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転生したら処刑7日前の悪役令嬢でした。逃げるにはもう遅いので、犯人を探します  作者: ローナ


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14/40

脅迫状の宛名

三日目の朝は、薄い霧とともに明けた。


窓の外の庭が白くかすんでいる。

夜通し廊下に座っていたジルベールは、いつものように背筋を伸ばしたまま、朝の光の中で目を閉じていた。眠っているのかと思ったが、私が身じろぎをすると、瞼がすぐに持ち上がる。


「起きたか」

「……起きていたんですね」

「眠っていない」


朝食は、昨日と同じ麦粥だった。

匙を口に運ぶ私を、ジルベールは扉の脇から見張っている。


「ロシュ卿は、食べないんですか」

「勤務中だ」

「勤務中でも、人は食べます」

「……後で食べる」


結局、彼が盆の隅のパンを一切れ口にしたのは、私が黙って睨みつけてからだった。


そのとき、廊下の奥から足音が近づいてきた。

騎士団の使いの青年が、小脇に書簡の筒を抱えて敬礼する。


「ロシュ卿。デュボワ隊長より、『脅迫状』の写しをお届けに上がりました」

「ご苦労」


ジルベールは筒を受け取り、続けて尋ねた。


「団長補佐殿への面会の件は」

「補佐殿は王宮に出ておられます。お戻りは明日の昼とのことです」

「……そうか」


短く息を吐いて青年を下がらせると、彼は苛立ちを抑えるように筒の縁を指で叩き、それから封を切った。

中の紙は、二枚あった。一枚は文面を書き写したもの。もう一枚は、鑑定官の覚え書きらしい。


「読み上げますか」

「お願いします」


私は寝台の端に座り直し、膝の上で手を組んだ。

自分が書いたはずの手紙を、他人の声で聞く。そのことが、少しだけ怖かった。


   *


「『……男爵家の娘が、王太子殿下のお隣に立つなど、身のほどを知りなさい。

わたくしは、あなたを許しません。

これ以上、殿下に近づくのなら、次の茶会で、あなたに思い知らせます。

わたくしが、どんな人間か。

その身で、お確かめなさい。 レティシア』」


読み終えたジルベールは、写しの上部を指で示した。


「冒頭の行の上に、破れた跡がある。三行分ほどが欠けている。鑑定官の覚え書きにも、そう記されている」


彼は二枚目の紙に目を移した。


「『原本、薄桃色の便箋。上部、約三行分が破れて欠損。四つ折りの折り目あり。封蝋の痕、宛名書き、配達の印、いずれも認められず』」


薄桃色の便箋。

百合の縁取りのある、私の便箋だ。


その瞬間、目の前の光景が、ぐらりと揺れた。


   *


夜だった。

私は――いや、レティシアは、化粧台の前に座っている。紫のインクを、羽根ペンに含ませて。

胸の中で、嫉妬と怒りが渦を巻いていた。

夜会の広間で、ミレイユ・オードランが、アルベール殿下の隣で笑っていた。男爵家の、飾り気のない娘。どうして、あの子が。


筆が、止まらなかった。


『ミレイユ・オードラン様。先日の夜会でのあなたのふるまいについて、申し上げたいことがあります。男爵家の娘が、王太子殿下のお隣に立つなど――』


そこで、記憶が切れた。

けれど、はっきりと思い出せた。便箋の一行目に、確かに、宛名を書いたのだ。


「……宛名が、あったんです」


私は、自分の声が震えていることに気づいた。


「『ミレイユ・オードラン様』。一行目に、そう書きました。破れて消えている三行は、宛名と、挨拶と、最初の一文です」

「思い出したのか」

「はい。四月二十八日の夜。夜会の翌日でした。私はミレイユ様に腹を立てて、手紙を書いて……でも、書き終えたら、急に恥ずかしくなって。出さずに、手紙箱にしまいました」


ジルベールの手帳の上で、ペンが走る音がした。


「つまり、あの手紙は、王女殿下に宛てたものではない」

「はい。リュシー殿下とは、何の関係もありません。ミレイユ様宛ての、出さなかった手紙です」


口に出して、初めてわかった。

法務院は、この手紙を、王女殿下への脅迫状として扱った。

それが、全部の前提だったのだ。


   *


「ひどい手紙ですね」


私は、思わず呟いていた。


「誰かを許さないとか、思い知らせるとか。書いた本人が、いちばん恥ずかしいです」

「感情のままに書いた、若い手紙だ」


ジルベールは、写しを見下ろしたまま答えた。


「だが、人を殺す人間の文面ではない。本当に殺す気の人間は、宛名を書いて、わざわざ宣言したりしない」


慰めのつもりではないのだろう。

ただ、事実を並べただけの声。それなのに、胸の中に刺さっていた棘が、少しだけ抜けていくのを感じた。


原作では、この手紙は、王女殿下への脅迫状としてしか語られていなかった。

読者は、レティシアが王女を脅したのだと信じこまされる。そういう書き方をされていた。

もしかすると、それも作者の仕掛けた、最初の罠だったのかもしれない。


「整理する」


ジルベールは、写しを卓に広げ、二本の指で端を押さえた。


「第一に、宛名が欠けている。宛名がなければ、受取人を王女殿下と読むことができる。第二に、文面の『次の茶会で、あなたに思い知らせます』。これが、五月一日の茶会を指していると解釈された。第三に」


指先が、鑑定官の覚え書きをなぞる。


「四つ折りで、封蝋もない。配達された形跡がない。出した手紙ではなく、箱の中にしまわれていた手紙の特徴だ」

「私が、手紙箱から出した覚えはありません」

「なら、誰かが箱から持ち出した。持ち出して、宛名を破り、王女殿下への脅迫状に仕立てた」


息を詰めた。

そんなことが、できる人間は、限られている。

手紙箱の中身を知っていて、手に取れる人間。


「手紙箱は、どこにあったんですか」

「記録では、温室の控え室だ。茶会の日、あなたはあそこで休憩を取ることになっていた。違うか」

「……そうです。茶会の間、私の手紙箱は、温室の控え室の机の上に」


茶会の日の午後の記憶が、また、真っ白に抜け落ちている。

けれど、あの日、控え室にあった手紙箱を、誰かが開けた。

その誰かが、この手紙を持ち出した。


「提出者は誰ですか」


私は、ジルベールに尋ねた。

彼は、写しの余白に書かれた小さな字を、目でたどった。


「……『提出者、グランシェ公爵令嬢イザベル。五月二日、リュシー殿下の遺品を整理中に発見したと申し出』」


イザベル。

茶会の四人目。王太子妃の座を狙っていた、公爵家の令嬢。


黒髪を高く結い上げた、背の高い人だ。言葉は丁寧なのに、いつも微笑みの奥で、相手の値打ちを測っている。レティシアは、彼女を好きではなかった。同時に、彼女を侮ることだけは、一度もできなかった。


「殿下の遺品から見つかった、と言っているんですね」

「そうだ。だが、手紙の宛名はミレイユ嬢だ。ミレイユ嬢宛ての手紙が、なぜ王女殿下の遺品に紛れていた」

「紛れていたんじゃない。持ち込まれたんです」


自分の声が、思ったより強かった。

ジルベールが、少しだけ眉を上げる。


「持ち込んだのは、イザベル様。それとも、イザベル様に手紙を渡した、別の誰か」


扉の外から、控えめなノックの音。

ルネだった。昼番の彼は、いつもの愛想のいい笑顔で、一通の封書を差し出した。


「ロシュ卿。たった今、門番が受け取りました。『ロシュ卿宛て』と」


差出人の欄に、細い字で、名前が書かれている。

ジルベールは、封を切って便箋を広げた。


「……読め、と言うのか」


彼は、私に紙を渡した。

几帳面な、小さな字が並んでいる。


『ジルベール・ロシュ卿へ。法務院で示された「脅迫状」の文面について、お話ししたいことがございます。あの手紙は、リュシー殿下ではなく、私に宛てた手紙ではないでしょうか。私は、あの手紙を一度も受け取っておりません。ミレイユ・オードラン』


読み終えた瞬間、指先から力が抜けていく。


法務院が見落とした真実を、ミレイユは、自分の力でたどり着いていた。

原作の彼女は、この事件の真相に最後に辿り着く人物だった。その彼女が、こちらへ、手を伸ばしてきたのだ。


夜会で、殿下の隣に立っていた飾り気のない娘。レティシアが、あれほど妬んでいた相手。

彼女は、自分に向けられた敵意の手紙が、見当違いの罪状に使われていることを知って、黙っていられなかったのだろう。

その公正さが、胸にこたえた。


「ロシュ卿。ミレイユ様に、お会いしたいです」

「許可を取る。規則では、面会は私の立会いのもと、騎士団の許可が必要だ」

「間に合いますか」

「間に合わせる」


もう、何度目だろう、この言葉を聞くのは。

けれど、その声に、迷いはなかった。


ジルベールは卓の上で便箋を引き寄せ、デュボワ卿宛ての申請書を、その場で書きはじめた。

理由の欄には、『新証拠に関する証人の聴取』とある。

書き終えた紙を、彼はルネに預けた。


「第二隊へ。今日中に、返事をもらってこい」

「はっ。承知いたしました」


ルネが敬礼して走り去る。

その背中を、私は少しだけ、複雑な気持ちで見送った。

疑うべき相手が増えすぎて、誰を信じていいのか、まだ決めきれない。

それでも、扉の前に立ち続けるこの騎士だけは、信じてみてもいいと、思いはじめていた。


処刑まで、あと三日。

今夜、別邸の侯爵からの返事が届く。

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