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 メルが勧誘を受けたという情報は、すぐチェスターさんから第三騎士団に報告された。

 第三騎士団、または王都の民を守る第二騎士団が動くのだろうと思っていたら、我が家にクラーク様が訪れた。クラーク様は第三騎士団の指揮側なのでスーツ姿だ。


「夜分に失礼します。チェスターから報告を受けました。第三騎士団は他国が関係する人身売買の恐れありと見て動きます」

「なぜ私に報告を?」

「以前からノンナは僕に、『子供を害する犯罪があれば、自分も第三騎士団の手伝いをしたい』と言っていました。僕はノンナに関わってほしくないのですが、ノンナの実力を考えれば今回は彼女が参加した方が成功率が上がります。今回の件、年齢的に第三騎士団の女性では無理なんです。かと言って訓練生には任せられません。今夜は第三騎士団を代表して、先生の許可をいただきに上がりました。先生、ノンナの参加をお許しください」


 クラーク様が深々と頭を下げた。私はすぐには返事ができなかった。

 いつかノンナが第三騎士団の仕事に参加する日がくるかもしれないとは思っていた。でもまさかクラーク様が依頼に来るとは思っていなかった。


「先生のご心配はわかります。ノンナを第三騎士団に関わらせないよう、先生が心を砕いていたことはノンナから聞いています。ですが、この国の子供たちを守るためにノンナの力が必要です。先生、お願いします」

「私は子供たちが酷い目に遭わせられているなら、助け出したい。私はお母さんに助けられました。今度は私が子供たちを救いたいの。それが幸せに生きてきた私の役目だと思っています」

「先生、どうかノンナの参加をお許しください」

 

 ノンナとクラーク様の顔には覚悟が滲み出ている。今の口ぶりからすると、クラーク様はもう見習いではなく、エドワード様の後継者として第三騎士団の指揮に加わって動いているようだ。


「ノンナはもう十四歳だものね。世間知らずの小さな子供じゃない。ノンナ、あなたの判断を尊重します」

「お母さん! ありがとう!」

「先生、ありがとうございます」


 ずっとこうなることを恐れていたけれど、いざ現実になると不思議と冷静な自分がいた。

 そもそもこうなった原因は私にある。私はノンナを守るために鍛えた。途中からはノンナが自主的に自分を鍛えた。その延長線上に今日がある。自然な流れだ。


「ただし無茶はしないでほしいの。自分の力を過信しないで」

「はい、約束します、おかあさん」

「クラーク、俺からも頼む。俺の娘をしっかり援護してやってくれ」

「もちろんです。許可してくださり、ありがとうございます」


 ノンナが笑顔で「門まで送ります」と言ってクラーク様と部屋を出た。若い二人はホッとした顔をしている。窓から見ていたら、二人は庭のベンチに腰掛けておしゃべりをしている。離れがたいのね。


「アンナ、俺が今考えていることをしゃべっていいか」

「想像がつくけどいいわよ」

「王国軍を……二個中隊くらいノンナの護衛に付けたい」

「計画が台無しになります」

「わかっている。言ってみただけだ」


 真顔なのがちょっと笑ってしまうが、私も似たような気持ちだ。私はジェフの隣に座って、もたれかかった。


「どうした?」

「私の可愛いヒヨコに大きな翼が生えて、バッサバサ羽ばたいてる。巣立ちは近いなと思っているところよ」

「そうだな。クラークだってそうだよ。気が弱くて臆病で、いい子過ぎる子供だと思っていたが、いつの間にか指揮官らしい顔になっていた。心なしか、兄上に雰囲気が似てきたような気がする」

「それは私も思ったわ。立場が人を作る、のいい例ね」


 ジェフが私の髪を手に取り「ノンナが嫁ぐのもすぐだろうな」とつぶやいた。


「そうね、きっとすぐよ。私の老後が始まるわけね」

「老後なんて言わないでくれよ。俺と二人で楽しく過ごそう。俺は君と二人で暮らす日々のことも、今と同じくらい楽しみにしているんだ」

「ありがとう。エドワード様のお加減はどうなのかしら」

「良くないよ。眩しさが痛みになるらしくて、黒い布で両眼を覆っている。近々部長の職を辞して、在宅で第三騎士団へ助言する程度の立場になるらしい。当面はマイクが部長、クラークが副部長となって、兄上の助言を受けながら第三騎士団を采配する経験を積むそうだ」

「そう……」

「クラークは頭が切れるだけでなく、周辺各国の言葉を問題なく使えるからね。効率よく働けるだろう」


 クラーク様を乗せた馬車が出て行き、ノンナがやっと戻ってきた。


「クラーク様がだいぶ前に『語学の苦手意識から抜け出せたのは、先生の授業がきっかけだ』って言ってたでしょ? 私とお母さんがランダルに逃げ出してからシェン国に行ったあとね、私とお母さんを守るために出世してやるって決めたんだって」


 私とジェフはうんうんとうなずいた。

 

「お父さんが軍務副大臣になったのは、金鉱脈を見つけたご褒美でしょう? おかあさんはすごいね。クラーク様、お父さん、私。お母さんの影響を受けて、みんな次の舞台へと進んでいる」


 それに苦しんだこともあったけれど、今は「私はきっかけに過ぎない」と思っている。みんな、それぞれの能力を自ら花開かせたのだ。私はデルフィーヌ様の言葉を思い出した。


『あなたや我が子やこの国の民を守れるような王妃になるわ。私は私のやり方で強くなります』

『あなたに見放されないように、私は成長して力をつける。だからこれからも私の友人でいてほしい』


 デルフィーヌ様にまでそんなお言葉をいただいた。私は誰にも頼らず一人で逃げ出して、一人で生きていこうと思っていたのにね。


 夜になってクラーク様から連絡が来た。平民の子に変装したノンナがメルと一緒に職業斡旋の男に会うのは、三日後に決まったらしい。ノンナは「友人からいい就職の話を聞いたから一緒に来た」という設定なのだそう。庶民に見えるといいのだけれど。


「ジェフ、私、目立たないように遠くから動きを見守ってもいいかしら」

「行きたいんだろう? 行ってくればいいよ。君なら誰にも気取られない。俺も行きたいが、俺は隠れているつもりでも体がでかくて目立つからなぁ。ジリジリしながら執務室で報告を待つことにするよ。君が行くことは、俺から兄上に報告しておく」


 第三騎士団がノンナの背後についてくれるのだ。私が首を突っ込まなくても大丈夫。観察するだけ。

 首を突っ込むのは……万が一の緊急事態が起きたときだけ。何もなければ最後まで観察者に徹しよう。


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