③
「もうお終い?」
サクラの目にはそう言っているように見えた。
高速道路の上で走行中の車とバイクの会話なんて成立する訳がない。
もちろん彼女自身、相手の唇の動きで何を喋っているのか解る訳もない。
しかし、おケイが自分に視線を合わせ何かを言い放った事は事実だ。その言葉の内容はどうであれ自分に向かっての挑発行為である事は間違いない。
「なめやがって」
サクラはヘルメットの中で思わず悪態を付いた。
シンプソン社製のフルフェイスヘルメット。スピードウェイ。元は四輪用のフルフェイスヘルメット。
高速走行を前提をとして作られたそのフォルムは、お馴染みのスーパーバンデットに比べると運転手の保護のためか?チンガードが首を覆いつくさんばかりに延長されてあり、安全性を求めた事がかえって好戦的な雰囲気を漂わせる事になった。
それが彼女をそうさせたのか?はたまたおケイの挑発めいた態度が気に入らなかったからなのだろうか?一旦緩めたアクセルグリップを握る手に力が入った。
「吠えずらかくなよ」
サクラはポツリと心の中で言い放つとタンクの上に腹這いになった。自分の前に広がる景色が一変する。
アッパーカウルにある風防越しになる。
透明なプラスチックで作られたスクリーンから見る景色は自動車のデカいフロントガラスから見るのとでは訳が違う。
まず、透明度が段違いだ。どんなに磨き上げてもガラスには敵わない。
濁るだけならまだしもバイクの形や空気の抵抗を低くする為その形状のほとんどが湾曲している。
これが景色を濁らせるだけでなく、像を歪ませる。特に端の方などは顕著だ。
その、濁り歪んだ景色の中に己の身を晒す。はっきり言って正気の沙汰ではない。
サクラの頭に昇った血はそれらを見ると拒絶反応のように下がって行った。
危ない。ヤツの挑発にのるところだった。
さぁ、戦闘開始だ。そういう意思の現れだろうか?タンクを太ももでギュッと挟み込んだ。ニーグリップ。人馬一体となりマシンは己の挙動をサクラの身体に伝えてくる。
お手並み拝見。まずはギアを落とさずそのままでバイク・ニンジャにフルスロットルをくれてやる。
じりりとにせり上がっていくタコメーターにスピードメーターが後を追うようにジワリと上がっていく。
正直少しもどかしい感じはするがこの程度の加速についてこれなければ話にならない。
しかしそれもある所で終焉を迎える。
タコメーターの針がパワーバンドに入ったとたん、鋼鉄の心臓はその本領を発揮する。
サイレンサーから明らかに違う音が周囲を威嚇するように響き渡る。
「オ-ン」とまるで狼の遠吠えのような排気音をまき散らすと、ニンジャは獲物を見つけた野獣の如く速度を増していく。
右に左に。まるでパイロンをよけるように一般車の間を縫うように走り抜ける。
そう。車の波を…。
そんな感傷に浸りかけた時だった。サクラの横。正確には左斜め後方らへん。その方向からなにか背筋をそっと撫でられるような不気味な圧力を感じた。昼間なのにも関わらずハイビームの光線がサクラの駆るニンジャのミラーに容赦なく当たりそれをギラギラと弾く。彼女は一瞬だがその光線に驚きはしたがそれの正体がわかっているので慌てはしなかった。後ろに気を取られてる場合ではない。一般車より遥かに早いスピードで彼女のバイクは駆けてく。
そしてそれをもう一つの影が追いかけてくる。
いや、そんなものではない。
車列の隙間に忍び込むようにそいつは右に左にと高速道路の車線上をヒタヒタと忍び寄る。
例えるなら両生類が獲物を捉えたときのような不気味な感じ。
おケイの駆るZ3はその触手をまさにサクラとヨシの乗るニンジャへと伸ばしてきた。
見えない触手に絡みとられたような気味の悪い感覚。その影は確実に彼女達を捉えて離さない。
これがあの小学生まがいの女性から発せられてると思うとサクラは覚悟を決めるように唇を引き締めた。




