瀬織津姫という神について
「誰だろ、姫柊ちゃんかな」
「彩華さんは早起きでも朝11時だから、そんなこと無いと思うけどなぁ」
「下の名前呼び――!?」
珍しく間の抜けた声を上げたりつ姉を尻目に僕は玄関を開けた。玄関の先に立っていたのは、スーツ姿の一人の女性だった。以前も来訪したことのある異常特定機構ADAの職員、 榊 凛がそこに立っていた。
「お久しぶりです。秋津平坂さん」
「ども……です」
「いまお時間よろしいでしょうか?」
僕は振り返った。明確に警戒の色を見せている早乙女さんがゆっくりとうなずいて、僕は扉をゆっくりと開けた。
失礼します、と言って榊さんは僕を押しのけてのしのしと中へ入って行く。その視線は僕でも早乙女さんでもなく、紫黒色の髪の毛の女性――りつ姉に向けられていた。
榊さんは座ることもせずにすぐに彼女の方を見て吐き捨てるように言った。
「やっぱりここにいましたか、瀬織津姫……」
「あら榊さん、お久しぶりですね」
先ほどまでのふわりとした雰囲気とは違い、りつ姉が榊さんを見る目は凄く冷ややかだ。
「あなたのせいで――いえ、こちらをご覧ください」
榊さんが何かの書類をりつ姉に見せた。それを見たりつ姉が僕の方に顔を覗かせて言った。
「ねぇひーくん。前私が書いたとっておきの怖い話ありましたよね?」
「ライオンのやつだっけ?」
「そうです。あのライオンって現実にいると思いますか?」
「いるわけないでしょ。頭が二つあって、ダンプカー並みに大きいんだっけ?」
「ですよね、いるわけありませんよね」
榊さんは僕らのやり取りを不思議なものでも見るような表情で見ている。りつ姉は書類を榊さんにつき返すとちゃぶ台にもたれかかった。
「はいこれで大丈夫ですよ。要件はそれだけですか?」
「それだけ……ですが、そうではなくて!」
「?」
「はぁー……。もういいです、大丈夫です」
「それより榊さん、聞いてくださいよ。ひーくんがいたんですよ」
「は……?」
りつ姉は立ち上がると、僕の手を引いて榊さんの前に連れてきた。彼女の眉間の皺がさらによった。
「もしかして」
「ええ。秋津 平坂くん。私のひーくんです」
「そうですか……」
榊さんは額に手を当てて天井を見ている。そんなに困ったことなのだろうか?りつ姉は僕の腕を抱え込むと、にこっと笑って榊さんに話しかけた。
「今、私達で新しい都市伝説を作ろうとしてるんです。とーっても怖くて、とーっても人気になるような物を。いいでしょう?」
「――――は?」
榊さんの表情に怒りが宿った。りつ姉は口を一文字に引っ張って不敵な笑みへと変わっていった。
「ど……どうしてそんなことを」
「見せたほうが早いですね」
りつ姉がパチンと両手を叩くと、榊さんの後ろに八尺様が出現した。
「……?」
榊さんに気づいてもらえなくて八尺様は困ったように指をわなわなさせている。りつ姉が一度ウィンクをすると、八尺様は意を決したようにうなずいて榊さんの肩に手を置いた。
「うわぁ!?」
彼女が驚いて飛びのいた。慌てて僕が彼女を抱える。抱きかかえる準備をしておいてよかった。大人の人がこんなに重いだなんて思わなかった。
「あ、ありがとうございます」
彼女は驚いたのか顔を赤くして息を切らしている。そこにりつ姉が割り込んできた。
「距離が近いですっ!はーなーれーて!」
「分かった分かった、離れるから……」
ドタバタする僕らを見て、早乙女さんがしょうがないなぁとため息をつく。僕だってため息つきたい気分だ。
榊さんは振り返って八尺様を見た。恥ずかしそうにモジモジする八尺様を見て、驚いたように声を漏らした。
「この女の子が……八尺様なの?」
八尺様は頬を赤く染めながらうんうんとうなずく。りつ姉はつまらなさそうな声色で話した。
「ADAにとってあんなに厄介だった八尺様も、人類のみなさまのお陰でこの通り可愛くておっきな女の子になっちゃいました」
「そんなことが可能なのですか?」
「可能どころか、都市伝説は皆こうなってしまったのです。キャラクターと言っても差し支えないでしょう?」
「では、瀬織津姫の狙いというのは……」
「古来よりの都市伝説の形を取り戻します。ADAの皆さんにとってもそれは本望でしょう?」
「ですが……」
榊さんは再び八尺様を見上げた。気持ちは分かる。僕だって本音を言えば今の彼女の方がいい。可愛いし、無害そうだし、仲良くなれそうだし。
「では私達はこれから予定がありますので、他に要件がなければ失礼します」
「予定ってまさか」
りつ姉はにっこり笑う。
「で・え・と、です♡」
「えーと、怖いってことについて詳しくなるために、一緒にホラー映画を見に行くってことです」
僕は慌てて訂正した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
映画館は近くのショッピングモールに併設されたところで見ることになった。本題のホラー映画はというと呪われた家についてのお話で、そこに住んだ人たちが次々と不幸な目に遭う という内容だった。
感想戦をということでフードコートでたこ焼きを購入し、僕らはシンプルなプラスチック製のテーブルを囲みながら、たこ焼きを前に座った。
「どうでした?怖かったですよね?」
りつ姉は嬉しそうに聞いてくる。
「映画自体はめっちゃ怖かったし面白かったよ」
「すこし含みのある言い方ですね、何か引っかかりました?」
「えーとね、怖いは怖いんだけど……うちって一軒家じゃないしあんまり実感が無くてね」
たこ焼きを頬張りながらりつ姉はそれを聞いている。
「それに初春荘ってたぶんそういう霊的な奴でいえば多分トップクラスに安心じゃん?尚更他人事に感じるというか」
「なるほど、実感がわかないと怖くないって事ですかね?」
「えーとね、映画自体はジワーってくる感じでしっかり怖かったんだけど、実感がない分後に引かないって感じかなぁ」
僕もそう答えてたこ焼きを頬張った。
「間が大事だってことと、実感もとても大事ってことですね」
「うん。そんな感じ」
たこ焼きは熱い。ハフハフしながら二人で食べるのはどうも間の抜けた感じがして先ほどまでの怖かった気持ちなど忘れてしまうかのようだ。紙のカップに入ったウーロン茶をのんで、僕は彼女に思っていることを素直にぶつけることにした。
「ねえりつ姉」
「なんでしょうか?」
「さっきの榊さんとの話なんだけど……本当に怖い都市伝説って必要なの?」
「……というと、どういうことでしょうか?」
「だって、現界するのに信仰が必要って言ってた割に結構簡単に八尺様を呼び出すし、それに」
「それに?」
「確かに既存の都市伝説は可愛くなってしまったかもしれないけど、信仰自体は無くならないんじゃないかなと思うんだ。新しいホラー作品自体はいまでも有志の人々によって書かれてるわけだし、素人の僕らが無理して頑張る必要ってないんじゃないかなって」
「……本当、ひーくんも大人になったんですね」
りつ姉――瀬織津姫の表情から笑みが消えた途端、フードコートの電気が一斉に消えた。




