表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明石・星空時計の十日間  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/13

第三話 十二時ではない正午

 七月二十四日、わたしたちは天文科学館の前の広場に集まった。美月さんが用意してくれた木の棒を前に、わたしは首をかしげた。

「影の長さを測る、って言われても……何を測ればいいの」

 わたしが聞くと、ソラは棒を一本、地面にまっすぐ立てた。

「これだけでええよ。あとは、影の長さを記録していくだけ」

 標識の裏に刻まれていた文字を、わたしはもう一度思い出した。

 時計が十二時を示すとき、太陽は本当に真ん中にいるか。

「十二時に、影が一番短くなるんでしょ。当たり前じゃない」

「ほんまにそう思う?」

 ソラの聞き方には、どこか面白がっているような響きがあった。わたしはむっとしながらも、頭の中で考えた。太陽は朝、東から昇って、夕方、西へ沈む。一番高い位置に来るのは、当然、昼の十二時のはずだ。

 わたしたちは木の棒を地面に垂直に立て、十分おきに影の長さを測っていくことにした。

わたしはノートに、時刻と影の長さを几帳面に書き込んだ。

ソラは巻尺を持つ係、ナナは写真係、テンはわたしの肩の上から、興味なさそうに欠伸をしていた。

「十一時四十分、影の長さ、四十二センチ」

わたしは、ソラが読み上げた数字をノートに書き込んだ。


 十分後、もう一度巻尺を確かめる。

「十一時五十分、四十センチ」

 数字が小さくなっていく。やっぱり、十二時に向かって短くなっている。わたしは少し得意な気分になった。

「ほら、やっぱり十二時が一番短く――」

 十二時ちょうど。

 影の長さは、三十八センチだった。

 わたしは念のため、もう一度測り直した。三十八センチ。変わらない。

 十二時五分。

 影は、さらに少し短くなっていた。

「……おかしい」

 わたしはノートを見返した。十二時を過ぎても、影が短くなり続けている。

「測り方、間違えたかな」

「ちゃうちゃう、合うてるで」

 ソラが平然と言う。

「合ってるわけない。十二時が一番短いはずなのに」

「それが、ずれたんやろ。ずれたことが、答えなんちゃう」

 わたしは納得できなかった。間違った数字を「答え」と呼ばれても、気持ち悪いだけだ。わたしはもう一度、棒を立て直そうとした。地面が斜めだったかもしれない。棒が曲がっていたかもしれない。何かしら、わたしのミスがあるはずだった。

「ひよりさん、何度もやり直すより、まずは結果を見てみたら?」

 美月さんが、わたしの手を止めた。

「予想と違う結果が出たときこそ、調べる価値があるのよ」

 わたしは渋々、ノートを見返した。影が一番短くなったのは、十二時五分から十二時十分のあたりだった。十二時ちょうどではない。

わたしはノートに、考えられる理由を書き出した。


一、棒がまっすぐ立っていなかった。

二、時計の十二時と、太陽が一番高くなる時刻が違う。


二つ目を書いてから、わたしは自分で首をかしげた。そんなことがあるとは、思えなかった。

「どっちが合ってるか、どうやって確かめる?」

 ナナが聞いた。

「棒が曲がってるかどうかは、別の棒でも測れば分かる」

 わたしは言った。

「地面が傾いてるかもしれへんで」

 ソラが、棒の根元をのぞき込んだ。

「じゃあ、場所を少し変えて、もう一回測る?」

 わたしたちは、広場の別の場所にもう一本の棒を立てた。時刻をそろえて影の長さを測ったけれど、やはり十二時を過ぎてからのほうが短かった。

「棒のせいじゃない」

 わたしは、ノートの一つ目の仮説に線を引いた。

「ほんなら、二つ目なんちゃう?」

 ソラが言った。

「時計の十二時と、太陽が一番高くなる時刻が、ほんまに違うとか」

 わたしは、まだ信じきれないまま、もう一度影を見た。

「でも、どうして違うの?」

「その前に、もう一つ確かめてみる?」

 美月さんが、天文科学館の裏手を指さした。

「すぐ近くに、日時計があるの」

「日時計?」

「太陽の影で時刻を見る道具よ。私たちが立てた棒と、基本的な考え方は同じね」


 わたしたちは荷物を持って、天文科学館の裏へ回った。石段の先には、木々に囲まれた神社が見えた。その境内の前に、数字の刻まれた日時計が立っている。

「ここが、柿本人麻呂がまつられてるっていう、柿本神社かぁ」

 学校の授業で習った場所に、わたしは初めて訪れた。

 柿本神社は「人丸さん」とも呼ばれていて、地名の人丸も、柿本人麻呂から来ていると先生は言っていた。 

 教科書で見た大昔の歌人の名前が、神社や今の町の地名として残っている。

 少し不思議な感じがした。 

 日時計のそばまで行くと、斜めに立った棒から、細長い影が伸びていた。わたしはスマートフォンの時計と、日時計の目盛りを見比べた。

「同じ時刻じゃない」

「日時計が示すのは、太陽の動きをもとにした時刻だからね」

 美月さんが言った。

「でも、スマートフォンの時計が示しているのは、日本中で共通して使うために決められた標準時。二つは、いつでもぴったり重なるわけではないの」

 天文科学館の塔時計は、決められた時刻を示している。

 神社の前の日時計は、今この場所に落ちている太陽の影を示している。

 どちらも時間を表しているのに、同じ数字にはならない。

「時計のほうが間違ってるわけじゃないんですよね」

「日時計が間違ってるわけでもないわ」

 美月さんはうなずいた。

「見ている時間の基準が違うの」

 わたしはノートの二つ目の仮説を見つめた。


 二、時計の十二時と、太陽が一番高くなる時刻が違う。


 さっきまで、ありえないと思っていた。

 けれど、目の前の二つの時計が、それを示していた。

「どうして、こんなずれが起きるんですか」

 わたしが尋ねると、美月さんは日時計に伸びた影を見た。

「いい質問ね。時計の十二時って、何だと思う?」


 わたしは少し考えて、答えた。

「太陽が真上に来る時刻……じゃないんですか」

「それは、太陽時って呼ばれる考え方。でも、私たちが普段使っている時計の十二時は、それとは別のもの。日本中で時計を合わせるために決められた、標準時の十二時なの」

 わたしは、頭の中で、自分が当たり前だと思っていたことが、少しずつほどけていくのを感じた。

 太陽が一番高くなる時刻――南中というらしい――は、場所によって違う。明石と東京でも、わずかに違う。それなのに、時計の十二時は、日本中どこでも同じ時刻を指している。

「つまり、時計の十二時は、空が決めてるんじゃなくて、人が決めてるってこと?」

「正確には、太陽の動きをもとに、みんなが使いやすいように人が決めた基準、かしらね」

 わたしは、その説明を、ノートの隅に書き留めた。十二時という数字を、これまでずっと、絶対に動かない正しいものだと思っていた。でも、それは誰かが「これにしよう」と決めた基準にすぎないのかもしれない。

「水野、なんか悔しそうな顔してるで」

「悔しくない」

 悔しかった。予想が外れたことよりも、自分が「当たり前」だと思い込んでいたことのほうが、悔しかった。


 観測を続けるうちに、ナナが連続で撮っていた写真を見返していたとき、声を上げた。

「あれ、これ変じゃない?」

 ナナが見せてくれた写真は、十一時五十八分から十二時のあいだに撮ったものだった。前後の写真と比べると、その一枚だけ、影の向きが少しおかしい。まるで、別の時刻に撮られたもののように、影が逆方向にぶれている。

「カメラの設定がおかしかったのかな」

 わたしが聞くと、ナナは首をひねった。

「分かんない。連続で撮ってたのに、これだけ違う」

 わたしたちは、もう一度、その時刻の前後の写真を並べて確認した。けれど、原因は分からなかった。一分間だけ、何かが記録とつながらない。

 テンが、その写真をじっと見ていた。

「テン、何か知ってるの」

「……我は、何も知らぬ」

 その言い方は、いつもの偉そうな口ぶりとは、どこか違っていた。何かを知っていて、言わないでいるような間があった。

「絶対、何か知ってるよね」

「知らぬと言うたら、知らぬのじゃ」

 それ以上、聞いても無駄だった。テンは羽繕いをするふりをして、わたしから視線をそらした。


 夕方、観測を終えて荷物をまとめていると、ノートのページがひとりでにめくれたように、新しい一文が見えた。


 海の向こうでも、同じ十二時か。


 わたしは、その言葉を見て、また分からないことが増えたと思った。けれど、不思議と、それを嫌だとは思わなかった。

 予想が外れることは、失敗ではないのかもしれない。

 ソラの「ずれたことが答えなんや」という言葉を、わたしは帰り道、何度も思い出していた。

 まだ完全には納得できていない。それでも、少しだけ、その言葉の意味が分かるような気がしていた。

 空を見上げると、太陽はもう、西のほうへ傾き始めていた。

 あの太陽が一番高くなる瞬間と、時計の十二時のあいだに、目には見えない、小さなずれがある。

 わたしは、そのずれのことを、もう少し知りたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ