137 個人授業
エドワード様の許可とチェスターさんの協力を得て、個人授業をすることになった。
まずはメルとダイアンの二人から。
どの国の養成所でもそうだろうが、工作員の男性と女性では、与えられる仕事の内容が違うことがほとんどだ。けれど、正体を知られた場合の危険度に男も女もない。女性の工作員こそ、身を守る技術をしっかり身につけるべきだ。
帰宅してジェフに今日あったことを全部報告した。
「チェスターとノンナの護身術教室に君が加わる形か。いいと思うよ。そこに訓練生が自主練習の時間に参加するなら問題ないだろう? どうしてそんな心配そうな顔をしてるんだい?」
ノンナが訓練生と関わるのは不安だが、それは口に出せなかった。
我が子には危険に近づかないでほしいと願いつつ、同年代の少年少女には危険な職業をこなす技術を教えている。私は自分勝手だ。黙り込んだ私を、ジェフが労わってくれる。
「君は工作員時代に過酷な経験をしているからね。ノンナに訓練生と関わらせたくないんだろう? でもノンナは君が何を恐れているか、十分わかっているよ、最近、ノンナが剣の練習を始めたようだ」
剣? ノンナが? これ以上攻撃力を上げて、あの子はいったいどこを目指してるのだろう。
「君が軟膏工房や羊牧場に出かけているときに、素振りをしているそうだ。バーサが教えてくれた。ノンナは君が心配するからとバーサに口止めしたらしいよ。なぜノンナがシェン武術の他に剣の技術まで身につけようとするのか、わかるかい? もっと強くなって君が心配しないでも済むようにだよ」
ノンナ……。
「ノンナはもう、幼いあの頃とは違うよ。ノンナが第三騎士団に関わるかどうかは、ノンナとクラークに決めさせてやってもいいんじゃないかな。幼い時からハグルの訓練生になった君とは状況が違う。少なくとも兄上が長になってからの第三騎士団は、部下を使い捨てするような組織ではないはずだ」
確かにそうだと思う。クラーク様が第三騎士団の指揮を執るようになれば、ノンナに関してはなおさら無謀なことはさせないだろう。
「そうね。ノンナは自分の生き方を自分で決めることができる年齢ね」
「そういうことだ。ノンナの人生はノンナのものだよ」
私は自分の人生を誰にも奪われたくない。それはノンナも同じか。
子供向けの護身術教室は毎日開かれていて、生徒は都合のいい日に通っている。チェスターさんと話し合って、子供向けの教室が終わってから、週に二度個人授業を行うことが決まった。
メルが「本当は個人授業のことを仲間に教えるべきでしょうけど……」と言うと、ダイアンは「そうそう。みんなが来ちゃったら個人授業の意味がなくなっちゃう」と言う。
どうやら自分たちが強くなりたいだけじゃなく、仲間を出し抜きたいらしい。
それを咎めるつもりはない。技術の上達を目指すなら、どんな動機でもいいのだ。「自分の意思」で上達するのが大切で、嫌々学べば上達は遅い。
私の個人授業の初回は、ナイフで襲われたときの対処法だ。子供たちを帰してから授業開始。基本ができていない子供たちにナイフへの対処法を生半可に教えれば、危険が倍増するだけだ。
メル、ダイアン、ノンナが見守る中、私とチェスターさんが見本を演じた。
「ナイフは身近な武器です。ナイフを使う人の腕も様々で、軍人や工作員ではなくても、場数を踏んでとんでもなくナイフの扱いが上手い人はいます。自分よりも体格のいい男性にナイフで襲われた場合どうすればいいか。しかも自分が丸腰の場合です。しっかり見ていてね」
私は説明しつつゆっくり動いた。チェスターさんが木製のナイフを右手に突っ込んでくる。私は前に出ながら彼の右腕に自分の左腕を当てて体重をかけて押し下げ、ナイフの向きを前から下へと変えた。
「自分の手が相手の腕に触れたら、前に出ながら一気に体重をかける」
押し下げられたチェスターさんの右腕をつかんで外向きにねじり上げる。
「ナイフを持っている相手の手首をつかんで、相手の肘関節を折る方向へと力を入れます。相手が関節を守ろうとして体勢を崩したら、畳みかけるように攻撃する。顔を殴る、頭突き、右肘で顔を攻撃。全部できるようになって。できれば相手の意識を失わせる。さ、交代しながら襲う側、襲われる側をやってみてね」
メルとダイアンは(えっ、説明これだけ?)という顔だが、ノンナはメルを選んで攻撃側になった。「いきますよ」と言うなりナイフで襲いかかった。メルの胸に木製ナイフがあっさり触れて、「はい、勝ち!」とノンナが宣言する。
年齢も体格も下のノンナに一瞬で負けて、メルの顔が本気になった。
ダイアンはチェスターさんと組んで、やはりあっさり負けている。ノンナはあの説明で理解したらしく、受ける側になったら一発でメルを制圧した。
メルとダイアンが養成所に戻る時間まで、ずっとこの練習を繰り返させた。体が自然に反応するまで練習を繰り返すしかない。一度聞いて理解したノンナは、もうこの手の動きをシェン武術で学んでいるのだろう。家に帰ってその話になったら、ノンナが「そうなの! 私、ナイフへの対処法と気づかないまま、あの技を教わってた」と言う。
「そうでしょうね。シェン武術は実用性が高そうだもの」
「悔しい。きっと他にもこういう技を知らず知らずに習得している気がする!」
「たぶんね」
突然ノンナが立ち上がり、シェン武術の基本の型を始めた。好きにやらせていたら、「そういえばね」とノンナが子供たちから聞いたと話を始めた。
「最近、いい就職先があるよって言って、子供に声をかける人がいるらしいの。そしてその子が親に『いいおうちに雇ってもらえそう』って言って面接に行ったまま帰ってこなくなったことが二度あったらしいの。だから私は、親と一緒じゃなきゃ、ついて行っちゃダメだよって子供たちに言ったんだけど」
「なんですって? それ誘拐じゃないの?」
「ううん。ちゃんと就職している子がたくさんいるから、就職の話は嘘ではないみたい。その人は雇う側から紹介料を貰って子供に声をかけているらしいんだけどね」
じゃあ、就職の斡旋と誘拐は別人の話なのか? 男は他に人がいないときに声をかけてくるらしく、男がどんな人物かわからないそうだ。
「私に声をかけてくれたら、就職の話が本当か嘘かわかるのに」
「あなたは口を開かなければ貴族令嬢に見えるからねえ。あなたには声がかからない気がするけど、声をかけられても一人では動かないで」
「もちろん。お母さんとお父さんに報告してから動くよ」
それからしばらく何もなかった。メルとダイアンも順調に腕を上げていた。
事態が動いたのは、個人授業を相当繰り返した後だ。メルが「実は」と報告した。
小柄なメルが一人でチェスターさんの家を目指して歩いている時に、「君、裕福な家で働く気はない?」と声をかけられたそうだ。






