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第8話 謎の肉パーティ〈1〉

 今日は〈団栗亭(アイヒェルン)〉の定休日の火曜だ。朝食を食べ終えて応接間のソファに腰かけたジルは、熱心に縫い針を動かしている。先日のイチゴおつかいで転倒し破ってしまったズボンを繕っているのだ。


 向かいの一人がけソファに長い脚を組んで座っていたイザークは、ジルの過去について思いを巡らせる。協力者フロイライン・クラウディアがいたとはいえ、彼女にも依存せず、今までこうやって、爪に火をともすような暮らしをしてきたのだろう……、と。


「穴を開けたのが仕事着じゃなくてよかったですよ。これは部屋着にすればいいし」


 自分の服だって大切なものだろうに、とイザークは思ったが、口に出しては言わなかった。


「……ジルくん」


「なんでしょう、イザークさん」


「新しいズボン、買ってあげるよ」


 手元を止めたジルが顔を上げて、イザークをじっと見つめた。施しなど不要と言われたら引き下がろう、とイザークが苦笑っぽい笑みを唇に浮かべたとき。


「どうしてそこまで僕に入れ込むんですか? マフィア的にメリットがあるとでも?」


 イザークはぎくりと笑みを崩しかけたが、一つ咳払いして、こう言い訳することにした。


「一般人を懐柔するのは、マフィアの大切な仕事じゃないかな」


「マフィアの洗脳を正当化されても……」


 ジルはそう消え入るように突っ込んだ後、何かを言いかける。


「例えば……」


 ジルは、やっぱりそうだ、と自分自身で納得したようにうなずいてから、さらに続ける。


「僕が何かマフィアの後ろ暗い事情に深く関わるキーパーソンで、あなたが僕というキーパーソンを監視するために派遣された人物であるのなら、こう、すうっと一本の線で繋がるな……、と思ったんですよ」


 イザークは、ああ、やはりこの王子は聡い、と思い直さざるを得なかった。


「どうしてそう思ったんだい?」


「いや、イザークさんがあまりに挙動不審なものだから」


 ジルが真顔になって、イザークも真顔になった。


「そっか」


「そうです」


 ジルはうなずいておいて、こんなことを言い出した。


「でも、イザークさんは、現時点では僕を利用しようとはしていない。言うならば、ただの監視。まだ明確な悪意の類いは、感じられない……」


 イザークは碧い目を見開いた。するとジルはその表情を見たのかどうか、すぐに「バカなことを言いました!」と、激しくかぶりを振った。


「今のは、忘れてください」


「いいや」


 イザークははっきりと首を横に振ってみせた。


「忘れろっ」


 イザークがソファの肘置きに頬杖をついてにやにや笑っていると、王子から「針で刺しますよ」と、なかなかにヴァイオレンスな返答があった。


「どうしても、ジルくんにはズボンを新調してあげたいよ、俺」


「はっ……。もしかして、マフィアのマネーロンダリングってやつですか。裏金を物品に置き換えて、『贈答品』として隠蔽するやつ!」


 もっともらしいことを言った、と得意げな王子にイザークはまたもや真顔になった。


「違うよ、ジルくん」


 結局、引っ越し祝いということにして、イザークはジルに新しいズボンを買ってあげた。ついでに、自分の帆布エプロンも手に入れた。二人が仕立て通りからの帰り、屋敷に到着して応接間でくつろいでいたときのことだった。


 にわかに馬蹄の響きがして、イザークはやや身構えた。


 玄関扉のドアノッカーが叩かれ、玄関でちょうど花を活けていた家令ヘンリックが応対しに行った。イザークが応接間のカーテンを開けてガラスの大窓から外の様子を覗くと、来客の馬装が目に留まる。


──あれは、王城の使者!


「まずいまずいまずいまずい……」


 イザークはジルに悟られないくらいの本当に微量な声で呟く。


「バレたら、まずい」


 流石に使者もそれを承知していたのだろう。すぐに荷物の木箱をヘンリックに渡して、公爵であるイザークの姿を窓際に認めると、簡易礼だけを寄越し、そそくさと立ち去っていった。


「ヘンリック、ずいぶんと大きな荷物だな。何が入っている?」


 玄関まで移動すると、ヘンリックが重そうな木箱を床に下ろしたところだった。


「さあ、なんでしょうな」


 額の汗を袖で拭う仕草をしたヘンリックも小首を傾げている。


「よし、開けるか」


 イザークが怖々箱の中身を確認してみると、清潔なガーゼにくるまれた物体が現れた。だが、赤い血が布地に滲んで、なんだか生々しい。悪く言えば、グロい。


「イザークさん、これ……」


 肉塊? マフィアの? 一部?


 隣のジルはそう言いたげにイザークを見つめてきた。無言でも、目が口ほどに物を言っている。イザークの背筋は寒くなったが、箱に上等なメモ紙が添えられていることに気づく。


『私が狩猟祭で仕留めた鹿だ。腿と大腰筋だぞ。食べさせてやってほしい。──A.E』


 流石にマフィアの死体の一部ではなかった。安堵の溜め息をついたイザーク。


「ジルくん」


「はい」


「えっとねえ、マフィアのドンから、鹿肉が届いた」


「マフィアの、ドン」


「そう。そのドンが仕留めたお肉だ。モモとフィレ。高級部位だよ。たくさんお食べ」


──国王陛下(マフィアのドン)

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