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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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格子窓の向こう

「ヴァルモン嬢。ひとつ、頼みがある」


四つの鐘が、まだ鳴らないうちだった。

デュボワ卿は、卓の上の見取り図から顔を上げて、私に言った。


「サン=ロランの取調べを、あなたに、見てもらいたい」

「私が、ですか」

「あの男の嘘は、あなたが一番よく知っている。表情の動きも、言葉の間も。我々の目には、わからないものが、あなたには、わかるかもしれん」


禁固の身である私が、屋敷を出る。

規則から言えば、あり得ない話だった。デュボワ卿は、それを承知で、言っている。


「責任は、私が取る。ロシュが、同道して、そばにつく。格子窓の奥から、聞くだけだ。あの男の前には、出さん」

「……行きます」


迷いは、なかった。

父が、扉の脇から、黙って、私の肩に外套をかけてくれた。肩に残る手の重みが、昨日までとは、違って、ほのかに温かい。


   *


騎士団の本部は、街の北のはずれにあった。

馬車の窓は、黒い布で覆われている。向かいに座ったジルベールは、膝の上で腕を組み、窓の隙間から漏れる灰色の光を、じっと見ていた。


「寒いか」

「少し」


答えると、彼は、黙って、自分の外套を脱いだ。

私の膝に、そっと、かける。


「ロシュ卿が、冷えてしまいます」

「私は、慣れている」

「それ、今夜、三度目です」


ジルベールの口元が、ほんの少し、動いた。


「……数えていたのか」

「数えるのは、あなたの得意なことでしょう。移ったんです」


彼は、何も言い返さなかった。

けれど、窓の外へ向けた横顔の耳が、うっすらと赤い。


馬車が、止まった。


   *


取調室は、石壁に囲まれた、狭い部屋だった。

その隣に、壁をくり抜いた、細い覗き部屋がある。格子窓の奥で、息を殺していると、向こう側の様子が、手に取るようにわかった。


卓の向こうに、クロードが座っていた。

縄は、ない。外套も、脱がされていない。ただ、背後に二人の騎士が立っている。


「おはようございます、ロシュ卿。夜明け前に、ご苦労さまです」


微笑みは、いつもと、変わらなかった。

ジルベールは、向かいの椅子に腰を下ろして、一枚の紙を、卓の上に置いた。


「ルネの供述書だ。あなたが、五月四日の夕刻、杯を受け取った、と書いてある」

「ええ。それは、本当ですよ」


あっさりと、クロードは、認めた。


「法務院の鑑定から戻ってきた杯を、裏門で受け取った。その日のうちに、僕が」

「では、昨日、ヴァルモン嬢に、『探して、やっと見つけた』と言ったのは」

「言葉の綾です」


クロードは、悪びれずに、続ける。


「実を言えば、十五日間、杯は、僕の部屋の戸棚に、しまいこまれていた。それを、思い出して、取り出したんです。……探した、と言いたかったのは、僕の記憶の中を、です」

「記憶の中を」

「ええ。ひどい失態でした。レティが、あんな状況なのに、母の形見の杯のことを、すっかり、失念していたのですから。それで、慌てて、持ってきた」


淀みない答えだった。


「もうひとつ。ルネの妹の件だ」

「ルネの、妹さん?」


クロードは、心底、不思議そうに、首を傾げた。


「彼に、妹がいたんですか。初めて、聞きました」

「あなたは、昨夜、彼に、『妹の薬を止める』と言った」

「まさか。僕が、そんなことを?」


困ったように、眉を下げる。


嘘を、嘘と、わかっているのに、反論する材料が、こちらの手には、まだ足りない。


隣の格子窓の奥で、私は、拳を握りしめた。


嘘は、確かに、きれいに繋がっている。

けれど、昼間の彼の声には、本物の安堵があった。「探して、やっと見つけた」という言葉の、あの響き。あれは、思い出した者の声ではなかった。


「ロシュ卿」


クロードが、ふいに、格子窓の方へ顔を向けた。


「そこに、レティがいるんでしょう」


心臓が、跳ねた。

ジルベールは、眉ひとつ動かさない。


「……何の話だ」

「隠さなくていい。あの子の足音は、わかります。歩幅が、少し、狭いんです。小さい頃から、変わらない」


微笑みが、まっすぐ、こちらを向いていた。

見えるはずが、ない。けれど、見られている。


「レティ。聞こえているなら、答えなくていい。ただ、ひとつだけ、言わせてほしい」


彼は、柔らかい声で、続けた。


「僕は、君に、嘘をついたことは、あるけれど。君を、嫌いになったことは、一度もない」


胸が、ひきつれた。

嘘と、本当が、また、同じ顔で並んでいる。


「クロード・ド・サン=ロラン」


ジルベールの声が、割って入った。


「そういう話は、法廷で、すればいい。ここでは、事実を聞く」

「事実なら、いくらでも」


クロードは、椅子の背に、ゆったりともたれた。


「僕から、ひとつ、提案があります」

「提案?」

「今日の午前、九刻に、僕は、法務の用事で、公証人ティシエの事務所へ行く予定です。伯父上の署名を、正式に登記するために。……それまでに、僕を、解放してもらえませんか」


覗き部屋で、私は、息を詰める。

自分から、その時刻を、口にした。


ジルベールは、数拍、黙りこむ。

やがて、低く答えた。


「検討する」

「ありがとうございます。伯父上のためなんです。伯父上が戻られたら、きっと、わかってもらえる」


その瞬間、クロードの笑顔が、わずかに、深くなった。

何かを、確かめる目だった。


「……伯父上は、まだ、別邸に、いらっしゃるんですよね」


ジルベールは、答えない。

沈黙の中で、クロードは、静かに、笑った。


「そうですか。でしたら、今朝、門のほうで、四頭立ての馬車の音がしたのは、きっと、気のせいですね」


息が、凍りついた。

この人は、父が来たことを、知っている。

石壁の向こうの、遠い蹄の音を、一度で、聞き分けて。


「僕の耳は、いいんです。小さい頃から」


クロードは、微笑んで、立ち上がった。


「今日の正午、楽しみにしています。……最後の、お茶会ですから」


二人の騎士が、その両脇に立つ。

彼は、扉の前で、一度だけ、格子窓のほうを、振り返った。


「またね、レティ」


扉が、閉まった。


   *


馬車の中で、私は、しばらく、何も話せずにいた。

ジルベールも、口を開かない。街の石畳を、車輪が、ごとごとと叩いている。


「……知られて、いましたね」

「ああ」

「父が来たことも。九刻のことも」

「九刻は、あの男が、自分から口にした。罠だと、わかっていて」


ジルベールの声は、静かだった。


「わかっていて、来る。自分が、罠を、破れると思っている」

「どうしますか」

「こちらも、変える」


彼は、膝の上の手帳を、開いた。

さっき、取調べの最中、彼が、手帳の隅に、素早く書きつけていたものが、見える。


『十八』


そして、その横に、小さく、一行。

『「探して」の声は、思い出した者の声ではない。——ヴァルモン嬢の証言』


私は、息を、のんだ。


「それは」

「あなたが、そう言ったからだ。昼間、あの男の言葉を、聞き分けたと」

「……採用してくれるんですか」

「根拠の一つとして、記録した。それだけだ」


そっけない口調だった。

けれど、その手帳に書かれた、私の名前と、自分の言葉。それが、目の前で、一つの証拠として、立っていた。


窓の外が、薄く、白み始めている。


   *


屋敷の玄関で、父が、待っていた。

夜通し起きていたのだろう。外套を羽織ったまま、階段の下に、立っている。


「戻ったか」

「はい。お父様、クロード兄様が」


私は、取調室で見たことを、そのまま、話した。

石壁越しに、馬車の音を聞き分けたこと。九刻に、自分から、ティシエの事務所へ行くと言い出したこと。


父は、黙って聞いていた。

最後まで聞いて、ふっと、目を細めた。


「あの子は、昔から、耳がよかった」

「……はい」

「お前の母が、子守唄を歌ってやると、隣の部屋から、すぐに、拍子を合わせて、歌いだした。あのときは、利発な子だと、笑ったものだ」


その声に、苦いものが、混じっていた。


「利発さを、あんな形で、使わせてしまった。私の、責任だ」

「お父様」

「九刻には、私も、行く」


父は、迷いなく、言った。


「あの子の前に、立つ。私の指輪が、五月三日に、どこにあったのか。私の口から、きちんと、問いただす」

「危ない、です」

「そうかもしれん。だが」


父は、私の肩に、そっと、手を置いた。


「娘が、命を賭けているのに、私だけが、屋敷で、待っているわけには、いかん」


階段の上から、デュボワ卿の声が、降ってきた。


「侯爵閣下。その九刻の件で、ご相談が」

「聞こう」


父は、私に向かって、小さく、うなずく。

そして、背筋を伸ばして、階段を、上がっていく。


その背中が、昔、私を肩車してくれた父の背中と、重なって見えた。


玄関の柱の陰から、ルネが、そっと、頭を下げる。


「お嬢様。コレットは、無事です。騎士の方が、朝まで、家の前に立ってくださいました」

「よかった。……本当に、よかった」


彼の目が、赤かった。

その赤さが、昨日より、少しだけ、強い光を宿している。逃げない人間の目だった。


処刑まで、あと七時間。

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