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コン!なのでました  作者: リノキ ユキガヒ
Route:1「サクラサク」
2/69

 日は落ちていた。彼女はビルの通用口からその身引きずるように出てきた。

 今日も一日生きながらえたというか?そんな憔悴したような表情だった。

「よ」

 不意に誰かに肩を叩かれたような気がしたのでそちらを向くと昼間の金髪の女性。いや氏神様といった方がいいのか?とにかく例の女性がいた。

 一瞬、息をのんだが

「まだ。なにか?」

 と少し冷ややかに言い返した。

 しかし、金髪の氏神様はそれに動じる事はなかった。

「見せたいものがあるから付き合いなさいよ」

 そう言うと半ば強引に彼女の手を取った。

 そして彼女の勤めるビルの真裏に位置する大通りに出ると、その傍らに異彩を放つ物の存在に気が付いた。

 後ろ姿だがその特長あるフォルムは彼女の心を一気に躍らせた。


「ニンジャ!」

 

 彼女の口から思わず言葉が付いてでる。

「御名答」

 金髪の氏神様もそう言うと笑みを浮かべる。

 路肩に止められているソレの正体は

 

 GPZ900R


 川崎重工業がこの世に送り出した二輪の名車。特長的なデザインと卓越した基本性能の高さは販売が終了した今でもライダーの心を掴んで離さない。

 彼女は仕事の疲れも忘れてバイクに駆け寄った。

「凄い…」

「どうやらコレが普通のニンジャでない事が判ったようね」

 金髪の氏神様はニッとした表情を浮かべながら彼女を見た。

 バイク・ニンジャはまるで誘うかのようにその黒いボディを光らせる。その輝きは新宿のネオンと相まって妖艶かつ魅惑的だ。

 GPZ900Rニンジャが妖車と呼ばれる由縁が分かるような気がする。

「マフラーがマジーの楕円カーボン。アントライオンのアップハンドルに、サブフレーム、HIDのマルチリフレクターライトに、なんといってもリアビューを飾る180の極太タイアと前後ホイール換装、それに伴うブレーキとスイングアームの変更にビルシュタインのショックユニット。これだけカスタムアップされてるのなら現行車とも十分闘えるわ」


 まるで決められたセリフのように彼女はスラスラとカスタマイズさた所を言い当てる。

「わー!すごーい!ひと目見ただけでそこまで解るの?」

 金髪の氏神様は感嘆の声をあげる。

「でも、吸気とエンジンはノーマルね」

「そ、ロングツーリングならパワーより耐久性よ」

「なるほど」

「じゃ、行くわよ」

「え?」

 金髪の氏神様が放った意外な言葉に彼女は思わず聞き直した。

「ツーリングよ」

「は?」

 再度聞き直す。

「早くリアシートに乗って」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待った」

 彼女は思わずあとずさる。

「ん?何?あっそうか!」

 何かを思い出したかのように金髪の氏神様は後ろに手を回し腰の辺りをゴソゴソし始めた。

「はい、これ」

 そういうとどこから取り出したか解らないが一つの紙袋を彼女の目の前に差し出した。

「ライコランド…」

 思わず紙袋に書いてあるロゴを読み取る。ライコランドとは大型のバイク用品店の名前だ。

「まだ、駅のトイレが使えるからそこで着替えてきなよ。さすがにスーツ姿じゃバイクに乗りにくいでしょ」

 ニコニコと微笑みながら氏神様は言う。

「いや、私が言いたいことはそうじゃなくて…」

 彼女はそう口ごもる。

「じゃぁどういうこと?」

「行きたいけど、行けないよ」

 彼女のか細い声が辛うじて金髪の氏神様の耳に入る。

「ふ~ん…。でもこれでもまだ私の誘い断れる自信ある?」

 そう言うと金髪の氏神様は不敵な笑みを浮かべた。唇の端からチラリと八重歯のような牙が見える。それからすいっと後ろ姿を見せた。そしてマシンへと近づいていく。

 思わせぶるようにテールランプの上方。グラブバー辺りからテールカウルにかけて細い指先でなぞる。その動きがものすごくじれったい。マシンもそれに答えるかのように身震いしているようにさえ見える。

 そしてたっぷりと焦らされたテール周りからその指先はすっとシートへと流れていった。

 チラリとそのキツネのような瞳が自分の目と絡み合う。

 そしてそれをまるで確認したかのように「フッ」と吐息を漏らすとその手はタンクへと移動した。まるで抱きかかえるように彼女は両手でタンクに触れていく。

 艶かしく動いていく彼女のその姿はバイクがまるで何か違うモノに見えかねない位淫靡だ。

「あ、あ…」

 それを見ていた彼女も思わず吐息を漏らす。

 そして金髪の氏神様は彼女のその何かに我慢しきれない表情を読み取ると、片手をハンドルの右側へと滑らせた。

「あ!そこは」

 思わず声の出る彼女。ニタっとやらしく口元を歪める氏神様。その口の端からペロリと舌が覗き出た。

 バーエンドから数センチほど内側。グリップの部分を力強く握ると親指がニュッと突き出した。

 その先には赤いスイッチ。表示は

 

「OFFとRUN」

 

 当然、それはオフからランへと切り替えられた。

 そして親指はまるで吸い寄せられるかのようにSTARTと書かれたスイッチへ。

 辺りに轟く号砲。

 それは彼女の理性を崩すのに十分だった。

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