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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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白い粉

「薬湯の底に、白い粉が残っていた。それを思い出しました」


廊下から呼び戻したジルベールに、私はそう告げた。

彼は扉の脇に立ったまま、表情を動かさない。


「思い出した、か」

「信じられないのはわかっています。でも、昨夜の薬湯は、いつもより苦かった。だからレティシアは……私は、器を投げたんです」

「記憶は証拠にならない」

「わかっています」

「それに、あなたは毎晩器を投げていたと聞いている。昨夜だけが特別だったと、なぜ言える」

「昨夜は、投げる前に叫んだんです。いつもと味が違う、って」

「誰がそれを聞いた」

「……わかりません。でも、私は確かにそう叫んだ」


声がかすれる。

それでも私は、目をそらさなかった。


「だから、確かめてほしいんです。私が毎晩飲まされていたものが、何なのか」


ジルベールはしばらく黙っていた。

やがて、手帳を開く。


「侍医を呼ぶ。話はそれからだ」


   *


ベルナール医師は、露骨に面倒そうな顔でやってきた。

古びた革鞄を卓に置き、私とジルベールを交互に見る。


「眠りを助ける薬湯のことですな。わたくしが処方しております。眠り草の根を乾かして粉にしたもの。一晩に一包です」

「一包とは、どれくらいの量ですか」

「茶匙に半分ほど。蜂蜜を溶かした湯に混ぜれば、ほとんど味はしません」


ほとんど味はしない。

なら、昨夜の苦みは何だったのだろう。


「もし、その何倍もの量が入っていたら?」

「苦くなりますな。湯に溶けきらず、底に残る。そして……」


老医師は言葉を切り、初めて真剣な目で私を見た。


「大人でも、半日は目を覚ましません。手足は重く、声もろくに出せない」


部屋の空気が、わずかに変わった。

ジルベールの手が、手帳の上で止まっている。


「先生。その粉は、どこに保管していますか」

「七日分ずつ紙に包んで、侍女のマルトに渡しております。残りは、わたくしの鞄の中。この鞄は、いつも手元に置いてありますぞ」


ベルナール医師は、疑われるのは心外だと言わんばかりに、鞄の留め金を叩いた。

嘘をついているようには見えない。

けれど、本当のことを全部話しているとも、言い切れない。


「先生」


ジルベールが口を開いた。


「今朝、あなたがこの部屋に呼ばれたとき、床に器の破片はあったか」

「破片?」


老医師は眉を寄せ、記憶をたどるように天井を見上げた。


「いいや、なかったと思いますな。わたくしはお嬢様の首ばかり見ておりましたが、床に何か落ちていれば、さすがに踏んでおりましょう」


ジルベールの指が、手帳の上で小さく動く。

縄が切られてから、侍医が来るまで。破片が消えたのは、その短い間だということになる。


   *


次に呼ばれたマルトは、戸口で一度立ち止まった。

騎士と侍医が並んでいるのを見て、すべてを察したのだろう。顔色が、すうっと白くなる。


「昨夜の薬湯について聞きたい」


ジルベールの問いに、彼女は背筋を伸ばして答えた。


「いつもどおり、東翼の配膳室で作りました。湯を沸かし、先生からいただいた一包を溶かして、蜂蜜を二匙。それだけでございます」

「蜂蜜はどこから」

「配膳室の棚にある、お嬢様専用の壺からです。お母上のご実家、サン=ロラン領から届く蜂蜜で、お嬢様はそれ以外を召し上がりません」


母の実家。

その名前を聞いて、私は思わずマルトの顔を見た。彼女は、こちらを見ようとしない。


「配膳室には、ほかに誰が出入りする」

「騎士様方が、お湯をもらいにいらっしゃいます。それから厨房の者と……」


マルトは、ほんの一瞬だけ言葉を探した。


「……それくらいでございます」


「包みは何包残っている」

「……四包です。今週分は七包いただいて、昨夜で三包目でした」


ジルベールは侍医に目をやった。

ベルナール医師がうなずく。数は合っている、という意味だ。


「では、割れた器の破片は、誰が片づけた」

「わたくしではありません」


マルトの返事は、思ったより早かった。


「今朝は騒ぎで、お部屋に入れていただけませんでした。わたくしが来たときには、床はもうきれいになっておりました」


ジルベールの眉が、ほんのわずかに寄った。

騎士たちでもない、ということだ。彼らがそんな雑用をしていれば、彼が知らないはずがない。


「あの……」


マルトの声が、初めて揺れた。


「わたくしが、お嬢様の薬湯に何か入れたと、お疑いなのですか」

「事実を確認しているだけだ」

「お嬢様のことは、好きではございません。それは隠しません」


彼女は、両手でエプロンを握りしめていた。


「でも、わたくしは、自分の手でお仕えしている方を殺したりいたしません。そんなことをしたら、リーズの名前にまで泥を塗ります」


私は、何も言えなかった。

彼女の言葉は、私への敵意と、彼女自身の誇りでできている。そのどちらも、嘘には聞こえなかった。


「その言葉も、記録しておく」


ジルベールは、それだけを返した。

慰めでも、脅しでもない。マルトは唇を結び、深く一礼して部屋を出ていった。


   *


「配膳室を調べる」


二人が下がると、ジルベールは短く言った。


「私も行きます」

「あなたはこの部屋から出られない」

「でも、その壺は――」

「規則だ」


一言で切り捨てられて、私は唇を噛んだ。

すぐ目の前に手がかりがあるのに、扉の外へ一歩も出られない。

処刑までの七日間、私にできるのは、この部屋で誰かを待つことだけなのだろうか。


原作のミレイユは、屋敷も王宮も自由に歩き回り、自分の足で証言を集めていた。

今の私には、その足がない。

あるのは、この喉と、かすれた声だけだ。話を聞いてもらうには、相手にここまで来てもらうしかない。


ジルベールは、背を向けかけて止まった。


「……壺に何か残っていれば、侍医に調べさせる。結果は、あなたにも伝える」


振り返らないまま、彼はそう告げる。

約束というより、手順の確認のような口ぶりだった。

それでも、今の私には十分すぎる言葉だ。


   *


待つ間、私は窓辺の梁を見上げていた。

マルトは、あの壺の蜂蜜を毎晩使っていた。眠り草の包みを持っていたのも彼女だ。

疑う理由なら、いくらでも並べられる。

けれど、さっきの震える声を思い出すと、その一つ一つが、どこか作り物めいて見えた。


彼が戻ってきたのは、半刻ほど経ってからだった。

廊下に響く足音が、行くときより速い。


「壺はあった」


戸口に立った彼の手には、何も握られていなかった。


「棚の上に、きれいに洗われて、逆さに伏せてあった。中身は一滴も残っていない」

「洗われて……?」

「厨房の下働きの娘が、今朝洗ったそうだ。蜂蜜は全部、裏の溝に捨てたと言っている」


ジルベールは、手帳を開いた。


「誰に言いつけられたのか、と聞いた。娘はこう答えた」


そこに書かれた一行を、彼は平坦な声で読み上げる。


「――『マルトさんから、お嬢様の蜂蜜はもう要らないから捨てるように、と言われました』」

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