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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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蜂蜜の味

「見せてもらおう」


袖をまくった私の手首を、ジルベールは窓の光にかざすようにして見た。

触れはしない。ただ、痣の数と位置を一つずつ確かめ、手帳に書きつけていく。


「指の跡に見える。それは認める」

「なら」

「だが、誰がつけたかはわからない」


彼はペンを止めないまま、言葉を継ぐ。


「夜明け前、あなたは縄に吊られていた。サン=ロラン殿が体を支え、縄を切った。その間に手首を掴んだ可能性がある」

「吊られている人の手首を? 普通は、体を抱えるでしょう」

「普通なら、な」


ジルベールは顔を上げた。


「だから本人に確かめる。推測で報告書は書かない」


それから、彼は手帳から目を上げずに尋ねた。


「昨夜、あなたは何刻に床についた」

「覚えていません。薬湯を飲んで、そのあとのことは何も」

「暴れた記憶は」

「……ありません」

「では、縄を自分で用意した記憶も、ないということだな」


確かめるような言い方だった。

うなずくと、彼は短く一行を書き足す。何と書いたのかは、私の位置からは見えない。


手帳を閉じると、彼は廊下に控えていた若い騎士に何かを命じた。

私は袖を下ろしながら、少しだけ息を吐いた。

信じてもらえたわけではない。けれど、少なくとも聞き流されはしなかった。


   *


クロードがやってきたのは、それから間もなくだった。

腕に数冊の本を抱えている。私の顔を見るなり、彼は心配そうに眉を寄せた。


「呼ばれたと聞いたけど、レティに何かあったの?」

「サン=ロラン殿。今朝のことを、もう一度話していただきたい」


ジルベールの口調は、私に向けるときと変わらなかった。

相手が侯爵家の縁者でも、監視対象でも、同じ温度で話す人なのだ。


クロードは本を卓に置き、少し考えてから口を開いた。


「伯父上――ヴァルモン侯爵に頼まれて、小書庫で帳簿の整理をしていました。王家への賠償の話が出ているので、屋敷の財産を全部洗い出しておくように、と。夜明け前に、何かが倒れる大きな音がして……続き扉を開けたら、レティが窓辺で」


言葉が詰まる。

彼は眼鏡を外し、指で目元を押さえた。


「レティは、縄を両手で掻きむしっていました。苦しかったんだと思います。でも、そのままでは指が縄に挟まって、余計に締まる。だから僕は、彼女の手首を掴んで引きはがしました。それから体を抱えて、文鎮の脇にあった紙切りナイフで縄を……」


ジルベールの視線が、私の手首に落ちる。

そして、またクロードに戻った。


「そのナイフは」

「今朝、騎士団の方にお渡ししました。縄と一緒に」

「確認している。刃に縄の繊維が残っていた」


ジルベールは一度うなずき、問いを重ねる。


「強く掴みましたか」

「必死でしたから。痣になっていたなら、僕のせいです」


クロードは私に向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。

ジルベールは手帳に数行を書き足し、静かに閉じる。


「話は一致する。手首の痣は、救助の際についたものと記録する」


そう言って、彼は廊下へ戻っていった。


私は膝の上で、手を握りしめた。

説明は、筋が通っている。通りすぎているくらいに。


でも、と心のどこかが引っかかる。

あの記憶の中で、私の体は鉛のように重かった。指一本、動かせなかったはずだ。

縄を掻きむしる力なんて、残っていただろうか。


――それとも、あの記憶のほうが間違っているのか。

夢と現実の境目さえ、今の私にはまだ確かではない。


   *


「怖い思いをさせてごめん、レティ」


ジルベールがいなくなると、クロードは寝台のそばの椅子に腰を下ろした。

扉は開いたままだ。廊下の騎士にも、私たちの声は聞こえているだろう。


「兄様のせいじゃない。助けてくれて、ありがとう」

「……レティにお礼を言われるなんて、何年ぶりだろう」


彼は少し驚いたように笑った。

その笑顔に、レティシアの記憶が重なる。授業をさぼり、宿題を突き返し、それでも根気よく字の書き方を教えてくれた従兄。彼の前でだけ、レティシアは少しだけ素直になれた。


「ねえ、兄様。私、本当に覚えていないの。茶会の日のことも、昨夜のことも」

「無理に思い出さなくていい。君の体は、まだひどく弱っている」

「でも、あと七日しかないの」


クロードの表情が、わずかに曇った。


「……レティ。もし何か調べたいことがあるなら、僕に言って。君はこの部屋から出られない。でも、僕なら屋敷の中を歩ける」

「いいの?」

「当たり前だろう。温室も封鎖されたけど、薬草の世話だけは、僕が許されているんだ。使用人にも顔が利く」


「じゃあ、茶会の日のことを教えて。兄様はどこにいたの」

「僕は給仕の手伝いと、お客様の案内。テーブルには着いていないよ。王女殿下と、グランシェ公爵令嬢と、オードラン男爵令嬢。それにレティ。四人のお茶会だった」

「お茶を淹れたのは?」

「マルトだ」


クロードは少し言いよどみ、それから声を落とした。


「レティ、マルトのことは責めないであげて。あの子は法務院で、見たことを正直に話しただけなんだ。君が王女殿下の杯に一人で近づいた、って」


私が、王女の杯に?

その場面だけが、記憶の中で真っ白に抜け落ちている。


「私は、本当にそんなことをしたの?」

「僕は見ていないんだ。そのとき、温室の入口で、グランシェ公爵令嬢の侍女に道を聞かれていたから」


クロードは首を振り、それからまっすぐに私を見た。


「でも、レティが王女殿下を殺すなんて、僕は信じていない。君は意地っ張りだけど、そういうことができる子じゃない」


その言葉に、喉の奥が熱くなった。

この屋敷で、そう言ってくれたのは、彼が初めてだった。


部屋の外で、私のために動いてくれる人がいる。

それだけで、肩の力が少し抜けた。


「それから、これ」


クロードは上着のポケットから、小さな紙包みを取り出した。

開くと、琥珀色の飴が三つ並んでいる。


「蜂蜜の飴。喉の痛みに効くし、レティ、昔から好きだったよね」


私が紙包みを受け取ると、彼は本を抱え直して立ち上がった。


「明日また来るよ。何かわかったら、すぐに知らせる」


クロードが出ていくと、部屋はまた静かになった。


私は寝台に腰かけ、指を折って数える。

王女殿下。イザベル。ミレイユ。お茶を淹れたマルト。給仕を手伝ったクロード。

そして、レティシア。

あの日、温室にいた人たち。王女殿下の杯に毒を入れる機会があったのは、この中の誰かだ。


考えるうちに、喉がまたひりついてきた。

私は飴を一つ、口に入れた。

とろりとした甘さが、焼けた喉をやわらかく包む。


そのときだった。


舌の奥に、別の味がよみがえった。

蜂蜜の甘さの下に隠れた、ざらりとした苦み。

昨夜の薬湯だ。レティシアは一口飲んで顔をしかめ、それでも喉が渇いていて、残りを一気に飲み干した。

そして器を投げつけた。いつもと味が違う、と叫びながら。


器の底には、溶けきらない白い粉が、薄く残っていた。


思わず、窓辺の床に目をやる。

割れた器の破片は、どこにもない。今朝のうちに、誰かが片づけたらしい。


私は飴を口に入れたまま、凍りついた。


昨夜の薬湯には、いつもとは違う何かが入っていたのだ。

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