①
「はぁー満足。満足」
ヨシがそう言いながら工場に併設されているビルから出てきた。
夜空にはポッカリ月が出ていた。ヒンヤリとした夜風があとから出てきたサクラの頬を撫でる。
「ん?一降りあったのかしら」
サクラはヌラヌラと光るカーエントランスのアスファルトに視線を落とした。地面はしっとりと濡れている。
その流れで何気にバイクの方にも視線を送る。
GPZ900Rニンジャは濡れており、まだ残っている水滴が月明かりを弾いてキラキラと輝いていた。バイクにそっと寄り添うサクラ。
「今夜はごちそうさま」
彼女は、エントランスで見送るおケイ達に礼を言うとキイをメインスイッチに差し込んだ。
オフからオンへと切り替えるとメーターインジケーターに灯りが灯る。
そしてアクセルグリップに手を添えるとセルスターターのスイッチを押した。
「?」
いつもなら鋼鉄の野獣は眠りから覚めたかのような咆哮をカーボンサイレンサーから放つ。
しかし、エンジンに火は入ったものの、野獣の咆哮は轟かなった。何か違和感のあるアイドル音。
「おかしいわね。こんなアイドルじゃないはず」
サクラはしゃがみ込みエンジンの辺りを注意深く見た。主に集合管の辺り。そして一つ違いを見つけた。
900ニンジャは四気筒だ。四本あるエキゾーストマニホールドは先程の雨で濡れており、エンジンの排気熱で温められた水滴は蒸発し、水蒸気となりエンジンの周りを包みながら昇っていた。
しかしその中にある一本だけが濡れたままの状態だった。
「うーん一発死んでるみたいね」
サクラはそう呟くと立ち上がりエンジンを切った。辺りに静寂が訪れる。
「どうかしたの?」
おケイが心配そうにバイクのもとに歩み寄る。
「一番シリンダーがプラグかぶりで死んでる。プラグホールに溜まった雨水をエアガンみたいなので吹き飛ばす事ができれば復活するんだけど…」
「一番シリンダー側にサイドカムチェーンがある900ニンジャの代表的な持病ですね。ヘッドカバーの形状とサイドスタンドのせいで水が溜りやすいようになってしまいますからね」
「さすが、塚本さん」
サクラは塚本の方に一旦顔を向けると再びバイクのエンジンに視線を戻した。
「壊れちゃったの?」
「そういう訳じゃないけど、今のままの状態だとパワーがでないわ」
ヨシの質問にサクラは淡々と答えた。
「ふうん」
「ふうん。ってあなた随分そっけなく答えるわね」
おケイはヨシの味気のない言葉に一言いうとサクラの方に視線を向けた。
彼女は別段困るような表情も見せずただそこにたたずんでいた。しかしそれがかえってやるせない雰囲気を漂わせる。
「しゃーない。ヤツを呼ぶか」
ヨシはそう言うと懐からスマホを取り出した。そして慣れた手付きで物理ボタンでホールドを解くとスマホは青白い光を放ちながら起動した。それから画面を数回タップすると電話をかけるようにスマホをホホへと押し当てた。
しばらくして。
「あ。モッシ、わたし。なんかさーバイクが調子崩したから見てくんない?場所は大丈夫だよね。うん、そう、香川のどっか」
一同が呆気に取られてる間にヨシはどうやら電話と思われるものをかけ終えたようだ。
するとどこからともなく小気味よいエンジン音が聞こえてきた。
サクラ達はその音がする方を一斉に向く。すると一台の軽トラが門を通ろうとしていた。
そしてその軽トラは門を潜ると彼女達の目の前で止まった。
後ろの荷台にはライムグリーンも鮮やかなバイクが乗っていた。サクラはそのバイクを見て思わず呟く。
「ZX-12R」




