燃え尽きる炎、その先に
琥珀色の瞳が鋭く光り、深紅の髪が乱れ、まるで炎のように揺れる。
狂気に染まったオルドの視線が、ファリオンからイグニスへと移る。
その瞬間、標的が変わった。
「ダメだ! イグニス!」
ファリオンの絶望の叫びが響く。
だが、遅かった。
オルドの槍、ネメシスが疾風のごとく突き出される。
その黒き刃は、まるで意思を持つかのように真っ直ぐにイグニスの心臓を貫いた。
琥珀の瞳が、大きく見開かれる。
「──ッ!」
深紅の髪がふわりと揺れ、ゆっくりと燃え尽きる炎のように儚く舞う。
ファリオンが息を呑む。
それは、始まりだった。
貫かれた傷口から、黒い呪力が溢れ出し──イグニスの身体を蝕んでいく。
指先が、腕が、足元が。
まるで砂のように、霧となって宙へと溶けていく。
「イグニス! ダメだ!死なないで!」
ファリオンの悲痛な叫びが、広間に響き渡る。
涙に濡れた顔をくしゃくしゃに歪め、もがくように手を伸ばす。
だが、その手はもう、イグニスに触れることすらできなかった。
崩れていく。
この世から、まるで最初から存在しなかったかのように。
(……これが、終わりか)
自らの体が消えていく感覚を、イグニスは静かに受け入れていた。
苦痛は、もうない。
あるのはただ、穏やかな静寂。
しかし──
このまま消えるのは、あまりにも寂しすぎる。
だから、せめて最後に。
せめて、一つだけ伝えなければならないことがある。
ファリオンが、泣いている。
「そんなに泣くな、ファリオン……」
崩れゆく身体で、彼は微笑む。
「大丈夫だ……私たちはまた……必ず未来で出会うのだから……」
優しく、柔らかい声だった。
だが、その言葉に込められた確信は、確かにファリオンの心へ届いた。
ファリオンは涙をこぼしながら、必死に声を上げる。
「イグニス! 行かないで!」
その願いが届くことはないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
イグニスはもう、声を返さなかった。
最後に、琥珀の瞳が微かに輝く。
そして──
彼は、完全に崩れ落ちた。
砂が風に舞うように、音もなく。
ファリオンの手をすり抜け、広間の冷たい空気に溶けていく。
そこに立っていたはずのイグニスは、もうどこにもいなかった。
残されたのは、ファリオンの嗚咽とエルディアスの叫び、そして神々の静寂。
──だが、終わりではなかった。
オルドの狂気は、さらに膨れ上がっていた。
「クク……ハハハ……!」
泣き濡れたファリオンを押さえつけたまま、オルドは槍を振り上げる。
「消えろ、貴様も!」
ネメシスが闇を裂き、振り下ろされる──
──その瞬間。
轟音。
爆発的な衝撃が広間を揺らし、オルドの身体が宙を舞った。
「ぐっ──!?」
次の瞬間、背中から壁に叩きつけられる。
激しく砕け散る石壁。
衝撃の余波で広間の空気が歪み、舞い上がった破片が鋭い弾丸となって弾け飛ぶ。
オルドの手から、ネメシスがこぼれ落ちる。
槍は一瞬、宙に浮かんだ後、黒い霧となって霧散した。
──そして。
広間に、足音が響く。
静かに、一歩。
力強く、一歩。
「ったく……もう審判は下ったろうが」
鋭い声が、場を支配した。
ファリオンが呆然と見上げる。
そこに立っていたのは、戦神──ザファード。
彼の愛用の大剣が、血のように深い赤の輝きを帯びていた。
その剣を静かに構え、倒れたオルドを見下ろす。
圧倒的な気配。
まるで、世界そのものを断ち切る刃のように。
オルドは壁にもたれ、痙攣する指を伸ばす。
だが、もはや何も掴めなかった。
腕を覆っていたはずの漆黒の紋様は、跡形もなく消えている。
かつて誇った圧倒的な力は、完全に失われていた。
ザファードはため息をつきながら、ファリオンを振り返る。
「大丈夫か? チビ」
軽い口調。だが、その赤い瞳には微かに気遣わしげな光が宿っていた。
だが──ファリオンには、その声が届かない。
瞼の裏には、イグニスが消えた光景が焼き付いていた。
胸が、痛む。
「……守れなかった。」
心が呟く。
押し寄せる絶望と、自分の無力さ。
すべてが深い暗闇となり、彼を飲み込んでいく──。
──そのとき。
どこからか、微かな風が吹いた。
静寂の広間に、そっと。
ファリオンははっとして顔を上げる。
風なんて、吹くはずがない。
ここは閉ざされた空間のはずだ。
「……イグニス?」
思わず呼んだ。
返事はない。
ただ、どこからか──
「またな」
そんな声が聞こえた気がした。
一瞬、鼓動が止まる。
「……気のせい?」
誰に言うでもなく呟く。
しかし、ファリオンの手のひらは、まだ温かかった。
それを見ていたザファードが、口の端を少しだけ上げる。
「……なるほどな。」
その意味深な一言に、ファリオンは顔を上げる。
「え?」
「いや……なんでもねぇよ。」
ザファードは肩をすくめると、大剣を担ぎ直した。
「行くぞ。もう、終わったんだ。」
そう言って歩き出す。
ファリオンは、しばらくその背中を見つめていた。
──だが、彼の胸の奥にはまだ、微かな"熱"が残っていた。
まるで、消えたはずの炎が、まだどこかで燃えているかのように。
最後まで、お読みいただきありがとうございます。
次回もまたお楽しみに!
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