれっと私もフラれてるってことなんですけど、泣いていいですか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お……おまたせ、待った?」
「うふふ、今来たところですよ♪」
「…………ねぇ、このやりとりって本当に必要なの?」
「必要ですっ」
彩華さんが微笑んだ。普段よりも彼女が眩しく見えるのは、太陽の下だからだろうか。彼女の肌の白さが際立って、黒く艶のある髪の毛とのコントラストが綺麗だ。
「それにー、まずデートで男の子が言わなきゃいけないことがあるんですよ?」
「え?な、なんだろ」
「ほーらー、私のこと見て何か言うことは無いんですか?」
「下着姿じゃないから目のやり場に困らなくていいね」
「ガックシ……ってそうじゃなくて!」
「ごめん、冗談冗談。いつもより綺麗だよ、服も似合ってる」
「うむ、よろしい。苦しゅうないぞ」
小さくステップを踏んで、彼女がくるりと一周する。白いワンピースがひらひらとウェーブを作り、思わず目を奪われた。エナジードリンク片手にPCデスクの前で丸まっている普段の姿とは違って、今の彼女はまさしく"美少女プラモの女神"だった。
同時に昨日の早乙女さんの姿が脳裏をよぎって、僕の胸はちくりと痛んだ。
そんな僕のわずかな変化も見逃さ無かったようで、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
「心配事ですか?」
「ああいや、ちょっと早乙女さんのことを考えてて」
「デート中に他の女の子のこと考えるのはメッですよ」
「でも、なんだか早乙女さんに悪い気がして」
彼女が僕の唇に人差し指をあてる。
「良いですか?これは早乙女さんのためでもあるんですから。だから今は私のことだけ見て、ね?」
彼女のきらきらした瞳に僕はただ頷くことしかできなかった。彩華さんは満足そうに笑うと、振り返って僕を一瞥する。
「じゃ、初めてのデートのエスコート、お願いしますね?」
ふわりと風が揺れ、彼女の髪の毛を靡かせる。今日ばかりは彩華さんに勝てる気がしないな、と僕は思った。




