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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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別人の問い

「見つけたんだね」


クロードは、同じ言葉を、もう一度、ゆっくりと繰り返した。

そして、肩の力を抜くように、小さく笑った。


「あの引き出しは、鍵をかけておいたはずなんだけど。ガスパールに合鍵を預けておいたのが、失敗だったかな」

「認めるのか」


デュボワ卿の声が、低く響く。


「何を、ですか」


クロードは、首を傾げた。

いつもの、穏やかな表情だった。


「署名の練習のことなら、認めますよ。あれは、伯父上のご指示です。事件が起きたあと、伯父上は取り乱して、僕に、すべての書面を預けると言われた。そのためには、伯父上の署名を、正確に真似る必要があった。書記の仕事です」

「委任状の、下書きは」

「それも、伯父上の口述を、僕が書き取ったものです。清書は、署名をいただいてからと思っていたのですが、伯父上は、翌朝、別邸へお発ちになってしまった。だから、署名欄は、空白のままです」


淀みのない説明だった。

ひとつひとつの言葉が、あまりに自然で、反論する隙間が、見つからない。


「封蝋の欠片は」

「書斎の整理中に、床から拾ったものです。捨てそびれて、革袋に入れておいた」

「指輪印は」


ジルベールの声が、割って入った。


「五月二日の朝、侯爵は、指輪を探しておられた。見つからないまま、お発ちになっている。侯爵の指輪印が押された書面は、三通。そのうちの一通は、侯爵ご本人には、押せなかったはずだ」

「へえ。それは、不思議ですね」


クロードは、困ったように、眉を寄せた。


「伯父上の指輪が、どこに消えたのか。僕にも、わかりません。伯父上が、うっかり、どこかへ置き忘れたのでは?」


私は、拳を、握りしめた。

この人は、どこまで行っても、崩れない。

崩れないから、こんなにも、強く、怖い。


   *


「サン=ロラン」


ヴェルニエ卿が、一歩、進み出た。


「貴殿を、重要参考人として、騎士団本部で預からせてもらう。団長補佐の権限で、二十四時間まで、拘束できる」

「令状は、ありますか」

「ない。ただし、これは逮捕ではない。事情の聴取だ」

「なるほど。……どうぞ」


クロードは、驚くほど、あっさりと、両腕を差し出した。

縄は、かけられない。ただ、二人の騎士が、その両脇を固める。


「朝まで、お世話になります。ただ、明日の正午までには、解放してもらえますよね。レティの、再審の場にも、立ち会いたいですし」

「それは、こちらが決める」

「もちろん」


彼は、微笑んで、うなずいた。

そして、私のほうへ向き直る。


「レティ」


穏やかな声だった。

卓の上の杯と水差しの前で、彼は、まっすぐに、私を見つめた。


「ひとつだけ、聞かせてくれないか」

「……何?」

「君は、誰だい」


息が、止まった。


「十二日の夜。僕は、縄の前で、君が目を閉じるのを、確かに見たんだ。それなのに、朝には、君は目を覚ましていた。そして、まるで別人のように、僕の知らない目で、世界を見はじめた」


部屋が、水を打ったように、静まり返る。

ジルベールの気配が、わずかに強張ったのを、背中で、感じた。


「……私は、レティシア・ド・ヴァルモン」


声が、震えそうになるのを、必死で抑えた。


「あなたの従妹で、お母様の娘。それは、変わらない。ただ、あの夜から、少しだけ、別の私も、混じっているのかもしれない」

「そうか」


クロードは、静かに、笑った。

その笑顔に、はじめて、哀しみに近いものが、浮かんだ。


「じゃあ、僕は、昔のレティを、殺しそこねたのかもしれないね」

「サン=ロラン!」


デュボワ卿の怒声が、飛ぶ。

けれど、クロードは、少しも動じなかった。


「冗談ですよ。……では、お先に」


二人の騎士に挟まれて、彼は、ゆっくりと部屋を出ていく。

最後に、扉の脇で、ルネの前を通りすぎるとき、彼は、一言だけ、囁いた。


「君の妹さんには、僕から、よろしく」


ルネの顔が、凍りつく。

その背中が、遠ざかっていくのを、私は、ただ見送ることしかできずに、立ち尽くしていた。


   *


扉が閉まる。足音も、遠ざかって消えた。

部屋に、重たい静寂が落ちる。


「……聞こえて、いましたよね」


私は、ジルベールのほうを、見られなかった。


「別人のように、と。あの人が言ったこと」

「聞いた」


短い答えだった。


「何のことなのかは、わからない。あなたが話したくなければ、聞かない。今夜は、その時間もない」

「……気味が悪いと、思いませんか」

「思わない」


ジルベールは、少しだけ、考えるように、間を置いた。


「あなたが誰であれ、ここ数日、私が見てきたのは、見たことを見たままに話し、人の話を最後まで聞き、証拠を前に頭を下げた人間だ。それは、事実だ。それ以外のことは、私には、関係ない」


胸の奥で、固く結ばれていたものが、ほどけるのを感じた。

泣きそうになって、慌てて、笑った。


「……ありがとうございます」

「礼は、いらない。事実を、言っただけだ」


そのやりとりを、デュボワ卿は、咳払いひとつで、見なかったことにしてくれた。


部屋の隅で、ルネが、膝から崩れ落ちていた。


「妹が……コレットが」

「立て、ルネ」


ジルベールが、その肩を掴んで、引き上げた。


「ボーダン殿。第二隊の者を二人、今すぐ、ルネの妹の家へ。薬と、医者を持たせて、朝まで、家の前に立たせてくれ。誰も、近づけるな」

「承知した」

「ロシュ卿……」

「お前は、証人だ。守るのは、私の責任だ」


ルネは、声を殺して、頭を下げた。

その肩が、小刻みに震えている。


「……あの男は、全部、わかっている」


デュボワ卿が、苦々しく呟く。


「署名の練習も、委任状の下書きも、伯父の指示だと言い抜ける。侯爵が不在である以上、誰も、反論できない」

「水差しの毒も、ルネに押しつけられる」


ヴェルニエ卿が、静かに続けた。


「明日の正午までに、決定打が必要だ。侯爵の、直接の証言。指輪の、行方。そして、杯の、持ち出しの経緯」


その言葉を聞きながら、私は、ふと、ひとつのことに気づいた。


「ロシュ卿。杯のことなんですが」

「何だ」

「兄様は、昼間、『探して、やっと見つけた』と言いました。法務院で鑑定に回されたまま戻ってこなかった杯を、取り戻してきた、と」


ジルベールの目が、鋭く光った。


「そうだ。ルネの供述では、五月四日の夕刻、杯は、屋敷の裏門で、クロードの手に渡った。つまり、あの男は、十五日間、杯を自分の手元に持っていた」

「それなのに、『探して見つけた』と」

「嘘だ。それも、あなた自身の前で、口にした嘘だ」


その事実を、デュボワ卿が、重く受け止めた。


「ヴァルモン嬢。あなたの証言と、ルネの供述。それが、一つの線になる」

「……はい」

「だが、それでも、決定打には、足りない。やはり、侯爵の証言が、必要だ」


「ヴァルモン嬢。ひとつ、思い出してほしい」


ジルベールが、卓の端に手をついて、私を見た。


「侯爵の指輪印だ。あなたは、父君が指輪を外すところを、見たことはあるか」

「……いいえ。お父様は、いつも、右の薬指に。入浴のときと、お母様の葬儀のときだけ、外していたと、聞いています」

「葬儀のとき」

「ええ。あの日は、指輪が涙で濡れるといけないと、お母様の棺の前で、一度だけ。そのあと、すぐに、嵌め直されました」


言いながら、記憶の底から、別の場面が浮かんできた。


「そういえば。五月二日の朝、お父様が、私の部屋の前に立たれたとき。右手を、ずっと、左手で押さえていらっしゃいました」

「押さえていた?」

「はい。私は、怒っているのだと、思っていました。でも、あれは……指が、空だったのかもしれません」


デュボワ卿が、深く息を吸った。


「指輪は、朝には、すでに無かった。そして侯爵ご自身は、それに気づいて、人前では隠した」

「娘に、盗まれたとでも思ったのでしょうか」

「あるいは、自分が失くしたと、恥じていたか。いずれにしても、本人の口から、確かめるしかない」


そう言って、ヴェルニエ卿が、時計を見た。


「ここからは、順序が、大事になる。侯爵は、旅の疲れと、憤りで、冷静ではないはずだ。サン=ロランの耳に入らぬよう、本部への移送が済むまでは、誰も、侯爵に近づけるな。ボーダン、門を固めろ」

「はっ!」


ボーダン卿が、走り去っていく。

その背中を目で追いながら、私は、膝の上で、そっと手を組んだ。


指が、冷たかった。


そのとき、廊下の奥から、ボーダン卿が、慌ただしく駆け戻ってきた。


「ロシュ卿! 隊長!」

「どうした」

「屋敷の門に、馬車が。……ヴァルモン侯爵が、お着きになりました」


部屋の空気が、ぴたりと、止まった。


窓の外では、雨が、まだ降りしきっている。

別邸の家令の報せを受けて、昼のうちに発ち、一日がかりの道を、夜に着くよう、駆けてきたのだという。あの冷たかった父が。


お父様。

私の、父。

あの夜、扉の向こうで、「もう私の娘ではない」と言って去った、人。


処刑まで、あと十三時間。

雨の中を、父は、別邸から、夜を徹して、駆けてきたのだ。

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