戦場の支配者たち
天界の門の前
無数の天使たちが、銀色の鎧をまとい静かに佇む。
それぞれの手に握られた武器の刃が、微かに光を放つ。
空気は張り詰め、戦場の前の静寂が広がっていた。
そんな天使たちを、小高い石の台座から見下ろす男がいた。
戦神ザファード。
短い銀髪が風になびき、深紅の瞳には戦いを前にした興奮が滲んでいる。
「今回の魔族討伐なんだがな――」
ザファードは隣に立つ男へと低く告げ、楽しげに唇を吊り上げる。
「ミノタウロスがいるんだとさ。」
声音には、隠しきれない喜びが滲んでいた。
「……楽しみすぎるだろ!」
くくっと笑うザファードを見て、エルディアスは盛大にため息をついた。
「あのウシの化け物ですか? 参ったな。大剣を振り回す貴方と違って、俺は射手なんですよ。」
ウェーブのかかった蜂蜜色の髪を無造作にかき上げ、心底うんざりした顔をする。
まったく、また戦闘狂が暴れる気満々だ。
ザファードの性格には慣れたつもりだが、問題はその戦場が毎回過酷を極めることだった。
気づけば何度も死線を越えている。
(また何か無茶をしでかすんだろうな……)
アンバー色の瞳で戦闘狂の指揮官を睨めつける。
「なんだよ、心配すんな。お前の弓は百発百中だろ?」
「いやいや、それを言うなら、貴方の剣こそ絶対無敵だ。俺の命を救った回数、覚えてますか?」
「いいや、数えるのはめんどくせぇな。」
――そのやりとりの最中、一人の男がこちらへ歩いてきた。
「遅いぞ、ファリオン!」
エルディアスが片手を挙げて呼ぶと、ファリオンは軽く手を上げ、微笑んだ。
「悪い。女神の学堂で長居しすぎた。」
そして、ザファードとエルディアスの前に立ち、一息つく。
瞬間――
彼の瞳が鋭くなる。
「で? 今回はミノタウロスが何だって?」
「よく聞け、ファリオン。あいつらはな……」
ザファードが嬉々として語り始める。
エルディアスは半ば呆れつつも、静かに彼らを見つめた。
この戦闘狂たちは、強さだけでなく、戦いへの異常なまでの熱意を共有している。
――そして、確かに圧倒的に強い。
「ったく……俺まで戦闘狂だと思われたら迷惑だ。」
心の中でぼやきながら、エルディアスは扉を見据えた。
この戦いが、彼らをどこへ導いていくのか――
天界の門が重々しく開かれる。
---
高揚感が、ファリオンの胸を満たしていた。
ゆっくりと開いていく巨大な扉の先――
そこには、地上へと続く境界が広がっている。
天界の門。
それは通過者が強く思い描いた場所へと導くもの。
ファリオンは何度もこの門をくぐってきた。
イグニスを目の前で失って以来――
魔族を討つことが、救えなかったイグニスへの償いだった。
戦いに身を投じている間だけは、あの瞬間を忘れられる。
イグニスの胸がネメシスに貫かれた、あの決定的な瞬間を。
罪悪感と、自分の弱さへの嫌悪。
それらすべてから目を逸らすために、ファリオンは戦い続ける。
「出撃だ!」
ザファードの声が響いた。
ファリオンは足を踏み出す。
門をくぐる――
瞬間、足元が暗転した。
---
またか、とエルディアスは眉をひそめる。
凄まじい落下感!
強烈な風圧に目を開けていられない。
そして、視界が鮮やかに開けた。
――彼らは、空の上に放り出されていた。
続いて飛び出してくる天使たちも、驚きながら翼を広げる。
「だから! どうして空中なんですか!」
エルディアスが叫ぶ。
ザファードは、笑った。
「どうしてって、そりゃお前……」
地上に、巨大なミノタウロスが見えてきた。
三メートルを超える牛頭の魔物。
ザファードは深紅の大剣を抜いた。
「このほうが楽しいだろ?」
――ザファードは急降下しながら
身体をひねり、その勢いのまま
ミノタウロスの巨体を真っ二つに切り裂いた!
エルディアスも静かに力を解き放つ。
影が漆黒の弓矢を形成する。
アンバー色の瞳が、ミノタウロスの眉間を捉えた。
影の矢が音もなく放たれる――
瞬く間に巨体が崩れ落ちた。
戦場が、一瞬にして混沌に染まる。
天使たちが次々と突撃し、咆哮と悲鳴が響く。
だが――
その中心で、ザファードは返り血を浴び、不敵に笑っていた。
深紅の瞳に宿る戦いの狂気。
下唇を舐め、振り向くことなく大剣を振り上げ――
背後のミノタウロスを、一閃!
魔族は悲鳴を上げる間もなく、胴体ごと切り裂かれた。
「ふはははは!」
高らかに笑い、大剣を振るう。
「目が完全にイッてるな……」
エルディアスが肩をすくめる。
しかし、口元にはわずかな笑み。
影の力を宿した漆黒の矢弓を引き絞ると、空間を歪ませるほどの力を帯びた。
そして――
矢を放つ!
矢は無数に分裂し、黒い流星となって降り注いた。
次々と魔族を射抜き、地上を血の海に変えていく。
その時――
閃光が走った。
大地が震え、轟音が響く。
白金の髪をなびかせ、ファリオンが降り立つ。
その手には、神聖なる剣カリス。
瞳には――すべてを見通し、すべてを凍らせる氷の光。
戦場の支配者たちが、ここに集っていた。
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