③
バイク・ニンジャは街の喧騒を打ち消すような排気音を轟かせる。
カーボンのサイレンサーから放たれる音はアメ車のV型エンジンを彷彿とさせるドロドロと低く唸るようなエキゾーストノート。
魂を揺さぶるような地の底から沸き上がるその響きは何かを感じずにはいられなかった。
彼女の肌に鳥肌が立つ。
足が震える。
そしてエンジンから聞こえてくるメカニカルノイズ。
ギアが、クランクが、ピストンが、カムシャフトが、ロッカーアームが、カムチェーンが、全てが噛み合いその音を奏で出す。
そしてアクセルを煽るとゴリゴリとした音と共にタコメーターが踊り狂う。
優等生のように素直な吹け上りではない。
それはあからさまに金属と金属が擦れて出る音。
ミクロンオーダー。工作精度という言葉はあるがそんなものは微塵も感じさせない。なのでその音色は無骨でゴリゴリだ。
しかし、その無骨さ故にそれが機械である事を時折忘れさせる。
シリンダーの中で起きるガソリンと空気の膨張現象をドライブチェーンを通じてタイヤに伝える。只それだけの機械。
それが単車である。
しかしそれだけでは終わらない。いや終る事はできない。
潤んだ瞳をバイクに向ける。ここまできて我慢できようか?
彼女はポツリと呟いた。
「おねがい…」
金髪の氏神様は静かにうなづくとシートに跨った。
それにつづいて彼女もリアシートに収まる。
股下に感じる振動。太ももにじんわりと伝わる温もり。マシンの鼓動と体温。
ガチャンとギアがニュートラルからファーストへと入れられる。
「いくよ」
金髪の彼女がそう呟いた刹那、轟音と共に背中を何かに蹴飛ばされたかのような衝撃に襲われた。
矢の様に…。いや形容しがたいその加速感。時速百キロまで到達するまでゆっくり四つ数えてお釣りがくる位。
その加速度はわずかだがジェット戦闘機に匹敵する。
彼女は第二次世界大戦のパイロットが味わう事のできなかった加速の世界にいた。地上を駆ける戦闘機。それがバイク。
景色が流れていくなど生温い言葉では通じない。
溶け行く景色。歪む視界。身体に感じる風圧。すべてが現実離れしていく非現実的な風景。
剥き身で乗るその暴力的な魅力。何かがあればそれは死に直結する。
その恐怖がまるで麻薬の様な怪しい誘惑を放つ。
それを感じながらアクセルを開ける。
フレームは歪みそのパワーに耐えようとする。
己の力を鼓舞するかのよう鋼鉄の野獣は咆える。例えるなら百十五匹の馬と同等の力だ。
自然界には存在しえない力。人類のみが持つことを許された絶対的な機械力。
それを股下に感じながら駆け抜けていく狂気…。
「ぷはあっ!!」
彼女はリアシートから転げるように降りた。
「どうかしら?」
金髪の氏神様もそう言いながら降車して、そのままタンクにその身を預けた。
スイッチを切られ、電源と燃料の供給を断たれたエンジンはキン…キン…とまるでヒトが走ったあと呼吸を整えるような音を放つ。
「…」
なにかの熱病にでも侵されたようなトロンとした視線でそれを眺める彼女。
気が付いたらスーツの上着を脱ぎ捨てライディングジャケットの袖に腕を通していた。
背中に「HIGH WAY THE THIRD」「SLEDGE HAMMER」の看板。
「そうこなくっちゃ」
金髪の氏神様はキイを抜いてそれを彼女に投げ渡す。
グローブ越しに伝わるその感触。踊る心。高なる鼓動。置き去りにされる理性。
再びニンジャのエンジンに火が入る。次は彼女の手によってだ。
ゴカゴカと急かすようにそれは音を出す。タコメーターの針はまだアイドル状態だが何かを催促しているようにそこを行ったり来たりする。
意を決した様に彼女はヘルメットのバイザーを下した。
ゴツっとした音の後は完全にそれは彼女だけの世界となった。頭部を包むスピードウェイ。
「私もわすれないでね」
いつの間にか金髪の氏神様もリアシートに跨っていた。
彼女は「フッ」っと口元に微笑をたたえるとサイドスタンドを払った。




