第四話 同じ今、ちがう時刻
七月二十五日の午後、わたしたちは天文科学館の展示室に集まった。
三つ目の謎は、時差だった。
「明石は東経百三十五度やろ。世界の基準になる経度から、九時間ずれてるんよ。グリニッジを通る線が、経度ゼロ度。そこから百三十五度離れてるから、九時間差になる」
世界地図の前で、ソラはいつものように得意げに説明した。
「うん、それは前にも言ってた」
「ほんで、明石が今、昼の三時やったら、グリニッジは朝の六時。同じ瞬間でも、時刻が違うんやって」
わたしは、頭では理解できた。けれど、「同じ瞬間なのに、違う時刻」という言葉が、どうしても実感としてつかめなかった。今は今のはずだ。それなのに、場所によって、その今を表す数字が違うなんて、変な感じがする。
「同じ月を見てても、向こうの人は、違う日付かもしれへんで」
「それ、もっと分からない」
「でも、それって、ほんまに同じ瞬間って確かめられるん?」
ナナが聞いた。
「何が?」
「明石で三時に撮った写真と、海外で四時に撮った写真。送られてきた時刻が違ったら、同時に撮ったか分からへんやん」
わたしは答えに詰まった。
時計に表示された数字が違うことを確かめたいのに、その時計を使って「同じ瞬間」を決めようとしている。考えてみれば、少し変だった。
「じゃあ、どうやって同じ瞬間だと確かめる?」
美月さんが尋ねた。
わたしたちはしばらく考えた。
「通話をつないだまま、合図したら?」
ナナがスマートフォンを持ち上げた。
「わたしが手を振った瞬間に、向こうでも時計を映してもらう。少し通信の遅れはあるかもしれへんけど、別々に写真を撮るより、同じ瞬間やって分かりやすいやろ」
「でも、今すぐ通話できる相手なんているの?」
「シドニーにおる従姉に聞いてみる。夏休みやし、たぶん家におると思う」
ナナがメッセージを送ると、しばらくして返事が来た。今なら通話できるらしい。
画面に、ナナの従姉の顔が映った。その後ろには、明石とは違う部屋の景色が見える。
『時計を映したらええの?』
「うん。こっちも時計を映すから、同時に見せて」
ナナは、天文科学館の壁時計が画面に入るようにスマートフォンを構えた。従姉も、部屋の時計へカメラを向ける。
「せーの!」
二つの時計が、同じ画面に並んだ。
明石の時計は、午後三時を指している。
けれど、シドニーの時計は、午後四時だった。
「ほんまに、一時間ずれてる……」
ナナが画面を保存した。
わたしは、そこに並んだ二つの時計を何度も見比べた。同じ瞬間を映しているのに、針が示す数字は違っている。
「今」は、ひとつしかない。
けれど、その今を表す時刻は、場所によって違う。
「どうして同じ瞬間なのに、違う時刻になるんですか」
わたしが尋ねると、美月さんが、地球儀と懐中電灯を用意してくれた。
「その理由を、地球の動きから考えてみましょうか」
美月さんは地球儀をゆっくり回しながら、懐中電灯の光を当てた。光が当たっている面が昼、当たっていない面が夜。地球儀がくるりと回ると、さっきまで光の中にあった場所が、影の中へ入っていく。
「光は止まっているのに、地球が回っているから、同じ瞬間でも、場所によって昼と夜が分かれるの」
「日本が昼のとき、地球の反対側は夜……ってことですよね」
「そう。太陽が見える時刻は、場所によって違うでしょう。だから世界中で同じ数字の時刻を使うのではなく、地域ごとに標準となる時刻を決めているの」
わたしは、地球儀をぐるぐる回しながら、何度もその仕組みを確かめた。光が当たる場所と、影になる場所。その境目が、刻一刻と移っていく。
今までずっと、時刻というものは、世界中どこでも共通の、絶対に動かないものだと思っていた。けれど、それは違った。
同じ今は、世界中につながっている。
けれど、時刻は、それぞれの場所で暮らす人たちが、同じ時間を分かち合うために決めた基準なのだ。
時差についての観測を終えたあと、ノートに新しい言葉が現れた。
ずれない時計を探すな。
ずれを直す人を探せ。
「時計を直す人やったら、心当たりあるで」
ソラがそう言って、得意そうに笑った。




