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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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牢の中の取引

「行くな」


ジルベールは、同じ言葉を、もう一度、繰り返した。


事務所の裏口に停めた幌馬車のそばで、私たちは、四人で輪になっていた。

デュボワ卿と、ヴェルニエ卿。ジルベールと、私。少し離れて、父が、黙って、立っている。


「あの男が、ひとりで来い、と言ったのは、あなたを、人質に取れる状況を作りたいからだ」

「わかっています」

「牢の中でも、あの男は、危険だ。口ひとつで、人を動かす」

「わかっています。それでも」


私は、胸の内ポケットを、指で押さえた。


「あの人は、私に、何かを、言いたがっています。人を殺そうとした人間が、あんな顔で、『すべての答えを』と言うのは、ただの罠だけでは、ない」

「あなたは、あの男に、情がある」


ジルベールの声が、低くなった。


「それが、危ない」

「あります。そこは、否定しません」


自分でも、少し、意外なほど、静かな声で、答えられた。


「十年、兄様だった人です。憎めないところが、まだ、残っています。でも、だからこそ、わかることがあるんです」

「何が」

「あの人は、追いつめられると、嘘が、荒くなる。そして、ひとつだけ、本当のことを、混ぜる癖があります」


デュボワ卿が、腕を組んだ。


「根拠は」

「昨夜、お父様の指輪のことで、『託された』と、言い直しました。あれは、嘘です。でも、『五月一日の夜』という日付だけは、本当でした。あの夜、お父様が眠らされた、その事実を、嘘の中に、紛れ込ませたんです」


父が、小さく、息をのんだ。


「あの人の嘘は、事実の周りに、巻きつけて、作られています。話させれば、ほころびが、必ず、見える」

「……それを、直接、聞き取る気か」


ヴェルニエ卿が、ゆっくりと、言った。


「もし、あなたが、あの男の誘いに乗らなければ、どうなる」

「あの人は、正午まで、何も、話さない。広場で、私が、処刑台に立つのを、静かに、待つだけです」

「そして、乗れば」

「話すかもしれません。指輪の、行方を」


誰も、すぐには、答えなかった。

やがて、デュボワ卿が、低く、言った。


「条件を、つける」

「はい」

「ロシュを、同行させる。牢の戸口から、一歩も、離れさせない。扉は、開けたままだ。制限時間は、十分。あの男が、少しでも、あなたに触れようとすれば、その場で、踏み込む」

「十分で、足ります」

「足りなくても、十分だ」


ジルベールが、短く、言った。


「それ以上は、私が決める」

「……はい」

「それと」


デュボワ卿は、私の目を、まっすぐ、見た。


「あの男が、『ひとりで』と言ったことを、最初に、本人に伝えなさい。こちらが、一人ではない、と。隠さずに」

「隠さずに、ですか」

「そうだ。隠せば、あの男は、それを、利用する。最初から、見せておく。そのうえで、話すかどうかを、選ばせる」


私は、無言で、うなずく。

ジルベールは、まだ、納得していない顔をしていた。けれど、デュボワ卿の裁定に、それ以上は、逆らわなかった。


「……私が、戸口に立つ」


低い、声だった。


「あなたが、一度でも、私の名前を、呼べば。私は、扉を、蹴破る」

「約束します」


その返事に、彼は、ほんのわずか、まぶたを伏せた。信じる、とも、許す、とも言わない。ただ、受け取った、という合図だった。


父が、そっと、私の頭に、手を置いた。


「レティ。お前の母が、いつも、言っていた。『怖いときは、息を、三つ数えなさい』と」

「……はい、お父様」

「数えてから、話しなさい。あの子の言葉は、ゆっくり、聞くのがいい」


私は、父の手の温かさを、ひたすら、胸に刻んだ。


   *


騎士団本部の、地下の牢は、昨夜まで、私が見ていた石の部屋よりも、ずっと、寒かった。


細い廊下の突き当たりに、鉄の扉がひとつ。

その手前で、ジルベールが、立ち止まる。


「ここまでだ。私は、扉の脇に、立つ」

「はい」

「十分、数える。私の、剣の音が、鳴ったら、それが、終わりの合図だ」


彼は、剣の柄を、指で、ことりと叩いた。

それが、彼なりの、最後の合図だ。


扉が、軋みながら、開く。


牢の中は、狭かった。

石の壁。小さな窓。鉄の格子の向こうに、簡素な寝台。


その上に、クロードが、座っていた。

手首には、まだ、縄の痕が残っている。外套は、剥がされて、シャツ一枚。それでも、背筋は、まっすぐだった。


「来てくれたんだね」


クロードは、顔を上げて、微笑んだ。

本当に、嬉しそうに。


「ありがとう、レティ。待っていた」

「兄様。最初に、言っておきます」


私は、格子の手前で、立ち止まった。


「私は、ひとりでは、来ていません。扉の外に、ロシュ卿がいます。会話は、聞かれます」

「そう」

「それでも、話しますか」

「ああ。構わないよ」


クロードは、意外なほど、あっさりと、うなずいた。


「むしろ、聞いてもらったほうが、いい。……君が、そう言うと、わかっていたから」


背筋が、冷えた。

この人は、私が、正直に打ち明けることまで、読んでいたのだ。


「座って、いいよ。長くは、ならない」


格子の前に、小さな椅子が、置かれていた。

私は、腰を下ろして、父の言葉を、思い出した。息を、三つ、数える。


「兄様。聞きたいことが、あります」

「うん」

「指輪は、どこですか」


クロードは、まばたきをした。

そして、くすりと、笑った。


「いきなり、核心だね」

「十分しか、ありません」

「そう。……そうだったね」


扉の外で、一定の間隔で、靴の踵が、床を打っている。ジルベールが、時間を、数えているのだ。

彼は、寝台の端に、腰を沈めた。

窓から差し込む光が、シャツの白を、冷たく、浮かび上がらせている。


「ずいぶん、急ぐんだね。まだ、お茶も、出していないのに」

「牢に、お茶は、ありません」

「そうだった。残念だ。君と、最後に、飲みたかったのに」


冗談めかした声の裏で、その言葉だけが、妙に、本気に聞こえた。


「指輪の、前に。ひとつ、取引を、持ちかけたいんだ」

「取引?」

「正午、君は、広場に立つ。それは、確定している。けれど、僕が、ひとつ、手を回せば、君を、助けられる」


息が、止まった。


「処刑台に立つ前に、眠り草の、薬を飲んでもらう。ほんの少し、量を、減らしたものを。心臓が、止まったように見えて、実際には、眠っているだけの、薬を」

「……何を、言っているの」

「死んだことに、するんだ。君を。ヴァルモンの、レティシアとして、死んだことに。そのあとで、僕が、君を、国の外へ連れていく。誰も、君を、知らない土地で、新しい名前で、生きるんだ」


声は、あくまで、穏やかだった。

けれど、その言葉の底に、昏い熱が、あった。


「馬車は、もう、手配してある。国境の宿場町に、小さな家も。窓から、葡萄畑が見える家だ。レティは、昔、そういう景色が、好きだったよね」

「……」

「パンを焼いて、庭に花を植えて。誰にも、呼ばれず、誰にも、裁かれずに。それが、僕に、できる、いちばん、確かな贈り物なんだ」


「伯父上の家督は、僕が継ぐ。君は、僕の、そばで、生きればいい。……君を、失いたくないんだ、レティ」


格子の向こうの顔を、私は、じっと、見つめた。

母が亡くなったあの夜、泣きじゃくる私を、黙って、背中に負ぶってくれた、少年の面影が、確かに、そこに、ある。

けれど、その優しさは、いつのまにか、私の意思を、どこにも置かない形で、育ってしまっていた。


胸の奥が、冷えきった。

この人は、本気だ。本気で、これを、「愛」だと、信じている。


けれど、私は、ひとつ、気づいていた。


「兄様」

「何だい」

「昨夜の、水差しの毒を、ベルナール先生が、調べました。月下草と、眠り草。そして、先生は、こう言いました。『この量であれば、一口で、夜明け前には』」


クロードの目が、わずかに、動いた。


「眠るだけの薬では、ありませんでした。心臓を、止める量でした」

「……先生の、見立てが、大げさだったのかも」

「兄様」


私は、ゆっくりと、言葉を、選んだ。


「あなたは、昨夜、私に、あの水を、飲ませようとしました。眠るだけの薬なら、あんなに、はっきり、『最期の夜だ』と、言う必要は、なかった」


沈黙が、降りた。

鉄の格子の向こうで、クロードの笑みが、少しずつ、消えていく。


「……そうか」


低い声だった。

今までに、聞いたことのない、冷たい声だった。


「やっぱり、レティは、変わったんだね」

「変わっていません。ただ、見えるものが、増えただけです」

「いいや。昔の君は、僕の言葉を、疑うということを、知らなかった」


彼は、静かに、立ち上がった。

格子に、手をかける。指が、鉄の棒を、ゆっくりと、握る。


「なら、本当の話を、しよう。ひとつだけ」


私は、動かなかった。

扉の外で、ジルベールの気配が、はりつめたのがわかる。


「王女殿下に、毒を、盛ったのは」


クロードは、囁くように、言った。


「僕じゃない。……と、言ったら、君は、信じるかい?」


廊下のほうで、剣の柄が、かすかに、鳴った気がした。


処刑まで、あと二時間。

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