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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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17/40

藍色の告白

午後の光が傾きはじめたころ、ジルベールは外套の貸出簿を調べに、詰所へ向かった。


「戻りは日没前だ。その間、廊下は第二隊のボーダン殿が受け持つ」

「ルネではなく?」

「ルネは、今日は別の持ち場に回した」


答えは、淡々としている。

その理由を、彼は口にしなかった。私も、尋ねなかった。尋ねれば、考えたくないことを、考えてしまいそうだったから。


扉の向こうで、見慣れない騎士の足音が、重く、一定の間隔で往復している。

昨日までの軽やかな足音とは、まるで違う。それが、今日は少しだけ心強かった。


   *


日が沈む少し前に、ジルベールが戻ってきた。

外套の肩に、薄く埃がついている。詰所の書庫に、長く籠っていたのだろう。


「どうでしたか」

「……その前に、肩の埃を払ってください」

「あとでいい」

「いま、です。夕方の見回りの前に」


言い返そうとして、彼は黙った。黙って、外套の肩をはたく。灰色の埃が、夕日の中に舞った。


「貸出簿は、第三隊のものが一冊、半月前から所在不明になっている。五月二日の朝、外套が持ち出されたかどうかは、これでは確かめられない」

「……紛失、ですか」

「あるいは、誰かが処分した」


彼は、それ以上は言わなかった。

そのとき、廊下で、ボーダン卿の低い声がした。


「ロシュ卿。ご来客です。オードラン嬢と、グランシェ公爵令嬢」


私は、思わず立ち上がった。


「イザベル様が……」

「ミレイユ嬢が、昨夜のうちに、声をかけてくれたらしい。許可はデュボワ卿から取ってある」


ジルベールの声は、いつもどおり平坦なままだ。

けれど、その手帳を握る指に、わずかに力が入っているのが見えた。


   *


扉が開いて、最初に入ってきたのは、ミレイユだった。

その後ろに、黒髪を高く結い上げた、背の高い人が続く。


イザベル・ド・グランシェ。

深い藍色のドレスに、真珠の髪飾り。口元には、いつもの微笑み。けれど、その目の下には、薄い翳りがあった。


「ごきげんよう、レティシア様」

「……お越しくださって、ありがとうございます」


私が頭を下げると、イザベルは軽く首を傾けた。


「お顔を拝見するのは、茶会以来ですわね。……少し、おやつれになりました」

「ええ。あまり、眠れていなくて」

「そう」


それだけ言って、彼女は、勧められた椅子に腰を下ろす。

扇を膝に置く仕草は、優雅で、一分の隙もない。それなのに、扇の骨を握る指先が、わずかに白かった。


ミレイユが、私の隣に座った。

目が合うと、彼女は、ほんの少しだけうなずく。ここにいます、と言うように。


   *


「単刀直入に伺います」


ジルベールが、手帳を開いた。


「あなたは五月二日に、法務院へ、一通の手紙を提出されました。『殿下の遺品の中から見つけた』と」

「ええ。そのように、申し上げました」

「それは、事実ですか」


イザベルは、すぐには答えなかった。

微笑みが、ゆっくりと薄れていく。


「……事実では、ありません」


静かな声だった。

ミレイユが、膝の上で息を詰めるのがわかった。


「あの手紙を、わたくしは、殿下の遺品から見つけてなどおりません。茶会の日の午後、温室の控え室の机の上で、見つけたのです」

「控え室の、どこで」

「手紙箱が、開いておりました。蓋が持ち上がって、一番上に、折りたたんだ薄桃色の便箋が、載っていました。……最初から、わたくしに見つけさせるために置いてあるような、不自然な置き方でした」


私は、息をのんだ。

手紙箱の蓋が、開いていた。

一番上に、手紙が。


「上部は、すでに破れていました。宛名のところが。でも、文面の中に、『次の茶会で、あなたに思い知らせます』という一文がありましたので、レティシア様が、誰かを脅す手紙だと」


彼女は、そこで、扇を握りしめた。


「わたくしは、あなたを好きではありませんでした。殿下の隣に立つ座を、あなたと争っていましたもの。この手紙があれば、いつか使える。そう思って、袖に隠しました」


潔い告白だった。

言い訳をしない。その潔さに、胸が、きしんだ。


「それが、袖の中に隠していたもの、ですね」

「ミレイユ様がご覧になっていたのでしょう。ええ。そのとおりです」


イザベルは、横目でミレイユを見て、小さく息を吐いた。


「あなたの目は、昔から、ごまかせませんわね」

「見たことを、見たままにお話ししただけです」

「それが、いちばん困るのです」


そう言って、ほんの少しだけ、笑った。

それは、さっきまでの微笑みより、ずっと、人間らしい笑い方だった。


   *


「手紙を提出した理由を、お聞かせください」


ジルベールが、促した。


「その手紙は、あなたにとって、使える札だったはずです。なぜ、わざわざ『殿下の遺品から見つけた』と偽って、法務院へ出したのですか」


イザベルは、扇を閉じた。

それから、袖の内側へ手を入れ、小さく折りたたまれた紙を、卓の上に置いた。


「これを、ご覧ください」


白い紙だった。

縁に、うっすらと透かしが入っている。


ジルベールが、手袋をはめた指で、そっと広げる。

数行の文字が、並んでいた。


『茶会の日、控え室から手紙を持ち去ったのは、あなたです。それを、殿下の遺品の中から見つけたことにして、五月二日のうちに法務院へ出しなさい。出さなければ、あなたが持ち出したと、わたくしが公にします』


息が、止まった。


端正な、癖のない字だった。

一文字ごとの高さが揃い、払いは短く、どこにも、書いた人間の顔がない。

遺書と、同じ種類の字。昨日の補佐の書簡と、同じ種類の字。


「いつ、これを」

「五月一日の夜です。殿下のご逝去が伝えられた、その夜。わたくしの部屋の、枕元に置かれていました」

「どうやって」

「わかりません。侍女は、誰も入れていないと申しました。ただ、鍵のかかった窓の内側に、置かれていたのです」


イザベルの声が、わずかに震えた。


「わたくしは、怖かったのです。殿下が亡くなって、茶会の席にいた者が、みな疑われる。控え室から手紙を持ち出したと知られれば、わたくしが、真っ先に疑われる。脅迫状を出せば、少なくとも、疑いは、レティシア様に向く」


彼女は、私をまっすぐに見た。


「わたくしは、あなたを、身代わりにしたのです」


膝の上で、私の手が冷たくなっていくのがわかった。

怒りよりも先に、奇妙な納得が、胸に落ちてきた。

この人もまた、誰かに、追い詰められていたのだ。


「謝って済むことではありません。ですが、お伝えしておきます。……申し訳ありませんでした」


イザベルは、深く頭を下げた。

公爵令嬢が、罪人と呼ばれる者に頭を下げる。それが、どれほどの覚悟か、わからないほど私も鈍くはなかった。


「頭を上げてください」

「いいえ」

「謝罪は、証明のあとで受け取ります」


ミレイユの言葉を、そのまま借りた。

イザベルは、顔を上げて、目を丸くしたあと、泣き笑いのような表情を浮かべた。


「……ええ。そう、いたしましょう」


   *


ジルベールが、紙を卓の上に置いたまま、低い声で言った。


「この脅迫の書面は、証拠として預かります。ただし、書いた者は、まだ特定できません」

「ええ。わたくしにも、心当たりは、ありません」


イザベルは、そう答える。

嘘をついているようには、見えなかった。

けれど、一つだけ、気になることがあった。


「イザベル様。控え室に入ったとき、私は、そこにいましたか」


その問いに、彼女は、わずかに眉をひそめた。


「いらっしゃいました。長椅子に、横になって。……眠っておられるように見えました」

「眠って」

「ええ。わたくしが入っても、動かれませんでした。肩に触れたら、起こしてしまうと思って、そのまま、手紙の箱に目がいって」


また、あの十分間だ。

私は、控え室で眠っていたのだ。

誰かが私を、眠らせていた。その間に、手紙箱が開けられ、宛名が破られた。


「ミレイユ様は、私が顔色が悪いまま戻った、と」

「はい。そのとおりです」


ミレイユが、小さくうなずく。

その横顔に、考え込むような影が差した。


「イザベル様。もう一つ、お聞きしてもいいでしょうか」

「どうぞ」

「茶会の最初、お茶が注がれたとき。どの杯が、どなたの前に置かれたか、覚えていらっしゃいますか」


イザベルは、少しのあいだ、目を閉じた。

やがて、ゆっくりと、口を開く。


「覚えております。わたくし、席順に、人の値踏みをする癖がありますから」


そう前置きして、彼女は言った。


「金の縁取りの白い杯は、最初に、あなたの前に置かれました。レティシア様。その後で、あなたが、それを殿下に譲られるまで」


ジルベールの手が、止まった。

私も、息ができなかった。


金の縁取りの、白い杯。

それは、私の「主の杯」。

最初に注がれたのは、私の前だった。毒が、そこに入っていたのだとしたら。


殿下が飲んだのは、本当は、私が飲むはずのものだったのだ。


処刑まで、あと二日。

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