本当の神様
106号室の玄関には再び陰気な気が漂い、まるで彼女の絶望がドアノブ越しに伝わってくるようだ。玄関を開くと部屋の奥は暗く、僕ははじめて姫柊さんに会いに行った時のことを思い出していた。
僕らはキッチンを過ぎてリビングの引き戸の前に立った。すりガラス越しで奥の様子は見られないが、陰気さは更にその勢いを増していた。
「これは重症だネ……」
早乙女さんが息をのむ。
「とりあえず開けるよ」
「うん……」
引き戸にかけた手が黒い靄に包まれる。気合を入れて戸を引くと、暗い部屋に布団にくるまった何かがいた。
「姫柊さん、大丈夫~?」
僕の声に反応して布団がもぞもぞと動く。掛け布団にゆっくりと手をかけると、中から黒髪の女神がにゅっと顔を出す。泣いていたのか目元は腫れていて、目の下のクマと合わせて目元が滅茶苦茶になっている。
「平坂く~ん、私はもうダメです……」
とりあえず頭を撫でる。「ひーん」と情けなく声を出すして彼女はなすがままになった。
「辛いと思うけど、どういう状況か説明してもらえるかな」
「はいぃ……」
「とりあえず布団からでようね」
「ぃいぃ……」
言葉にならない声を上げて姫柊さんがもそもそと外に出る。あきれ顔の早乙女さんと目が合ったようだ。再び戻ろうとする。仕方なしに彼女の手を引っ張って無理やり外に放り出した。
白色の薄手のシャツにピンクのドルフィンパンツ。またこの人は薄着だ。
「いい加減まともな服着てよ……」
「ま、まともですよ。ホラ!」
「僕には見えてないんだって」
「……」
彼女はのそのそと動いて赤い半纏を羽織った。……チラリズムが刺激される分余計目のやり場に困っていることは黙っておこう。
「それで、黒ちゃんそんなに信仰足りてないの?」
座ったまま姫柊さんは小さく頷いた。まるで母親に叱られる子供のようだ。助けを求めるように僕に視線を送ってくる。……僕はお父さんじゃないからな。
「なんか、動画の量自体はそんなに多くなくて、でも一杯頑張ればなんとかなるでしょっておもってたんですけど、なんにもならなくて……」
「なんで正直に言ってくれなかったの!!」
「だってぇ……平坂くんがすっごい頑張ってくれたし、実際なんとかなるだろうって思ってまして……」
「気持ちはわかるケドもー……」
涙目の姫柊さんを2人でよしよし撫でながら、僕は信仰が足りない理由に思考を巡らせた。
姫柊さんの言葉で引っかかるのは信仰が「足りない」ということだ。稼げていないならまだしも、足りないということは稼げた上で量が足りてないことを意味する。
つまりアプローチは間違っていないはずだ。空いている手でスマホを触る。再生数も悪くない。収益もちゃんとある。
早乙女さんの方を見る。僕と同じように困惑しているようで、小さく首を傾げた。
やはり姫柊さんに何かが起きているんだ。
「とりあえずこんな所にいても気が落ち込むだけだし、一旦101号室に戻らない?」
早乙女さんの提案に従って、僕は姫柊さんを引っ張って101号室に帰ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕の部屋につくと姫柊さんは泣き疲れたのか僕の布団で寝息を立て始めて、ひとまず僕らは腰を落ち着かせた。早乙女さんも榊さんの一件で疲れが来ているようで、座布団の上でうとうとと船をこいでいる。
僕は二人を一旦布団に休ませて、YouTubeで彼女の配信のチェックをすることにした。
『えとー、どうも、姫柊で~す。こんこん~~』
画面の中の姫柊さんが照れくさそうに笑う。服は相変わらずの薄着で、上は白い綿のTシャツに下はグレーのドルフィンパンツだ。別ジャンルの配信だと勘違いされそうな様子だけど、裏を返せばちゃんと権能で隠せているのだろう。
『今日は塗装ブースの紹介をして、それからフレガの金剛ちゃんの肌塗装をしていこうと思いまーす』
『あ、気づいたー?今日はアリスギアのシタラちゃんイメージなの!やっぱオタクたち目ざといねぇ』
コメント欄とも会話しながらうまくやれていそうで一安心だ。最初は僕が男だという理由だけで布団に逃げ隠れしたものだったが、これも彼女の成長の証と考えればほほえましいものだ。……少しだけ、胸がチクリとするのだけど。
『あ、ミルキーさんお賽銭感謝です♪ はい、今日は塗装回ですよ~』
《《お賽銭》》も稼げていそうだ。配信開始前に入っている分を考えると一回の配信で収益もそれなりにありそうだ。再生回数自体はトップの配信者に比べると多くはないが、その分ファンの熱意では勝っていそうだ。
『そうそう、こんな感じに塗装ブースはセットしてて、排気口はスライド式のドアを付けると冬場でも安心ですよ~』
配信は順調に続いていったようだ。そのまま滞ることなく美少女プラモの肌の塗装をはじめ、手慣れた手つきでトップコートもかけていく。
自分もいつか塗装やってみたいな。ミキシングと塗装で自分なりの機体を作るというのはどうにもロマンがある。メガロマリアシリーズならミキシングもやりやすいし、メフィスト二号も作ってみたいものだ。
……いかんいかん。つい見入ってしまった。しかしやはり配信に問題は無さそうだし、どうして信仰が稼げないのだろうか。当初の動画よりも遥かに再生されているし、配信での収益や権能の分のボーナスも効いているはずだ。
「う~ん、何が良くないんだろう。編集スタイルがフレンドリーすぎて、逆に敬意を得られなくなっているとかかなぁ」
その時、僕の後ろから声が聞こえた。
「多分だけど、求めるべき客層が違うんじゃない?」
早乙女さんだった。眠気まなこをふわふわした手でくしくしとこすりながら、大きな頭を揺らして僕の肩に寄りかかってくる。相変らず無防備で距離感が近い。姫柊さんといい、神々とはこういうものなのだろうか?
「客層?」
「んぅ……」
眠そうな声で彼女が返事をする。そのまま倒れかかって彼女のほっぺが僕の頬にくっついた。ここまで無警戒だと嬉しいとか緊張するとかよりも心配が勝つ。
子供のようにゆらゆらと揺れる彼女の身体を引きはがして、僕はもう一度彼女に聞き直した。
「客層って、誰が信仰するかが重要ってこと?」
「うん……。例えば戦の神は屈強な戦士に祈られると沢山の信仰がもらえるんだよ。巫女さんってシステムができたのも、ボクらにより効率よく信仰を授けたいっていうのが主な理由だし」
「なるほど……じゃあ姫柊さんはどんな客層が必要なの?プラモが好きな人が見に来てるとは思うんだけど……」
僕の言葉を無視して彼女は台所に行き、濡れタオルで顔を拭き始めた。顔がびしょびしょになったので慌ててバスタオルで顔をふくと、うぅうぅと唸り声をあげながらも僕に去れるがままになった。
一度大きく伸びをして、早乙女さんはくあぁと声を上げた。ようやく目が覚めてきたらしい。
「じゃあ逆に平坂くんに聞くけど戦の神って男神か女神どっちが多いと思う?」
「男神……かなぁ。強い戦士のイメージってやっぱり屈強な益荒男っぽいというか」
「正解正解。だから神々《ボクら》が現界するときの性別って、そこから想起されるイメージに引っ張られるんだよね」
「それが姫柊さんとどう関係が?」
彼女が配信の画面を指さしながら答えた。
「ほら、男の人のコメントが多いでしょ?黒ちゃんの性質を考えればもっと女の子の視聴者を増やさないと?」
「え?」
思わず声が漏れる。プラモと言ったら男の趣味じゃないか。それに姫柊さんが素人ながら配信に人が集まるのも、その奇麗な容姿と女性ながらプラモの圧倒的な技術と知見があるからじゃないか。
しかしそんなことも露知らずといった様子で早乙女さんは得意げに言葉をつづけた。
「黒ちゃんが女の子な通り、お人形遊びと言えば女の子の趣味だからネ。全く、平坂くんもマーケティングというのが分かってないなぁ」
「いやいやいやいや、プラモって言ったらザ・男の趣味って感じですよ」
「え?」
「え?」
二人が固まる。先に口を開いたのは早乙女さんだった。
「そんなことないよ。じゃあ黒ちゃんはどうしてあんな奇麗な女の子の姿になってるの?」
僕は必死に思考をめぐらす。
「ぎゃ、逆に対象の人と性別が違う場合ってどういうケースがあるんですか?」
「いい質問だネ。モチーフに引っ張られる場合は性別が入れ替わることがあるよ。たとえば美の神といえば需要自体は男の子のほうが多いんだけど、当然美の神と言えば女神になるわけだ」
その時配信で彼女の塗装しているプラモデルが目に入った。フレームアームズ・ガール 金剛。戦艦をモチーフにしたロボットを美少女化したプラモデルだった。




