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異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。  作者: 葉月


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第35話 研ぎ澄まされた三日

「――痛ッ!?」


 思わず声が漏れ、歯を食いしばった。

 鈍く、しかし確実な痛みが、全身を内側から叩き起こす。


 あれから俺は、意識の戻らないルークを背に担ぎ、どうにか昨夜の拠点まで戻ってきた。

 生きて戻れただけで奇跡だ。だが――身体は、もはや限界だった。


 グリフォンに裂かれた傷が疼き。剣士スキルによって酷使された筋肉は、悲鳴を上げることすら通り越し、重石のように身体にまとわりついている。


 地下演習場でミネルバと剣を交えた時は、戦いの直後に治療師の回復魔法を受け、何事もなかったかのように動けた。

 だが、ここは蛇骨の森だ。

 治療師による支援も、奇跡も――もう期待できない。


「……この状態じゃ……」


 呻くように呟き、焚き火のそばに腰を下ろす。

 いや、正確には「腰を下ろした」というより、崩れ落ちたに近かった。


 ルークは、いまだ目を覚まさない。

 胸は規則正しく上下している。

 それが今の俺にとって唯一の救いだった。


 ――もし、今ここでモンスターに襲われたら。


 考えるまでもない。

 俺たちは、抵抗する術もなく殺される。


「……寝るわけには……いかない……」


 そう、自分に言い聞かせる。

 分かっている。分かっているのに――


 瞼が、異様に重い。


 瞬きをするたびに、視界の端が滲み、森の輪郭が溶けていく。

 耳鳴りのような静寂が、頭の奥で膨らんでいった。


 肉体も、精神も、すでに極限を超えていた。

 脳が、生き延びるための最後の手段として、強制的に“眠り”を選ぼうとしている。


「……少し……だけ……」


 言い訳にもならない言葉が、喉の奥で消える。


 剣を握ったままの指から力が抜け、背負っていた責任ごと、意識がゆっくりと沈んでいく。


 俺の意識は――

 そこで、途切れた。



 ◆



「うぅ……ん……」


 鼻腔をくすぐる、ほのかに香ばしい匂い。

 それに導かれるように、重たい瞼を押し上げる。


 揺れる焚き火の向こう、赤い火の粉を背にして、ルークが腰を落とし、串に刺したキノコをじっと炙っていた。

 俺と目が合うと、彼は一瞬だけ動きを止め、気まずそうに視線を逸らす。


「……目、覚めたか?」

「ああ――――痛っ!」


 起き上がろうと上体を起こした、その瞬間だった。

 左肩を貫くような激痛が走り、思わず息が詰まる。


 反射的に肩へ手を伸ばすと、指先に触れたのは布の感触だった。

 外套を裂いて作ったらしい包帯が、きつく巻かれている。

 その内側には、傷口を覆うように敷き詰められた薬草の感触――乾ききっていない、ほのかに土の匂いを含んだそれが、確かな処置の跡を物語っていた。


「あっ、バカ! 起きんじゃねぇよ!」


 怒鳴り声と同時に、ルークが勢いよく立ち上がる。

 焼きかけのキノコを放り出し、こちらへ駆け寄ってくると、乱暴なようでいて慎重に、俺の身体を抱えるように支えた。


 そのまま、焚き火の傍に転がしてあった丸太へと腰を下ろさせられる。


「……全く……どんだけ無茶してると思ってんだ」


 小さく吐き捨てるようなその声は、怒りよりも、疲労と安堵が混じっていた。


 焚き火が、ぱちりと音を立てる。

 炎の揺らぎの中で、俺はようやく理解する。


 ――生きている。

 少なくとも、今はまだ。


 肩の痛みは、現実の証のように、確かにそこにあった。


「あの……さ……」


 焚き火の前で、キノコを串に刺し、じりじりと炙りながら、ルークがぽつりと切り出した。火のはぜる音に紛れそうなほど小さな声だった。


「おれ……なんで生きてんの?」


 不意に向けられた問いに、言葉を失う。

 焚き火の橙色が彼の横顔を照らしている。その表情は、冗談でも虚勢でもない。戸惑いと、恐れと、そして逃げ場を失った真剣さが、ないまぜになっていた。


「怪我も……なぜか治ってるんだよな」


 ルークはそう言って、自分の胸元に指をやる。 グリフォンの鉤爪に引き裂かれ、確かに血に濡れていたはずの場所だ。

 だが今、そこにあるのは乾いた布と、かすかな熱の余韻だけだった。


「……夢でも見てたみてぇだ」


 小さく笑ったが、その笑みはどこか歪んでいた。

 彼は次に、俺の左肩へ視線を移し、さらに腰元の剣へと目を落とす。何も言わずとも、そこに至るまでの流れを、頭の中でなぞっているのが分かった。


「あのグリフォン……お前が倒したのか?」

「ああ」

「……そっか」


 短いやり取り。

 だが、その「そっか」の裏には、幾つもの感情が沈んでいる。

 恐怖、安堵、悔しさ、そして――自分が守られる側に立たされたという、受け入れがたい事実。


 いつものルークなら、「余計なことすんじゃねぇ!」と怒鳴りつけていたはずだ。

 自分より前に出るな。 自分より無茶をするな。

 それが、彼の矜持だった。


 だが今のルークは、焚き火を見つめたまま、しばらく黙り込んでいた。


「……ありがとな」


 その言葉は、火の爆ぜる音よりも静かだった。


「……え」


 思わず間の抜けた声が漏れる。

 彼が礼を言う――それも、こんな素直な声音で。


「助けてくれたんだろ?」


 ルークは顔を上げずに続ける。


「それに、俺の怪我も……缶詰の時みたいな、あのへんてこな力で治してくれたんだろ?」


 俺は答えない。

 答えられなかったのではない。沈黙のほうが、彼には必要だと感じたからだ。


「にしても……まさか、お前まで│権能オリジンを発現させてたなんてな」


 焚き火の光が揺れ、彼の瞳の奥に影を落とす。


「正直、驚いたっていうか……」


 一拍置いて、吐き出すように言った。


「……素直に、羨ましいわ」


 その一言が、胸に刺さった。


 プライドが高く、村にいた頃から剣を振るってきたルーク。

  そんな男が、俺を羨む。

 少しだけ不思議な気分だった。



 ◆



 あれから三日が経過した。


 時間は、ただ流れたのではない。

 俺たちは生き延びるため、常に神経を張り詰め、森の息遣いに身を委ねながら、その一刻一刻を削り取るように過ごしていた。風が枝を揺らす音、落ち葉を踏む微かな軋み、獣の気配――それら一つひとつが、命の天秤にかけられる合図となる。


 日を追うごとに、感覚が異様なほど研ぎ澄まされていくのが分かった。

 もはや「警戒」ではない。「順応」だ。


 きっと、ルークも同じだったのだろう。


 この三日間で、彼の動きは明らかに変質していた。

 森を歩く足取りは軽く、無駄がない。

 熟練の狩人が獲物を探すように視線を走らせ、躊躇なくキノコや山菜を見分け、手際よく採取していく。その所作には、以前の荒さや焦りが消え、代わりに“生き残るための理”が宿っていた。


 剣を手にしたときの様子は、さらに顕著だった。

 繰り返される素振りは、もはや鍛錬という言葉では生温い。一振り一振りに、切り捨てる覚悟が染みついている。空を裂く剣先には、殺気に似た冷たい意思が、確かにあった。


「――次は……俺が!」


 ルークは、グリフォンとの死闘を経て、疑いようもなく成長していた。


 生死を分かつ瞬間の中でしか、気づけないことがある。 命を賭けなければ、辿り着けない境地がある。

 それは否定しようのない事実だ。


 ――だが、だからといって。


 蛇骨の森に、新人冒険者を置き去りにする理由にはならない。

 それは修練ではなく、放置。教育ではなく、放棄だ。


 なに食わぬ顔でミネルバが戻ってきたとき、俺の胸を最初に満たしたのは、怒りではなかった。 安堵だった。


 その事実が、どうしようもなく腹立たしかった。 これで助かったと心底安堵した自分自身が、たまらなく憎い。


 だが、その感情は一瞬で蒸発する。

  次の瞬間、俺とルークは示し合わせたわけでもないのに、鬼の形相でミネルバへと詰め寄っていた。


「ミネルバ、お前なに考えてんだよ!」

「――てめぇこのクソアマがぁっ!! てめぇのせいで俺は死にかけたんだぞ!」


 蛇骨の森に置き去りにされた、この三日間。

 その間に、ルークもようやく気づいたらしい。 ミネルバという女が、「規格外」などという生易しい言葉では足りない存在だということに。


 彼は夜毎、焚き火の前で、祈るように同じ言葉を呟いていた。


『……弟子入りは、なしだ。あの女はまともじゃない』


 それは願いというより、現実逃避に近かった。


 だが――  その願いが、決して届かないことを、俺は知っている。


 ミネルバという女は、そういう相手だ。  逃げ道など、最初から用意されていない。


「誰がアマだぁ?」


 低く、しかし鋭い声だった。

 その一言だけで、周囲の空気が張り詰める。


「師匠に向かって、その口の利き方は何だ……ルーク」

「……い、いや……あの……その……」


 つい先刻までの威勢は、跡形もなく消え失せていた。 まさに蛇に睨まれた蛙――いや、それではまだ生温い。ミネルバの視線に絡め取られたルークは、塩を振りかけられた蛞蝓のように、見る見るうちに萎びていく。


 きっと、冒険者ギルドで殴られ、蹴られ、尊厳ごと叩き潰されたあの記憶が、鮮明に蘇ったのだろう。身体ではなく、魂が条件反射で縮こまっている。


「とはいえ……」


 ミネルバは、そんなルークをいたぶるように眺めながら、ふっと肩をすくめた。


「二人とも、よく生きていたね」


 一拍置いて、何でもないことのように続ける。


「――ま、ここで死ぬようなら、どの道、遅かれ早かれ死んでいたんだけどさ」


 軽い口調でそう言いながら、彼女は俺とルークを交互に見やった。 まるで獲物の肉付きや骨格を確かめる獣のように。この三日間で削げ落ちたものと、逆に宿ったものを、余すところなく見透かしている。


「……なるほどね。少しはマシな面構えになったじゃないか」


 その言葉に、褒め言葉の温度は一切ない。


「死線をくぐり抜けた者にしか、辿り着けない領域ってのは確かにある。冒険者として生きていくなら、早めに知っておくべきだとは思わないかい?」

「……それで、死んでたらどうするんだよ」


 堪えきれずに口を挟んだ俺に、ミネルバは一切の躊躇もなく言い切った。


「それまでの奴だったってことさ」


 冷たい断定だった。


「それに冒険者をやってるんだ。死ぬ覚悟なんて、とっくにできてるんだろ?」


 そこに慰めも、言い訳もない。 彼女はただ、自分の信じる真理を語っているだけなのだ。


「獅子が、なぜ我が子を崖から突き落とすか――知ってるかい?」


 不意に投げかけられた問いに、ルークが恐る恐る答える。


「……つ、強くするため、か?」


 その瞬間、ミネルバは白い歯を覗かせ、不敵に笑った。


「違うね」

「……は?」

「……へ?」


 俺たちの口から、揃って間の抜けた声が漏れる。


「親がどれほど偉大な存在かを、子の魂に刻みつけるためさ」


 あまりにも予想外の答えに、背筋がぞっとした。


「これで、二度とあたしに歯向かおうなんて思わないだろ?」


 楽しげに、しかし逃げ道を塞ぐように言い添える。


「もちろん――逃げるのも、なしだ」


 その言葉が、宣告であることを、俺もルークも理解していた。


「それじゃあ、帰るとしようか」


 まるで散歩の帰り道でも決めるような軽さで、ミネルバはそう言った。


「ベルガのやつに、色々と報告することもあるしね」


 その言葉と同時に、彼女はゆっくりと視線を森の奥へと向ける。


 蛇骨の森――骨と死の匂いが染みついた、奥行きの測れぬ闇。その深淵を覗き込む彼女の眼は、不思議なほど澄んでいた。

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