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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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第三者の疑い

ジルベールは、破片を素手で拾わなかった。

懐から白い手巾を取り出し、かけらをそっと包む。粉が落ちないよう、端を二重に折り込んだ。


「侍医を起こせ」


廊下に向けた声は低かったが、よく通った。

ルネが慌てて駆けていく足音が、夜の東翼に響く。


「ロシュ卿」

「まだ何も言うな」


彼は手巾の包みを掌に載せたまま、窓辺に立っていた。

燭台の灯りが、その横顔の半分だけを照らしている。


「あなたが見つけたものを、あなたが説明すれば、それはあなたの証言になる。証言なら、もう法務院で山ほど退けられている」


冷たい言い方だった。

けれど、意味はわかった。私が口を出せば、この破片の価値が下がる。

だから、黙って待った。


   *


ベルナール医師は、寝間着の上に外套を羽織った姿で現れた。

白髪が寝癖で跳ねている。機嫌の悪さを隠そうともしない。


「夜中に年寄りを叩き起こすとは、騎士団も人使いが荒い」

「これを見ていただきたい」


ジルベールが手巾を開くと、老医師の文句がぴたりと止まった。


彼は鞄から拡大鏡を取り出し、燭台を引き寄せた。

破片を傾け、底にこびりついた粉を、長いあいだ見つめる。

それから、細い金属の匙で、ほんのわずかを削り取った。舌の先に乗せ、すぐに顔をしかめて吐き出す。


「眠り草ですな」

「量は」

「この器の大きさで、底にこれだけ溶け残っているなら……」


老医師は指を折って数えた。


「少なく見積もっても、わたくしの処方の五倍。いや、六倍はありましょう」


六倍。

昼間、この老医師が言っていた。何倍もの量なら、大人でも半日は目を覚まさない、と。


「それと、もう一つ」


ベルナール医師は、拡大鏡を下ろした。

その顔から、さっきまでの不機嫌さが消えている。


「これは、わたくしの粉ではありません」

「どういうことです」

「わたくしは、眠り草の根を薬研で粗く挽きます。湯に入れたとき、ゆっくり効くように。ところが、これは」


彼は匙の先を、灯りにかざした。


「細かすぎる。乳鉢で、丁寧に、粉雪のように擂ってある。素人の仕事ではありませんな。薬草の扱いを心得た者が、早く、強く効かせるために挽いたものです」


部屋が静まり返った。


包みの数は合っていた。七包のうち三包を使い、残りは四包。

侍医の鞄から盗まれたものでもない。

つまり、誰かが自分で眠り草を用意し、自分で挽いて、薬湯に混ぜたということだ。


「先生」


ジルベールが、静かに尋ねた。


「眠り草は、どこで手に入りますか」

「薬種商なら、王都のどこでも。ただ、根の乾いた良いものは高い」


老医師は少し言いよどみ、それから付け加えた。


「……それに、この屋敷の温室でも育てておりますな。亡き奥方様が始められた薬草園です。わたくしも、ときどき分けていただいている」


温室。

茶会が開かれ、王女殿下が倒れた場所。


背中を、冷たいものが這い上がっていった。


「温室は、今は」

「茶会の翌日から騎士団が封鎖している」


答えたのは、ジルベールだった。手帳をめくる指が速い。


「鍵は三つある。騎士団と、庭師頭が一つずつ。それから、薬草の世話のために、サン=ロラン殿が一つ預かっている」


私は、思わず顔を上げた。

クロードは昼間、薬草の世話だけは許されていると話していた。嘘ではない。

でも、それなら――。


「庭師頭は先月から腰を痛めて、郷里に帰っておりますぞ」


老医師が、あくびまじりに付け加えた。


「鍵は、屋敷の執事が預かっているはずです。執事の部屋の鍵箱なら、使用人は誰でも場所を知っております」


疑いの線が、一本に絞られかけて、また何本にも散らばっていく。

犯人は、まるでそうなるように道を用意しているみたいだった。


   *


侍医が下がると、ジルベールは手帳を開いたまま、しばらく動かなかった。

燭台の炎が、小さく揺れる。


「ロシュ卿」


今度は、止められなかった。


「これで、信じてもらえますか。私が自分で首を吊ったんじゃないって」

「信じる、という言葉は使わない」


彼は手帳から目を上げた。


「私が書けるのは、確かめられたことだけだ。あなたは十二日の夜、規定の六倍の眠り草を飲まされていた。その粉は、侍医のものではない。その量を飲んだ人間は、半日は手足が利かない。椅子に上ることも、梁に縄を結ぶこともできない」


一つずつ、確かめるように並べていく。

感情のこもらない声なのに、私には、それがどんな慰めの言葉よりも重く聞こえた。


「だから、報告書にはこう書く」


彼はペンを走らせ、書き上げた一行を、そのまま読み上げた。


「『五月十三日未明の件、自害と断定するに足りず。第三者による偽装の疑いあり』」


膝から力が抜けて、私は寝台の端に座りこんだ。

昨日の朝、この人は私に言った。死んで逃げようとしても無駄だ、と。

その人が、自分の書いた報告を、自分の手で書き直している。

喉の奥が熱い。泣くつもりなんてなかったのに、視界がにじむ。


「勘違いするな」


ジルベールの声が、少しだけ硬くなった。


「これは、あなたが王女殿下を殺していないという意味ではない。あなたの判決は変わらない。私が書き直したのは、昨夜の件だけだ」

「……わかっています」

「それと、もう一つ」


彼は手帳を閉じた。


「偽装の疑いがある以上、あなたを殺そうとした人間が、まだこの屋敷にいる可能性がある。監視の意味が変わる」


灰色の目が、まっすぐに私を見た。

初めて、監視対象ではなく、一人の人間として見られた気がした。


「今日から、私は、あなたが死なないように見張る。あなた自身からも、ほかの誰からもだ」


   *


ジルベールが廊下へ戻ったあと、私は窓辺に立った。

カーテンの隙間から、東の空が白みはじめているのが見える。


一日目が、終わろうとしていた。


わかったことを、指で数える。

私は、自分で死のうとしたのではない。

誰かが眠り草を六倍にして薬湯に混ぜ、動けなくなった私の首に縄をかけた。

その誰かは、破片を拾い、マルトの名で蜂蜜を捨てさせた。

そして、薬草の扱いを心得ている。


わからないことのほうが、ずっと多い。

犯人の名前。茶会の日の午後に何があったのか。原作の結末も、まだ思い出せない。


それでも、一日前の私は、自分が自害したと思われていることさえ知らなかった。

一つずつなら、進める。


マルトの顔が浮かんだ。

伝言板に自分の名前を使われ、泣きそうな下働きの娘の前で、唇を噛んでいた横顔。

犯人は、私だけでなく、彼女も罠にかけようとした。

なら、マルトは敵ではないのかもしれない。少なくとも、犯人にとっては、使い捨ての駒の一つだったのだ。


窓の外で、鳥が鳴きはじめた。

廊下の向こうから、交代の騎士たちの足音が近づいてくる。


まだ薄暗い庭の奥に、硝子の屋根が光っていた。

母が始めたという温室。王女殿下が倒れた場所。そして、眠り草が育つ場所。


その硝子の向こうで、小さな灯りが一つ、ふっと消えた。


封鎖されているはずの温室に、こんな夜明け前、誰かがいる。


処刑まで、あと六日。

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