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汝の隣人を愛せ、と八百万の神は言った  作者: あらひねこ
第二部 都市伝説の神
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深い暗闇の中で

「あら、釣鐘小僧つりがねこぞうさんではないですか」


りつ姉がその釣り鐘を拾い上げて顔の近くに持ってくる。釣鐘はじたばたと細い手足をばたつかせたが、りつ姉が様子がムっと唇をへの字にすると諦めたように力を抜いた。


「そのー、ボクたちを祓いに来たわけじゃないんスよね……?」


両手をまごまごすりすりさせながら釣鐘小僧つりがねこぞうが聞いた。それだけで二人の間の立場の違いは明らかだった。


「もちろん、祓うつもりはありませんよ?」


含みのある言い方でりつ姉が返す。僕は出てきた怪異が思ったより可愛かったことに安心したけど、逆に釣鐘小蔵の方が怯えてしまっている。


「あ、あのー、ではどうして……」


「男女二人がこんな場所に来るだなんて、一つしかありませんよね?」


「ま、まさか心中……」


「握りつぶしますよ」


「スミマセン!」


彼女につままれた釣鐘小僧がピンと気を付けをする。もうその様子だけで怖いどころではなくなってしまった。まぁ、これも「怖い」の勉強だろうか。対象とコミュニケーションが取れたり、対象が部下のようなふるまいをしたら怖くなくなる……当然の話だけど。


「男女二人で出かけるのなんてデートに決まっていますよね?で・え・と。分かります?」


「ハイっ!分かります分かります。お似合いだと思いマス!!」


釣鐘小僧くんの命をりつ姉は文字通り握っているのだろう。釣鐘小僧は僕の方に助けを求めるような視線を送ってくる。りつ姉の方が彼より断然怖い。


「はい、よろしい」


りつ姉がぽいっと茂みの奥に釣鐘小僧を放り投げた。まるで拾った昆虫を扱うような、そんな雑さだ。振り返って満面の笑みのりつ姉が首を傾ける。


「じゃあ、行きましょうか。ちゃんと懐中電灯もあるから安心ですよ?」


「そ、そうですよねハハ……」


「はい」


りつ姉は僕の手を取ると懐中電灯をつけた。トンネル入り口の頼りない策を乗り越えて、暗闇の中をズンズンと進んでいく。彼女に引っ張られて僕も中に入った。


その途端、彼女の左腕が僕の右腕に絡みついた。


「コワ~い!」


「……絶対そんなこと思ってないでしょ」


「映画のカップルはこうしてたので」


「…………」


トンネルの中は湿っぽく、歩くだけでぴちゃぴちゃと水音が鳴る。ライトの光だけが頼りなのに、意識は暗闇へと引っ張られてしまう。冷静に考えてみれば、釣鐘小僧くんが可愛かっただけで、もっと恐ろしい存在は確実にいるはずだ。そう思うだけで暗闇はずっと怖くなってしまう。


「奥の祭壇まで向かうのが今回の旅行のゴールですよ」


「旅行というにはちょっと怖い気もするけど」


りつ姉は僕の腕に頬をこすりつけながら楽し気に話している。悔しいけど今はこのひとだけが頼りだった。


奥は見えない。トンネルはどのくらいの距離があるのだろう。光が差し込んでいないのは祭壇で埋まっているからだろうか?それとも曲がっているからか?奥に進まなければ答えは出ない。


「怖いですか?」


「怖いよ、怖い……けど、りつ姉が隣にいれば安心かな」


「ふふ、そうですね……。いざというときには祓いますから安心してくださいね」


彼女が「祓います」と言った直後、ざわっ……と暗闇が揺れた。


「ちなみに祓うってどういう感じなの?」


「私が手をかざせば、()()らは川に送られ清められます。ひーくんが見たいなら今すぐにでも実演できますよ?」


「ああいや、単に気になっただけだからね、やらなくていい。襲ってこない限り祓わなくて大丈夫だから……」


「あらそうですか……折角でしたのに」


暗闇の疲労と安堵が混じった空気が伝わってくる。僕も心の中でため息をついた。実際どうなのかはさておき、この空間においてりつ姉は僕とそれ以外を明確に区別している。――僕の不用意な発言一つでこのトンネルに棲む者たちを破滅させてしまわないくらいに。


彼らへの親近感がわくにつれて、トンネルへの恐怖は消え去っていった。もちろん隣に祓う力のあるりつ姉がいるのが大きいけど、それと同じぐらい彼らに共感する気持ちもあった。


りつ姉は軽やかな足取りで進む。当然彼女に抱き着かれている僕も早足でトンネルの奥へと進んでいった。トンネルは案の定大きく右に曲がる形なようで、曲がっていくと奥に明かりが見えてきた。


「とりあえず分かったのは、暗闇が怖いってこと」


「そんなの子供でも知っているのでは?」


「もちろんそうなんだけど、どうして怖いのかってところだよ。僕らは化け物自体を恐れているわけじゃなく、化け物が見えないところから出てくるかもしれないって言う事を怖く感じるんだ。なんていうんだろう――()のような物と言えばいいのかな」


「出てくるか出てこないか分からないから怖いってことでしょうか?」


「うん。実際に釣鐘小僧くんが出てきたら可愛いって感じだったし、怖い化け物が出てきたらライオンの話と同じになると思う。やっぱり『間』が感じんなんだよ」


「おおー!収穫ですね」


「うん。それにこれを応用すればりつ姉を怖がらせられることにも気づいたんだ」


「ふーん。やってみてくださいよ。怖がるなんて経験、祓い清めの神たる私にさせたら大したものですよ?」


「いいの?」


「ええ、どうぞ」


りつ姉は不敵に笑う。僕はそんな彼女から自分の身を引きはがした。驚いている間に懐中電灯をひったくって、電灯を消す。暗闇が僕らを包みその姿を隠す。


僕から彼女がどうなっているかはもう分からない。同じように彼女も僕がどうなっているかは分からないはずだ。


「ひ、ひーくん……どこですか?」


「ここだよ」


懐中電灯をつける。彼女はすぐに振り向いて僕に駆け寄ってきた。


「イジワルしないで、どこにもいかないで、折角また会えたのに」


彼女の柔らかくて硬い頭の感触が僕の胸に飛び込んできた。


「ごめん、りつ姉。でも僕や釣鐘小僧くんが感じてた怖いって感情がちょっとわかったかな」


「ええ、分かりましたとも。ごめんなさい、ごめんなさい……」


りつ姉は僕の背中に食い込みそうなほど力強くギュッと抱きしめて来る。すこし罪悪感はあるけれど、これで怪異や妖怪に少しでも優しくなってくれたら僕も嬉しい。


トンネルは今度はぐわんと左に曲がった。どうやらこのトンネルはS字のような構造をしているらしい。曲線の奥からはわずかな光が漏れ出ていた。


祭壇は朱色の木で枠組みされた小ぢんまりとしたものだった。手前にはろうそくで火がつけられており、暗闇の中で頼りなく存在感を放っている。中心には木製の格子づくりの扉があり、奥は闇に包まれてよく見えない。


僕はりつ姉の方を見た。


「ねぇ、祭壇に来たのは良いけど何をするの?」


「この祭壇が正しく機能するかチェックして、そのあと軽くお祈りして補強します」


「はーい」


お祈りというワードだけで少し身構えてしまった。早乙女さんも彩華さんも理由は分からないけど僕が祈ると変な声を出した。確か彩華さんは僕のはちょっと特別って言ってたっけ。でも三度目の正直という言葉もあるし、りつ姉なら大丈夫な可能性だってある。


僕の悩みもいざ知らず、りつ姉は祭壇の前で祈祷師のように腕をせわしなく振りながら呪文のようなものをぶつぶつと唱えている。ろうそくの明かりが力を取り戻すと、彼女は「よし」と小さく呟いた。


「これで変なYouTuberや大学生たちが入ってきても何も出なくなりました」


「この祭壇ってそんな意味があったんだ。というかここの人……?妖怪?達は大丈夫なの?」


「ええ。境界があるというのはそれだけで双方にとってプラスですから。怪異だってこのんで人間に近づくわけではないんですよ」


「へぇー。それはちょっと意外」


「水と油を無理やり混ぜるような行為ですもん。さ、祈って効果を固めますよ」


「あ、それなんだけどー……そのー、僕の祈りって神様にとってちょっと変な感じっぽくって……」


彼女は笑いながら僕の腕をつつく。


「怖がらなくても良いですよ、変な事は起きませんから」


「そうじゃなくて、いやそうなんだけど」


「ほらほら」


僕の制止も気にせず彼女は僕に腕を絡みつかせて、祈りのポーズを取った。どうせ祈らなければいけないなら説明するより体感したほうが早いか……?


僕も仕方なく祈りをすることにした。といっても何に祈ればいいのかも分からなかったからとりあえずポーズだけ組んで祭壇の無事を祈った。




60秒は祈っただろうか。幸いりつ姉には効果がなかったのか、僕が祈っている間隣から喘ぎ声のようなものは聞こえてこなかった。


安心して目を開ける。


目の前、鼻と鼻がぶつかりそうなぐらいの距離にりつ姉の顔があった。その表情は恍惚に火照り、目はとろんと蕩けていた。


僕が驚いて身を引こうとしたが、彼女は僕の肩を掴んでグイッと引き寄せた。抵抗の余地はなかった……と思う。


りつ姉が少し背伸びをして、僕と彼女の唇は重なりあった。


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