③
「申し遅れました。私こういう者です」
そう言うと白衣姿の彼は名刺を差し出した。
「あ、すみません。今、名刺を持ち合わせておりませんので…」
名刺を受け取りながらサクラは条件反射的に言葉を返す。
「ははは。構いませんよ」
年相応に重ねたとおもわれる目尻のシワを更に深くして彼は答えた。
「でも、ウドン屋さんにしては仰々しいわね」
ヨシがもの珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡す。
「相変わらず御馬鹿さんだこと」
おケイはクスクスと笑いながらニヤケタ視線をヨシに飛ばす。
「なんだと!」
威勢よく言い返すヨシだがおケイの背後には例の黒服。塚本が睨みをきかせている。勝ち誇った表情のおケイ。
「ケッ。ちっとばかり式神操れるからって…」
ヨシはそう吐き捨てるように言うと踵を返した。
「確かに手前どもはウドン屋ですが…普通ではないのは確かです」
笑顔をたたえながら白衣姿の彼が言うとヨシとおケイの間にある不穏な空気が入れ替わった。
「って事は」
サクラが何かを思いついたかのように口を開く。
「そっ。こちらのカトウさんはこの工場の社長さん」
「あぁ、なるほど」
おケイの短い説明に納得の表情を浮かべるサクラ。その横でヨシがポカンとしている。
「つまりは冷凍食品の加工工場って事ですよ」
そんな彼女を見かねてか?塚本がヨシに耳打ちをする。
ヨシはハッとした表情のあと、苦虫を食い潰したような面持ちになった。
そのあとカトウさんの案内で社員食堂と思われる所に移動した。
製麺機というには余りにも巨大な機械によって作られたウドン。特にサクラとヨシの間に期待という二文字は浮かばなかったが、カトウさんとおケイから発せられる、なにかその自信のようなものが少しながら引っ掛かる。
深夜の社員食堂。
おそらく昼間は工場の従業員達で賑わっているであろうこの場所も、夜になれば少し不気味ささえ漂う位にひっそりとしていた。
彼女たちがその入口を潜った瞬間にポッと奥の方にロウソクと思われる明かりが灯った。
社員食堂のテーブルとは思えない上質なテーブルクロスに包まれているそれの上には、明かりを発するキャンドルスタンドがあり、それに伴って社食お決まりのパイプ椅子ではなく、テーブルチェアがしつらえてあった。そして傍らにはギャルソンを気取った塚本。主賓席におケイが近づくと彼はスッとその椅子を引た。
「お二方。お席へどうぞ」
と彼女が声を発した途端にメイド姿をした女性達がなだれ込んできた。
彼女達はそれぞれ受け持ちらしい席の横に立つと椅子を引いてサクラとヨシを席へと促した。
「なんだかウドン一杯にしては大袈裟ね…」
サクラはその余りにも破格の対応にいささか戸惑いの表情を滲ませた。しかしそれとは対照的にヨシは「フン」と鼻息荒くもドッカと椅子に腰を落ち着かせると腕組みをしておケイを一瞥した。
「それじゃあ始めましょうか」
おケイが落ち着いた口調でそう言うとメイドたちは一斉に忙しなく動き始めた。サクラ、ヨシ、おケイの席にナイフとフォークなどの食器類がセットされていく。その様相はウドンが出てくるというよりかはフレンチのコース料理でも出てきそうな感じだ。
深夜の製麺工場。その社員食堂は突如として、中世のお屋敷で催されるような雰囲気を醸し出していた。




