絶望の槍と光の剣
オルドが静かにネメシスを掴んだ瞬間、広間全体の空気が凍りついた。
「っ……!」
その手が柄に触れるや否や、槍の白い輝きが黒い波紋を纏い始める。
瞬く間にオルドの腕へと広がり、蛇のように絡みつく漆黒の紋様。
脈打つように鈍く光り、禍々しさを増していく。
神々は息を呑んだ。
ネメシスの力が 持ち主の精神を蝕もうとする光景 を目の当たりにしたからだ。
オルドの氷のような瞳がわずかに険しくなる。
冷静沈着な彼ですら、この槍の力には 慎重にならざるを得ない。
だが、オルドは眉一つ動かさず、低く呟いた。
「この程度の代償、承知の上だ」
その言葉と同時に、漆黒の紋様がさらに深く輝く。
イグニスの喉がひりつく。
「ネメシスは……使う者を選び、力の代償として魂を蝕む……」
かつて自らが鍛えた神器。
その恐ろしさを 誰よりも知っているがゆえに、彼は息を呑んだ。
「師匠…… イグニス!」
観証者の席から、ファリオンが叫ぶ。
その声には恐怖と焦りが滲み、視線はネメシスとイグニスの間を行き来した。
「待て、ファリオン!」
隣のエルディアスが 咄嗟に腕を掴む。
だが——
ファリオンは その手を振りほどいた。
「イグニスを失うわけにはいかないんだ!!」
衝動に突き動かされるように 広間の中央へと駆け出す。
その瞬間、
「——審判の執行だ」
オルドの 冷徹な宣告 が広間に響いた。
槍を振り上げる。
ネメシスが鈍い光を放ち、空気を震わせる。
静寂。
まるで 時間が止まったかのような 張り詰めた空間の中、
ファリオンは、ひたすらに駆けた。
指輪が眩い光を放つ。
「——!」
光が粒子となり、彼の手のひらへと集まり始める。
熱い。
だが、それは 苦しみではない。
それは、まるで 命そのもののような輝き。
光はやがて 剣の形を成していく。
その刀身には イグニスの加護 を示す紋様が刻まれていた。
ネメシスが イグニスを貫かんと振り下ろされる——
「イグニスを……守る!!」
ファリオンは全力でカリスを振るった。
バチィィン!!
激しい閃光。
剣と槍が衝突し、広間全体が震える。
火花が散り、空気が弾けた。
「なっ……!」
オルドの顔に、初めて 驚愕の色 が走った。
「ファリオン……」
イグニスが 震える声 で彼の名を呼ぶ。
彼を守るように立つ、まだ幼さの残る背中。
その手には、カリスが 堂々と握られている。
「カリス……」
イグニスは 僅かに目を閉じ、静かに呟いた。
「その剣がカリスだ。
お前に渡した指輪を器とし、私が鍛えあげた最後の神器となる。ネメシスと対極にあり、あらゆるものを生かす剣。
意思を持つカリスは、今お前を選んだ。
そして、これからは お前の困難を払ってくれるだろう—— 」
ファリオンの瞳が 強く光を宿す。
「カリス……」
その名を呟いた瞬間——
オルドが冷たく言い放つ。
「神聖な審判の場を乱すとは……愚か者が!」
ネメシスを振り上げる。
ファリオンはカリスで応戦したが、
「っ……ぐ!」
ネメシスの圧倒的な力に押される。
刀身が軋む。
オルドの猛攻は止まらない。
冷たい狂気を宿した青い瞳が、ギラリと光る。
彼の槍の動きは荒々しくも正確だった。
「こんなものか? 光の神よ!」
その言葉とともに、ネメシスの一撃が叩きつけられる。
ファリオンは——
耐えきれず 吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
床に叩きつけられる。
響く鈍い衝撃音。
すぐに オルドの膝が、倒れたファリオンの背中を押さえつけた。
「これで終わりだ」
動けない。
呼吸が止まる。
ネメシスの穂先が ゆっくりと 下がる。
狙いは ファリオンの首元。
オルドの瞳には、 もはや正気の欠片もなかった。
「やめろ!!」
エルディアスが叫ぶ。
広間が 混乱に包まれる。
観証者たちの間から悲鳴やざわめきが巻き起こった。
「こんなことが……!」
何人もの神が 息を呑む。
アステリアは蒼白な顔で、その光景を見つめていた。
紫の瞳には涙が滲み、震える手で口元を覆う。
「……お願い、やめて……」
その瞬間——
「ネメシス!お前の標的は俺だろう!!」
堂々と響く その声。
ファリオンの背後から——
イグニスが最後の力を振り絞って叫んでいた。
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