③
「閣下!!」
水兵はそう叫ぶと直立不動になった。
サクラとヨシはその水兵の視線に合わせようと身体を少し動かした。
「貴様動くな!」
水兵は直立不動から再び銃剣をサクラに向けた。そして矢継ぎ早に遊底を引いた。ガシャンという金属のぶつかり合う音が辺りに響く。
サクラはその一連の動作のとてつもない素早さに驚愕すると額から冷や汗が一筋流れるのを感じた。先ほどの声の主は解らないがゲートの向こう側に気配をまだ感じる。
「おや?」
再びゲートの向こう側から声が聞こえてきたがそれは明らかにサクラとヨシに対してだった。
「そこにいるのはヨシではおまはんか?」
次いで出る鹿児島弁。その声の主を閣下と呼ぶ水兵。サクラの頭にある人物が横切る。銃剣を向けられている恐怖を押しのけるように口を開く。
「ねぇヨシ。ゲートの向こう側にいる人って?」
「うん。トーゴーさんだねぇ」
ヨシはサラッというと、クルリとゲートの方を向いた。その動きに水兵はギョッとした表情をする。
「貴様!」
水兵が小銃の筒先をサクラからヨシに向ける。その刹那だった。
「やめんか!!」
と辺りに響く声がした。その圧力たるや半端なく、水兵は思わず首をすぼめた。
サクラも正直、水兵の怒号よりこちらの声の大きさに恐怖すら感じるほどだった。肩をすくませる。
「ひゃ~。トーゴーさん相変わらず声でかいねー」
ヨシが耳を塞ぎなからゲートの方を見た。サクラもそれに思わず動きを合わせる。
「うわっはっはっ!!戦闘中の甲板じゃこれ位の声でないと周りには号令は聞こえもはん」
豪快な笑い声と共に暗がりではあるがサクラの目に徐々にその人物の映像が浮かび上がる。
黒い二種軍装。腰に下げられたサーベル。そして手入れの行き届いた立派な髭。
歴史の教科書でみる「東郷平八郎」そのものだった。
フェンスの向こうに東郷平八郎と戦艦三笠。
サクラは新たな興奮に自分が満たされていくのを感じる。しかしもう一つのの疑問が拭えない。
東郷平八郎はすでに故人だ。自分の目の前ににいる人物は果たして本物なのだろうか?
それと今の状況を直立不動で伺う水兵の存在。
「ねぇヨシ。変なこと聞くけど、この人達って…」
サクラは恐る恐るヨシに聞く。
「あぁ、ガチ」
「ガチ?」
あっけなく答えるヨシだがサクラにはイマイチ伝わってはないようだ。
「つまり?」「本人よ」「へ?」「左様」「…」
サクラは薄々であるが今の状況を理解…。いや自分の周りにある空気がそれを認めざるをおえないような気がしはじめた。が、それを簡単に認められるか?というと、そうもナゼだか簡単ににはいかなかった.
「あ、もちろんトーゴーさんは故人よ。簡単に言うと目の前にいるのは幽霊ね」
「私が知りたいのはソコ!!なんで死んでるはずの東郷平八郎がココにいるのって事!!」
「軍人の居場所は自分の持ち場でごわす。のう?
「ハッ!そうであります閣下!!」
「つー事みたい。トーゴーさん」
「~~~~~ッ」
サクラの価値観はアッサリ崩れ去った。
「まぁ、立ち話もなんだ。中へ」
東郷平八郎は二人を手招きした。するとゲートはスッと音も無く開いた。先ほどの水兵が駆け足でゲートの脇にたち門番の役割を果たし始めた。
ヨシは鼻歌混じりに行き足をゲートに向けた。サクラもその後をおずおずと付いて行く。
ゲートをくぐる際水兵が「捧げ筒」の姿勢をしていたのが妙に印象的だった。
サクラはチラと水兵の顔色を伺った。さっきとは違い、その表情は固い訳ではないが「真剣」という言葉がピッタリくる面持ちだった。
サクラとヨシがゲートをくぐり終えると水兵は着剣された三八式歩兵銃を「休め」の位置に落ち着かせた。そしてゲートは音もなく閉まった。
サクラとヨシは東郷さんの後を付いて行く。はたと東郷さんはその行足を止めると二人の方を向いた。
「おまはんら、腹の塩梅はどうかえ?」
「ん~」
東郷さんの問いかけにヨシは思わせぶりな態度を取りつつサクラに視線を送る。
「あの閣下!!」
サクラは思わず口走る。一瞬東郷さんは目を丸くするがにこやかな表情になり。
「いってもんせ」
と優しい口調で応じた。
サクラは一か八か。自分の思いの丈を東郷司令にぶつけた。
「三笠への乗艦を願います!!」
一瞬の静寂が三人の間に流れる。しかしそれは豪快な笑い声が吹き飛ばした。




