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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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革の袋

「……判事長閣下」


最初に口を開いたのは、ジルベールだった。


「月下草の入手先について、ひとつ、お伝えしておくべき者がおります。証言を、許可願います」

「誰だ」

「ルネ。ヴァルモン家の、元・見張りの騎士です」


天幕の隅に、立っていた青年が、びくり、と、肩を揺らした。

顔色は、ひどく悪い。けれど、足は、まっすぐ、前へ出た。


「ルネ」


クロードが、柔らかく、呼んだ。


「おまえには、無理をさせたね。もう、いいんだよ。下がっていなさい」

「……いいえ」


ルネの声は、掠れていた。


「もう、下がりません」


彼は、判事長の前で、片膝をついた。


「ルネ・ガルニエと申します。私は、これまで、嘘をついて、まいりました。その、償いを、させてください」

「許す。述べよ」

「私の、妹、コレットが、人質に、とられていたのです。クロード様の、指示に従わなければ、妹の、身の安全は、保証しない、と」


天幕が、ざわめいた。

クロードは、小さく、首を振る。


「ひどい言いがかりだ。私が、そんなことを」

「コレット嬢は、すでに、保護しております」


ジルベールが、遮るように、言った。


「昨夜のうちに、騎士団が、郊外の宿から、お連れした。いまは、団の、詰所で、安全に、過ごしておられる。傷ひとつ、ない」


ルネの背中が、大きく、震えた。

それから、堰を切ったように、顔を、覆う。


「……ありがとう、ございます。……ありがとう、ございます」


帽子を脱いだ若い騎士が、そっと、ルネの隣に、歩み寄った。広場で見かけた、あの同僚だった。何も言わず、彼の背に、手を、置く。ルネは、その手に、すがるように、しばらく、顔を伏せていた。


私は、胸の前で、そっと、手を握った。

この人は、ずっと、ひとりで、耐えていたのだ。見張りの顔のまま、怯えながら、それでも、私の部屋の前に、立ち続けて。


ルクレール卿が、咳払いをした。


「ルネ・ガルニエ。話を、続けよ」

「はい」


ルネは、顔を、上げた。


「お茶会の、数日前。私は、クロード様から、小さな、革の袋を、預かりました。『庭の薬草だ。厨房の、老女に、渡してほしい』と」

「中身は」

「見るなと、言われました。ですが、開けた、袋の口から、黄色い、粉が、こぼれたのです。見慣れぬ、においが、しました」


クロードの、笑みが、すっと、薄くなる。


「私は、おそろしくなって、袋を、渡さずに、自分の、寝床に、隠しました。その後、あの、悲劇が、起きて。……ずっと、口に、できなかった」

「その袋は」


デュボワ卿が、静かに、問う。


「いまも、お持ちですか」

「いえ。昨夜、ジルベール様に、お渡しいたしました。寝床の、床板の、下から」


ジルベールが、懐から、小さな、革の袋を、取り出した。

擦り切れた、茶色の袋。口は、細い紐で、結ばれている。


ロベール医師が、袋の口を、そっと、開く。

中を、覗き込んで、顔を、上げた。


「間違いありません。乾燥させた、月下草。それも、かなりの、量です」


「待ってください、閣下」


クロードが、穏やかに、口を挟んだ。


「その袋は、ルネの寝床から、出たのでしょう。ならば、ルネ自身の、持ち物では、ありませんか。妹を助けたい一心で、誰かに、罪を、着せようとしている。そうは、考えられませんか」


悪くない反論だった。

傍聴席の何人かが、迷うように、顔を見合わせる。ルネが、唇を、噛みしめた。


「袋を、お改めください」


デュボワ卿が、淡々と、言った。


「袋の、底の、縫い目の内側に、小さな、刻印が、あります。ロベール先生、お願いします」


医師が、袋を、裏返し、虫眼鏡を、当てる。

やがて、ゆっくりと、読み上げた。


「……三つの、星と、一羽の、鳥。サン=ロラン家の、旧い、紋章です」


天幕の中の空気が、凍りついた。

紋章。それは、クロードの、生家であるサン=ロラン家の、さらに古い時代のもの。屋敷の、古い蔵書の、背表紙にも、同じ印が、押してあった。


「ルネ殿に、そのような、旧家の、袋を、手に入れる、縁は、ございません」


デュボワ卿の、声は、冷ややかなほど、静かだった。


「この袋の、持ち主は、おのずと、わかります」


クロードは、何も、答えなかった。

ただ、微笑みを、貼りつけたまま、袋を、見つめている。


「そして、こちらは」


ジルベールが、もうひとつ、懐から、小さな、紙包みを、出した。


「ルネの寝床の、隣の、棚から、見つかった、もの。眠り草の、粉です。月下草と、混ぜれば、杯の中で、時間差で、効き目が、出る」


ロベール医師が、うなずいた。


「ええ。私が、殿下の、症状から、推測した、毒の、調合と、一致します」


その瞬間、私は、確信した。

もう、言い逃れは、できない。誰の目にも、そう、見えた。

ルクレール卿は、書記官に、手を止めるな、と、目で、命じる。ペンが、紙の上を、走る音だけが、天幕の中を、埋めていった。


天幕の中が、また、ざわめきはじめる。

ルクレール卿が、手を、挙げるまでもなく、人々は、息を、のんで、静まった。


クロードは、ひとつ、深く、息を、吐いた。


「……参りましたね」


その声は、驚くほど、穏やかだった。

追い詰められた者の、声では、なかった。


「ルネ。おまえは、本当に、優しい子だ。そんな、袋を、持っていたなんて」

「クロード様」

「私は、ただ、おまえの妹を、守ってやりたかっただけなのに。……残念だ」


そのとき、長椅子から、重い音が、した。

父が、立ち上がったのだ。


「クロード」


低い、かすれた声だった。

父の顔は、血の気が、失せていた。それでも、目だけは、まっすぐに、甥を、見据えている。


「おまえの、母は、私の、妹だった。……その、妹の、忘れ形見を、私は、実の息子のように、思ってきた」

「存じております、伯父上。感謝も、しております」

「ならば、なぜ」


父は、そこで、言葉を、詰まらせた。

一歩も、動けないまま、肩を、震わせている。


クロードは、父を、見つめ返した。

その瞳に、ほんの一瞬、深い、深い、哀しみが、よぎったように、見えた。


「……それは、あとで、お話しします。伯父上」


ぞくり、と、背筋が、冷えた。

ここまで、証拠を突きつけられても、彼は、まだ、「善人」の仮面を、かぶり続けている。


「判事長閣下」


クロードは、ゆっくりと、一礼した。


「状況が、変わったようです。これ以上は、私の口から、お話しするより、レティと、直接、話をさせていただけませんか」

「被告と?」

「はい。従妹と、二人きりで、とは、申しません。この場で、皆様の、前で。……私が、なぜ、あんなことを、したのか。レティには、知る権利が、ある」


天幕の中が、静まった。


それは、自白の、前触れなのか。

それとも、最後の、罠なのか。

天幕の外では、正午を待つ群衆の、低い、ざわめきが、波のように、寄せては、返していた。窓の布の、向こうで、鐘楼の、影が、少しずつ、石畳を、短くしていく。


私は、膝の上で、ぎゅっと、拳を、握った。


思い出すのは、幼い日のこと。

熱を出して、寝込んだ夜、枕もとで、こっそり、飴を、くれた従兄。「内緒だよ、レティ」と、笑った顔。

あの笑顔を、私は、いまでも、憎みきれずにいる。それが、いちばん、悔しかった。


視界の隅で、アルベールが、立ち上がりかけて、また、座った。

何かを、言いたそうに、こちらを、見ている。けれど、いまの彼に、できることは、何もない。それを、彼自身が、一番、わかっているのだろう。


私は、思わず、ジルベールを、見上げる。

彼は、私の視線を、まっすぐに、受け止めた。そして、ほんのわずかに、首を、横に、振った。『受ける必要は、ない』と、言うように。


けれど、私は、前へ、進み出た。


「お受けします」

「レティシア嬢」

「大丈夫です。……聞きたいのです。あの人の、口から」


ジルベールは、ひとつ、息を、吐いた。それから、何も言わずに、半歩、下がる。けれど、離れはしなかった。私の、すぐ後ろ。腕を伸ばせば、触れられる距離に、彼は、立ち続けていた。


ルクレール卿は、しばらく、私を、見つめていた。

やがて、砂時計に、目を、やる。


「許可する。ただし、あと、二十五分だ。その間に、すべてを、語れ」


デュボワ卿と、ヴェルニエ卿が、低く、言葉を交わす。ミレイユは、イザベルの袖を、そっと、握りしめていた。天幕の中の、誰もが、息を、深く、潜めている。羽根ペンの音さえ、止まっていた。


クロードが、微笑んだ。

その笑みは、初めて、仮面では、なかった。

悲しみとも、安堵とも、つかない、素の、笑みだった。


まるで、長いあいだ、背負ってきた荷を、ようやく、下ろせる、と、でも言うような。

その顔を、見て、私は、はっきりと、痛いほど、わかった。この人は、最初から、最後まで、私の、知っている、あの従兄でも、あったのだ、と。


処刑まで、あと二十五分。

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