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汝の隣人を愛せ、と八百万の神は言った  作者: あらひねこ
第二部 都市伝説の神
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34/35

吹雪の前の静けさ

「それじゃ、二人の仲直りを祝してぇ~……」


「「「乾杯!」」」


皆で缶ビールをぶつけ合う。遅れて榊さんがよろよろと缶チューハイを掲げた。


「はぁ……かんぱい……」


「なぁーにー?私のご飯を前にしてため息とは、随分と良いご身分だネぇ」


ちゃぶ台はミックスパエリアを中心に、生ハムにオリーブのマリネ、チーズにエビのフリットにマッシュルームのセゴビア風……お酒が進みそうなスペイン料理の数々が並んでいた。


早乙女さんはそれらを小皿に取り分けていく。


「アヒージョは部屋に匂いがついちゃうのでナシです。マッシュルームで我慢してください」


「はーい……」


少しだけ榊さんが唇を尖らせた。実はアヒージョが好物なんだろうか?りつ姉はつまようじでオリーブをいくつも刺してお団子のようにしている。行儀が悪いな……。


というか制服姿の二人がお酒を飲んでいる絵面がもう犯罪的だ。それこそ警察官に見られたら全員お縄にかかってしまうだろう。


「はい、平坂くんの分ね」


「ありがとう。いただきます!」


「はいどうぞ!」


早乙女さんから小皿を受け取る。てらてらと輝くマッシュルームは芯をくりぬかれ傘だけになっており、それを皿のように中には細かく刻まれた生ハムやニンニク、パセリなどが詰められている。口に放り込むと中からジュワっと脂ときのこのうまみが溢れ出してきて、ちょっと……いや、結構熱いけど滅茶苦茶美味しい。なにより酒に合う。ビールと合わせると鬼に金棒だ。


「早乙女さん、美味しいよこれ!」


「ホント!?初めて作る料理だから不安だったんだけど、良かった~。どこがおいしいの?聞かせて!」


「えーと、マッシュルームの香りとオリーブオイルの香りの間に、生ハムの香ばしい味わいがあって……噛むたびに味が変わって、噛むほどどんどん味がおいしくなって、滅茶苦茶いい!」


「そーう?えへへ。生ハム自体も美味しいから食べてみてね。ハモンセラーノやイベリコじゃなくてごめんだけど」


早乙女さんは小さな鼻をヒクヒクさせている。どうやら嬉しいらしい。彼女に言われるがまま、生ハムを一枚取り上げる。ピンクというよりも赤色といった方が適切なほど色の濃い生ハムは、口に入れると脂が舌の上でとろけ豚の濃厚な旨みが口いっぱいに広がっていく。


生ハムに舌鼓したつづみを打つ僕を見て榊さんがチューハイの缶を握りながら話した。


「平坂さん、生ハムは手でつかんで食べる方が良いんですよぉー」


「へ?」


「おーよく知ってるね」


「そっちの方が味わいが深まるらしいんです」


「へー、やってみようかな」


手で掴んで食べてみる。おいしい。ただ、僕には正直その違いがあんまりわからなかった。だってどっちも美味しいし……。


「あ、ボク追加のお酒持ってくるねー」


「はーい」


早乙女さんが冷蔵庫のほうに歩いて行く。彼女が出て行ったのを見るやいなや、頬を赤らめた榊さんが身を寄せてきた。


「それでー、平坂さんはー、ちび姫ちゃんとどういう関係なんですかぁー?」


「え?」


「だってー、毎日お家に通ってるんですよね?もう奥さんみたいなもんじゃないですかぁ」


あ、ダメだ。この人お酒弱いんだ。それも絶望的に。チューハイもアルコール度数低かったはずなのに……。


対面のりつ姉もお酒を飲んでいるせいだろうか、普段とは違うオーラを放っていて少し怖い。流石は都市伝説の神様だ。


「あでもー。106号室でしたっけ?平坂くんって姫柊さんの部屋に良く行ってますよねぇー。どっちが本命なんですかー?」


「いや、本当、そういうのじゃなくて……」


「でもー、私ここを管理してるから知ってるんですよー?前106号室で朝帰りしてましたよね?何してたんです?ねーぇー」


「………………」


りつ姉のオーラが天井に届くほどに大きくなる。僕は慌てて訂正する。


「あれは違うの!」


「どう違うんですか?」


「プラモの塗装ブース貸してもらったら、そのまま寝落ちしちゃっただけで。別に何ともないって!」


「一緒にお風呂に入ってたけどネ」


ぽん!というコルクの栓が抜ける音と共に、後ろから少し不機嫌そうな早乙女さんの声が聞こえてくる。僕は全身の血が一気に凍りつくのを感じていた。


「ひーくん?」


電灯がチカチカと点滅し、パエリアの乗っているフライパンがカタカタと震える。


「ああああれは誤解で、その、彩華さんの暴走というか……」


「あらあらあら、否定はしないんですねぇ」


「……悪いのはあの女狐なんですね。分かりました。邪魔者は排除します」


意を決したような表情で、りつ姉はビール缶片手に立ち上がった。僕は彼女を止めようと手を伸ばしたが、恐ろしい俊足でりつ姉は玄関に走っていった。


「早乙女さん!りつ姉を止めて!!」


「へ?……とりあえず分かった!!」


早乙女さんの見えない手が彼女を引っ張る。僕と榊さんはつんのめったりつ姉に覆いかぶさるようにのしかかって彼女に組み付いた。


「あの……!初めてが玄関は、ちょっと……」


「アホなこと言ってんじゃないよバカ都市伝説!」


榊さんがバシバシと彼女の頭を叩く。流石ADAの職員だけあって、いざというときにはシッカリ動けるみたいだ。……言動は酷かったけど。


「ウッ……はぁ……ひーくん……激しいのも良い……」


「だから欲情すんな!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「その……皆さんにはー、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでしたぁ……」


「もう聞いたから、大丈夫だって」


「でも、罰を貰わないと……」


夕食の片付けをしながら、縋り付くりつ姉を片手で払う。彼女は僕の手を掴んでは愛おしそうに見つめる……のはいいのだけど、シンプルに片付けの邪魔だ。


「皿洗いはやっとくから、空いたグラス持ってきてー?」


「りょーかい」


うずくまる彼女はさておいて、僕は皆が開けた空き缶や空になったワイングラスをキッチンに運んでいく。こういう共同作業は嫌いじゃない。普段早乙女さんは一人で片づけをしたがるだけに、彼女と並んで作業をできるのはちょっと嬉しい。


早乙女さんは台に登りながら、シンクでフライパンについたおこげと格闘している。そんな彼女の横顔を見ると、僕の胸はちょっとだけ熱くなった。


「なんか……こういう時間がずっと続くと良いですね」


「なに、急に?」


「こう、美味しいご飯を食べて、バカ騒ぎして、たまに真面目に神様の役割を聞いて……僕、今結構自分のこと幸せだと思ってるんです」


「ふふ、そうだねー」


早乙女さんが少し微笑む。僕は彼女の頬にかかった髪を見て 、少しだけ心臓が高鳴るのを感じていた。


「ねぇ、早乙女さん」


「ちょっと待ってねー。もう少しでしつこい焦げが取れそうだから」


「……了解です」


そうやって片付けを続けながら、夜はしんしんと更けていった。



時を同じくして、異常管理サイト18支部 精霊部署にて――。


榊 凜は、酔い覚ましのブラックコーヒーをすすりながら、30分ほど前に提出した書類を読み直していた。書類の内容は瀬織津姫セオリツヒメの提案をADAが受け入れ可能な形で何とか調整したものだ。


瀬織津姫をADA職員として臨時雇用し、状況に応じて神降ろしをして活用するという案。これまでに異常体と協力すること――ましてや職員と雇用することなんて前例はなかったが、それでも榊はかなり現実的なラインまで妥協したつもりだった。


「そう簡単に受け入れられるとは思ってないけど、やってみる価値はあるわよね……」


榊は黒髪を指でとかしながら、今後のことに思いを馳せた。彼女を雇用するのはリスクがあるが、不死の上位存在が味方に付くというのはあまりにも大きすぎるリターンだ。きっと上も理解してくれるだろう。


その時メーラーの通知音が鳴った。書類を提出した先の18支部本部長からの返信だった。


『詳細を聞きたいので自席にて待機せよ。 18支部本部長 葉隠』


シンプルな文面からは詳しい彼の意図は読み取れない。榊はひとまず門前払いされなかったことにため息をついた。


扉が開く音がする。随分と早い対応……急進派の葉隠部長らしい速度感だ。立ち上がり振り返ると葉隠部長がいつも通りの厳しい顔で立っていた。


「あ、葉隠ぶちょ――――」


葉隠は銃のようなものを構えていた。彼はすぐにその引き金を引くと、榊の意識は即座に睡魔の奥へと落ちていった――。

「それじゃ、二人の仲直りを祝してぇ~……」


「「「乾杯!」」」


皆で缶ビールをぶつけ合う。遅れて榊さんがよろよろと缶チューハイを掲げた。


「はぁ……かんぱい……」


「なぁーにー?私のご飯を前にしてため息とは、随分と良いご身分だネぇ」


ちゃぶ台はミックスパエリアを中心に、生ハムにオリーブのマリネ、チーズにエビのフリットにマッシュルームのセゴビア風……お酒が進みそうなスペイン料理の数々が並んでいた。


早乙女さんはそれらを小皿に取り分けていく。


「アヒージョは部屋に匂いがついちゃうのでナシです。マッシュルームで我慢してください」


「はーい……」


少しだけ榊さんが唇を尖らせた。実はアヒージョが好物なんだろうか?りつ姉はつまようじでオリーブをいくつも刺してお団子のようにしている。行儀が悪いな……。


というか制服姿の二人がお酒を飲んでいる絵面がもう犯罪的だ。それこそ警察官に見られたら全員お縄にかかってしまうだろう。


「はい、平坂くんの分ね」


「ありがとう。いただきます!」


「はいどうぞ!」


早乙女さんから小皿を受け取る。てらてらと輝くマッシュルームは芯をくりぬかれ傘だけになっており、それを皿のように中には細かく刻まれた生ハムやニンニク、パセリなどが詰められている。口に放り込むと中からジュワっと脂ときのこのうまみが溢れ出してきて、ちょっと……いや、結構熱いけど滅茶苦茶美味しい。なにより酒に合う。ビールと合わせると鬼に金棒だ。


「早乙女さん、美味しいよこれ!」


「ホント!?初めて作る料理だから不安だったんだけど、良かった~。どこがおいしいの?聞かせて!」


「えーと、マッシュルームの香りとオリーブオイルの香りの間に、生ハムの香ばしい味わいがあって……噛むたびに味が変わって、噛むほどどんどん味がおいしくなって、滅茶苦茶いい!」


「そーう?えへへ。生ハム自体も美味しいから食べてみてね。ハモンセラーノやイベリコじゃなくてごめんだけど」


早乙女さんは小さな鼻をヒクヒクさせている。どうやら嬉しいらしい。彼女に言われるがまま、生ハムを一枚取り上げる。ピンクというよりも赤色といった方が適切なほど色の濃い生ハムは、口に入れると脂が舌の上でとろけ豚の濃厚な旨みが口いっぱいに広がっていく。


生ハムに舌鼓したつづみを打つ僕を見て榊さんがチューハイの缶を握りながら話した。


「平坂さん、生ハムは手でつかんで食べる方が良いんですよぉー」


「へ?」


「おーよく知ってるね」


「そっちの方が味わいが深まるらしいんです」


「へー、やってみようかな」


手で掴んで食べてみる。おいしい。ただ、僕には正直その違いがあんまりわからなかった。だってどっちも美味しいし……。


「あ、ボク追加のお酒持ってくるねー」


「はーい」


早乙女さんが冷蔵庫のほうに歩いて行く。彼女が出て行ったのを見るやいなや、頬を赤らめた榊さんが身を寄せてきた。


「それでー、平坂さんはー、ちび姫ちゃんとどういう関係なんですかぁー?」


「え?」


「だってー、毎日お家に通ってるんですよね?もう奥さんみたいなもんじゃないですかぁ」


あ、ダメだ。この人お酒弱いんだ。それも絶望的に。チューハイもアルコール度数低かったはずなのに……。


対面のりつ姉もお酒を飲んでいるせいだろうか、普段とは違うオーラを放っていて少し怖い。流石は都市伝説の神様だ。


「あでもー。106号室でしたっけ?平坂くんって姫柊さんの部屋に良く行ってますよねぇー。どっちが本命なんですかー?」


「いや、本当、そういうのじゃなくて……」


「でもー、私ここを管理してるから知ってるんですよー?前106号室で朝帰りしてましたよね?何してたんです?ねーぇー」


「………………」


りつ姉のオーラが天井に届くほどに大きくなる。僕は慌てて訂正する。


「あれは違うの!」


「どう違うんですか?」


「プラモの塗装ブース貸してもらったら、そのまま寝落ちしちゃっただけで。別に何ともないって!」


「一緒にお風呂に入ってたけどネ」


ぽん!というコルクの栓が抜ける音と共に、後ろから少し不機嫌そうな早乙女さんの声が聞こえてくる。僕は全身の血が一気に凍りつくのを感じていた。


「ひーくん?」


電灯がチカチカと点滅し、パエリアの乗っているフライパンがカタカタと震える。


「ああああれは誤解で、その、彩華さんの暴走というか……」


「あらあらあら、否定はしないんですねぇ」


「……悪いのはあの女狐なんですね。分かりました。邪魔者は排除します」


意を決したような表情で、りつ姉はビール缶片手に立ち上がった。僕は彼女を止めようと手を伸ばしたが、恐ろしい俊足でりつ姉は玄関に走っていった。


「早乙女さん!りつ姉を止めて!!」


「へ?……とりあえず分かった!!」


早乙女さんの見えない手が彼女を引っ張る。僕と榊さんはつんのめったりつ姉に覆いかぶさるようにのしかかって彼女に組み付いた。


「あの……!初めてが玄関は、ちょっと……」


「アホなこと言ってんじゃないよバカ都市伝説!」


榊さんがバシバシと彼女の頭を叩く。流石ADAの職員だけあって、いざというときにはシッカリ動けるみたいだ。……言動は酷かったけど。


「ウッ……はぁ……ひーくん……激しいのも良い……」


「だから欲情すんな!」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「その……皆さんにはー、ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでしたぁ……」


「もう聞いたから、大丈夫だって」


「でも、罰を貰わないと……」


夕食の片付けをしながら、縋り付くりつ姉を片手で払う。彼女は僕の手を掴んでは愛おしそうに見つめる……のはいいのだけど、シンプルに片付けの邪魔だ。


「皿洗いはやっとくから、空いたグラス持ってきてー?」


「りょーかい」


うずくまる彼女はさておいて、僕は皆が開けた空き缶や空になったワイングラスをキッチンに運んでいく。こういう共同作業は嫌いじゃない。普段早乙女さんは一人で片づけをしたがるだけに、彼女と並んで作業をできるのはちょっと嬉しい。


早乙女さんは台に登りながら、シンクでフライパンについたおこげと格闘している。そんな彼女の横顔を見ると、僕の胸はちょっとだけ熱くなった。


「なんか……こういう時間がずっと続くと良いですね」


「なに、急に?」


「こう、美味しいご飯を食べて、バカ騒ぎして、たまに真面目に神様の役割を聞いて……僕、今結構自分のこと幸せだと思ってるんです」


「ふふ、そうだねー」


早乙女さんが少し微笑む。僕は彼女の頬にかかった髪を見て 、少しだけ心臓が高鳴るのを感じていた。


「ねぇ、早乙女さん」


「ちょっと待ってねー。もう少しでしつこい焦げが取れそうだから」


「……了解です」


そうやって片付けを続けながら、夜はしんしんと更けていった。



時を同じくして、異常管理サイト18支部 精霊部署にて――。


榊 凜は、酔い覚ましのブラックコーヒーをすすりながら、30分ほど前に提出した書類を読み直していた。書類の内容は瀬織津姫セオリツヒメの提案をADAが受け入れ可能な形で何とか調整したものだ。


瀬織津姫をADA職員として臨時雇用し、状況に応じて神降ろしをして活用するという案。これまでに異常体と協力すること――ましてや職員と雇用することなんて前例はなかったが、それでも榊はかなり現実的なラインまで妥協したつもりだった。


「そう簡単に受け入れられるとは思ってないけど、やってみる価値はあるわよね……」


榊は黒髪を指でとかしながら、今後のことに思いを馳せた。彼女を雇用するのはリスクがあるが、不死の上位存在が味方に付くというのはあまりにも大きすぎるリターンだ。きっと上も理解してくれるだろう。


その時メーラーの通知音が鳴った。書類を提出した先の18支部本部長からの返信だった。


『詳細を聞きたいので自席にて待機せよ。 18支部本部長 葉隠』


シンプルな文面からは詳しい彼の意図は読み取れない。榊はひとまず門前払いされなかったことにため息をついた。


扉が開く音がする。随分と早い対応……急進派の葉隠部長らしい速度感だ。立ち上がり振り返ると葉隠部長がいつも通りの厳しい顔で立っていた。


「あ、葉隠ぶちょ――――」


葉隠は銃のようなものを構えていた。彼はすぐにその引き金を引くと、榊の意識は即座に睡魔の奥へと落ちていった――。


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