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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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家督の指輪

ヴァルモン邸の門が見えてきたとき、馬車の窓から、背の高い人影が、目に入った。


鉄の門柱の、すぐ脇。

濃紺の外套を着たジルベールが、腕を組んで、立っている。


「……本当に、いらした」


思わず、声に出てしまった。

隣に座っていたマルトが、くすりと笑う。


「お嬢様、顔が、赤いですよ」

「夕日のせいです」

「はい、はい。夕日のせいですね」


マルトは、澄ました顔で、窓の外を見た。


馬車が止まると、ジルベールが、扉を開けてくれた。

差し出された手に、私は、少しだけ迷ってから、自分の手を、重ねる。


「お帰りなさい」

「……ただいま戻りました。ここで、何をなさっているんですか」

「監視任務は、解かれた。だが、辞令が出るまで、数日、時間がある」


彼は、真顔で、そう言った。


「その間、あなたの屋敷の前を、通りかかる予定だ」

「毎日ですか」

「毎日、通りかかる予定だ」


吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえた。

この人は、冗談を言うとき、少しも笑わない。だから、いつも、遅れて分かる。


「墓参りは、どうだった」

「皆さんが、来てくださいました。イザベル様とも、友人に、なれそうです」

「そうか」


彼は、短く、頷いた。

それから、少しだけ、目を細める。


「よかった」


その一言が、思いのほか、深く胸に響いた。

外套の襟に、白い花びらが、一枚、ついていた。門の脇の、庭木から、落ちたものだろう。それを、払うことも、忘れて、待っていてくれたのだと思うと、胸の奥が、くすぐったくなった。いつから、そこに、立っていたのだろう。

墓参りの話を、もっと聞いてほしい、と思う。けれど、今夜は、先に、会わなければならない人がいる。


「ジルベール様。今夜は、父と、大事な話があります」

「承知している。邪魔はしない」

「……明日の朝、お茶を、飲みにいらっしゃいませんか。ガスパールが、焼き菓子を、用意すると言っていました」


自分でも驚くほど、すんなりと、言葉が出た。


ジルベールは、ほんの一瞬だけ、目を瞬かせた。


「……喜んで」


その声が、かすかに、かすれていた。

私は、会釈をして、門をくぐった。背中に、視線を、感じる。振り向きたい気持ちを、必死に、こらえているところだ。


玄関の広間では、ガスパールが、待ち構えていた。


「お嬢様。お帰りなさいませ」

「ただいま、ガスパール。……その、にやにやした顔は、何ですか」

「いえいえ。ロシュ様が、昼からずっと、門の前で、お待ちでしたもので。見かねて、お茶をお出ししようとしたのですが、勤務中ですので、と、お断りになりまして」

「昼から」

「はい。そのわりに、三度も、時計を、ご覧になっておりました」


ガスパールは、わざとらしく、咳払いをする。

両手で、頬を、押さえるほか、なかった。


   *


その夜の晩餐は、驚くほど、穏やかなものになった。


母は、温室の話を、少しだけ、してくれる。

今年は、百合の咲くのが、早い。墓参りに、持っていけて、よかった。そんな、他愛もない話を、穏やかに、続けてくれる。


父は、ほとんど、口を開かなかった。

ナイフとフォークを、動かす手は、ゆっくりで、時々、止まる。私の顔を見ては、また、皿に、目を落とす。


食事が終わると、父が、ようやく、言った。


「レティシア。書斎に、来なさい」


母が、そっと、私の背中に、手を添えた。

「行っておいで。ずっと、あなたに、話したかったのよ。あの人」


書斎の扉を、開ける。

暖炉の火が、ぱちぱちと、小さく鳴っていた。父は、窓際の椅子に、深く腰かけている。机の上には、ひとつの小箱が、置かれていた。


「座りなさい」


私は、向かいの椅子に、腰を下ろした。


「今日の昼、クロードに、会ってきた」


胸が、小さく、揺れた。


「……そうでしたか」

「療養棟の、面会室だ。看守が、扉の外に、立っていた。私と、あの子は、二人きりで、話した」


父は、組んだ両手を、じっと、見下ろす。


「あの子は、私の顔を、見るなり、立ち上がって、頭を下げた。そして、ひとこと、申し訳ありません、と」

「お父様」

「私は、答えられなかった。あの子の父、ラザールは、妻の兄であり、私の、親友でも、あった。その息子を、私は、どう見ていたのか。ずっと、見ようとしなかったのだ」


声が、低く、震えている。


「十年も、同じ屋敷で、顔を合わせてきた。あの子が、何を抱えていたか、私は、一度も、尋ねなかった。娘を、守るつもりで、実は、目を逸らしていただけだった」

「お父様だけの、責任では、ありません」

「それでも、私の責任だ」


父は、顔を上げた。

目の縁が、赤くなっている。


「私は、あの子に、言った。罪は、罪として、償わなければならない。だが、私は、嘆願書に、署名する、と」

「嘆願書に」

「法務院に、減刑を、求める書面だ。侯爵として、被害者の、家族として。……いや、被害者の、家族かどうかは、もはや、分からん。だが、私の名で、出す」


私は、思わず、立ち上がっていた。


「ありがとうございます。お父様」

「礼を言われる資格は、ない。ただ、あの子の命まで、失いたくない。それだけだ」

「ラザール様も、きっと、そう願っておられます」

「……そうかもしれん。あいつは、息子の話になると、いつも、照れくさそうに、笑っていた。不器用な男でな。クロードは、そこだけ、父親に似た」

父は、ほんの少し、懐かしそうに、口もとを、ゆるめた。


父は、深く、ひとつ、息を、整えた。それから、机の上の小箱を、私の方へ、押しやる。


「開けなさい」


蓋を、持ち上げた。

中に、鈍い金色の、指輪が、入っていた。ヴァルモン家の紋章が、刻まれた、あの指輪だ。


「これは」

「家督の印だ。本来は、成人した跡取りに、渡すもの。おまえは、五月二十日の零時に、十八に、なっている。成人だ」


父は、ゆっくりと、言葉を、選ぶ。


「おまえを、殺人者の娘と、疑った人間たちが、いた。……疑った者の中に、私自身も、いた。その愚かさを、今日、この指輪を渡すことで、少しでも、償いたい」

「そんな」

「受け取ってくれるか」


指輪を、手に取る。

ずしりと、重かった。金属の重さではない。これまで、この家が、積み重ねてきた、年月の重さだった。


「……私で、よろしいのですか」

「おまえしか、いない」


迷いは、なかった。

私は、右手の薬指に、そっと、指輪を、はめた。少しだけ大きい。けれど、不思議と、手に馴染んだ。


「謹んで、お受けします。お父様」

「うむ」


父は、深く、息を、吐いた。

その肩から、長い間背負っていた、何かが、すとんと、落ちたように見えた。


「もうひとつ、話がある」

「はい」

「再審の日、おまえは、証言台で、私に向かって、頭を下げた。あのとき、私は、顔を、上げられなかった」


父の目から、一粒、涙が、こぼれた。


「おまえは、強くなった。いや、私が、知らなかっただけで、最初から、強かったのかもしれない。……すまなかった。そして、生きていてくれて、ありがとう」


私は、何も言えなかった。

ただ、父の傍へ、歩み寄って、その大きな手を、両手で、包んだ。


父の手は、少しだけ、冷たくて。

けれど、私の手の中で、少しずつ、温まっていった。


   *


書斎を出ると、廊下の先に、母が、立っていた。

何も、聞かずに、ただ、私を、抱きしめてくれる。


「おかえりなさい、レティシア」

「ただいま、お母様」


母の肩越しに、窓の外を、見た。

夜空に、星が、いくつも、瞬いている。門の外に、もう、あの人は、いない。


けれど、明日の朝には、また、来てくれる。

そう思うだけで、不思議なほど、心が、落ち着く。


指輪が、廊下の灯りを、鈍く、跳ね返した。


   *


自室に戻ると、マルトが、寝間着の支度を、整えて待っている。


「あら、お嬢様。その指輪」

「お父様から、いただきました。家督の印だそうです」

「まあ……」


マルトは、目を、丸くして、それから、ぱっと、顔を、輝かせた。


「旦那様が、ようやく。お嬢様、おめでとうございます」

「めでたいのかしら。重たいだけな気もするのだけれど」

「重たいのは、大事なものの証拠ですよ」


寝間着に着替えて、寝台の縁に、腰かける。

窓の外では、風が、庭木を、さわさわと、揺らしていた。


七日前の私は、毎朝、目を覚ますたびに、数を数えていた。処刑まで、あと何日、と。

今は、違う。数える代わりに、明日の朝のことを、考えている。ガスパールの焼き菓子と、お茶と、遅れて分かる冗談を言う人のことを。


指輪を、外して、枕もとの小机に、置いた。

明日からは、これをつけて、この家の主として、歩かなければならない。クロードの嘆願書のこと、王家との手続き、後見人だった神殿との、書類。やることは、山のようにある。


「……でも、まずは、お茶会からね」


そう呟くと、マルトが、背後で、小さく、笑った。

私は、布団に、潜り込んで、目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
待って、なんでいきなり母親が出てくるの?レティシアの母親は亡くなってるのに。 読み返しても父親が再婚した事なんて書いてないし、どうして?
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