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■■■の神 その2

「姫柊さん、起きて下さい」


僕の布団で寝息を立てる姫柊さんの身体を揺すり、彼女を眠りから強引に覚ました。


「んぅ?平坂くん、どうしたんですか?」


「106号室に行きますよ」


姫柊さんは眠たげに頭を揺らして目をこすっている。それでも僕が手を差し出すと、彼女は勢いのままに僕の手をつかんだ。立ち上がって彼女を釣り上げる。そのまま引っ張って歩き出すと驚いたように声を上げた。


「あああああのあのあの、どうしたんですか」


「だから106に行くんです」


「え?なんで?平坂くん?」


姫柊さんの言葉を無視してどんどん進んでいく。彼女は困惑しながらも一応は僕についてきた。


106号室の玄関に手をかける。落ち込んでいた時の姫柊さんの陰気なもやが僕の手に絡みついたが、無視してドアノブに力を込める。靄はあっけなく霧散した。


部屋の奥は暗い。電灯をつけて二人でキッチンを進む。姫柊さんにも僕の考えが伝わったのか、言葉を発さずになすがまま手を引かれていた。


引き戸を引く。暗いリビングが僕らの目に入る。


部屋は僕が彼女を連れ出した時から当然変わっておらず、部屋の奥にはくしゃくしゃになった布団が敷かれている。


リビングの電気をつけた。しかしその時さらに奥に入ろうとする僕の手を姫柊さんの手が抑制した。振り返ると彼女が不安そうな顔でこちらを見ていた。


「あ、あの、早乙女さんは、大丈夫なんでしょうか」


「うん。話はしてあるし、僕に任せるって言ってくれたよ」


「……そうですか」


姫柊さんは覚悟を決めたように呟いた。


「は、初めてなので、優しくしてほしいです」


彼女は目を閉じて僕に顎を差し出した。……どういうことだろうか?自身の正体をカミングアウトするのが初めてということか?


いや、それが姫柊さんの覚悟の仕方なのだろう。ならばその覚悟に答えるのが漢というものだ。僕は彼女を無視して部屋の奥へと進んだ。


「あ、あれ?」


姫柊さんが間の抜けた声を上げる。……?


まぁいい。僕は彼女の立て掛け式のクローゼットの前に立った。彼女のネグリジェに手をかける。


「あ、そうですよね。男の子はそういうの好きですもんね」


「興味がないわけではないけど、もっと素直に告白してくれたら良かったのにとは思ったよ」


「え、それって……」


姫柊さんが呆けた声を出す。


しかしネグリジェを引こうとする僕の手を、彼女が引っ張って静止した。振り返ると姫柊さんが顔を真っ赤にしていた。


やはり恥ずかしいのだろうか。空いた手をもじもじとさせながら、視線は左右に泳いでいる。


「その、だったら私の事、彩華って呼んでくれませんか。そしたら私、きっと勇気がでますから」


「……? 彩華さん」


「…………はいっ」


僕は振り返ってネグリジェをどかす。白い壁に擬態した扉が目の間に現れた。


僕が最初に見た時と同じように「禁」の札が何枚も張られている。あの時はただただ禁忌におびえているだけだったが、今ならこの扉の意味が分かる。


一枚、その中の最も大きなお札を僕は剥がしてその場に捨てた。


「え?」


素っ頓狂な声をあげる彼女を無視してもう1枚目に取り掛かる。


「ひ、平坂くん?」


姫柊さんには申し訳ないとは思う。プライバシーを雑に暴露されていい気はしないだろう。しかし姫柊さんの命がかかっているならば僕だって引けない。


次々とお札を剥がしていく。今思えば最初の部屋の状況から違和感があったんだ。ガンプラだけじゃなく城や戦闘機・車まで配備しているのに何故かアレは飾られていない。それなのに小石川エマやフレームアームズ・ガール金剛などのプラモを彼女は作る。もちろんそれらの箱なんて見た事無い。


であればもうここしかない。僕は最後の札を剥がして裏に隠された取っ手に手をかけた。


「あ、あのあの!!」


扉を引く。奥からは光が漏れ出していて、彼女の制止する手を振り切ってその奥へと潜り込んだ。


その向こうは、一面の肌色だった。8畳のリビングよりも数倍は大きいであろう部屋には図書館の本棚のようにいくつもの展示用のケースが立ち並ぶ。そしてそこに収納されているのは露出の多い服を来たプラモ、そしてなぜかやたらピッチリしたスーツを着ているプラモ、それと一部の武装てんこ盛りのプラモ――――共通しているのは、どれもそれが《《美少女プラモ》》だということだった。


「やっぱりお前美少女プラモの女神じゃねえかあああああああ!!!!」


「すみませえええええええええええええん!!!!!!」


広大な美少女プラモの展示スペースに僕ら二人の声が反響した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「で、どうして黒ちゃんはボクらに美少女プラモの神だったことを隠してたの?」


僕の布団の上で正座する姫柊さんを、早乙女さんは腕を組みながら見下ろしていた。雰囲気こそ圧力をかけるようなものだったが早乙女さんの声色は大人びた優しいもので、それに僕は少しだけ安心していた。


「だ、だってぇ、美プラの神だなんて恥ずかしいじゃないですかぁ……絶対馬鹿にされるじゃないですかぁ……」


「ボクを疑うのはまだ良いとして、平坂くんがそういうことするような人間に見える?」


「そ、そりゃ見えませんけど、でも、初めての男の子だったし、美プラだって知られたらえっちな要求されるのかと思いましてぇ……」


僕らは同時に大きなため息をついた。早乙女さんが僕の方を見て呆れたような声色で話す。


「で、これからどうする?」


「んー……彩華さんには、美プラの配信をより積極的にしてもらおうと思う。といっても視聴者に違和感を持たれないように、最初は美プラ系の企画をする体で合間合間にそれ以外のプラモを挟むイメージで」


「そうだね。それでいいと思う。プラモの神に吸われてた信仰もこれで取り返せるんじゃないかな」





こうして、本当の意味で姫柊彩華の――美少女プラモの女神の依頼が完了した。





それから1ヶ月の間彩華さんは美プラメインで活動を続け、それからさらに暫くして信仰が足りましたと涙混じりの声で電話をしてきた。


そういうわけで再び安寧の日常が戻り、僕は自分の部屋で早乙女さんとお茶を啜っていた。


早乙女さんがちゃぶ台に顔を付けながら僕に話しかけてくる。


「ねー平坂くん、なんで黒……姫柊ちゃんの事を名前で呼ぶようになったの?ガールフレンドにでもしたの?」


「違いまーす。なんか彩華さんにそう呼んでほしいって言われたので、断る理由もなかったし。……というか早乙女さんも姫柊さん呼びいつになったら慣れるの?」


「無理無理、おばあちゃんには全然慣れる気がしないですヨ」


「はいはい。逆におばあちゃんが自分の名前隠してた理由って聞いても良い?」


「そりゃ平坂くんと格を合わせるために人間っぽい名前をだなー」


「誤魔化さないで本当のこと言って。彩華さんみたいになっちゃうよ」


「……ボクの人間からの愛称、ちび姫ちゃんだから」


「早乙女さんらしくていいじゃん」


「だからヤなの!」


早乙女さんがどんとちゃぶ台を叩く。茶柱が少しだけ揺れて、それを皮切りにするように黒電話が鳴った。






《第一部 美少女プラモの神編 おわり》



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