神々の審判と忌まわしき槍
アルクィアの中心、天界における最も神聖な場所――審判の広間。
純白の石造りの壁には神光が降り注ぎ、広間全体が荘厳な輝きに包まれている。
その中央には、神々の法を象徴する「審判の台座」。
そこに、火と鍛冶を司る神――イグニスが、黒き鎖に囚われていた。
鎖は彼の力を封じ、絶え間なく神気を奪い続けている。
だが、その琥珀色の瞳はなお光を宿し、どこか静かに燃えていた。
威厳を保ったまま、イグニスはゆっくりと顔を上げる。
最上の席――神々の頂点に立つ主神アウルスの席を見つめた。
しかし、そこには白い垂れ幕がかかり、不在を静かに告げている。
(……やはり、そうか)
イグニスの唇に微かな笑みが浮かぶ。
アウルスは、全てを知っているのだ。
自分が人間を見捨てられないことも、
そのために火を授けたことも、
そして、これから起こるすべても――
(それでも、俺は選んだ)
神の理ではなく、自らの意志で。
その選択の先に何が待つのか、アウルスは見通しているはずだ。
ならば、自分もこの結末を受け入れるだけ――
イグニスの表情から、迷いは消えていた。
広間には数多の神々が集まり、その光景を静かに見守っている。
審判の場に立つ者が誰であれ、ここでは感情を交えてはならない。
だが――
エルディアスとファリオン、そしてアステリアの三人だけは違った。
双子は固く拳を握り、強張った表情で師を見つめる。
アステリアもまた、不安げに唇を噛みしめていた。
その緊張を切り裂くように、広間に低く厳かな声が響く。
「審判を始める」
静寂を破り、裁きの神――オルドが歩み出た。
肩ほどの長さに揃えられた銀灰の髪が揺れ、冷たい光を纏う白のローブが床を滑る。
その肩に施された金の刺繍は、まるで鋭い刃のようだった。
青く澄んだ瞳が、無言の圧力をもってイグニスを射抜く。
その一歩ごとに、広間の空気は張り詰め、冷たく研ぎ澄まされていく。
「イグニス、火と鍛冶の神よ」
オルドは厳かに告げた。
「お前は人間に火を授け、知恵を与えた。
それだけではない。リリスを天界に招き入れ、
彼女を通じてさらなる知識を広めた」
「それがどうした」
イグニスは眉一つ動かさず、静かに問い返す。
オルドの目がわずかに細まった。
「結果、人間たちは己の力を過信し、争いを始めた。
その戦火は広がり、魔族をも活性化させ、
世界の均衡を著しく崩している」
その言葉に、広間の神々がざわめく。
彼らも知っている。
今、人間界では戦が絶えず、かつてない混乱が広がっていることを。
「人間と神の境界を侵し、
天界の理を乱したその行い――」
オルドは静かに告げた。
「お前の罪を、ここに問う」
イグニスは一瞬目を閉じる。
そして、目を開いたときには――
嘲笑うような微笑を浮かべていた。
「罪? 均衡?」
低く呟きながら、静かに首を振る。
「神々が作り出した理が、そんなに完璧なものだとでも?」
イグニスの琥珀色の瞳が、神々を見渡す。
「俺はただ、人間が滅びるのを見過ごせなかった。
それが罪だというのなら――」
鋭く、言い放つ。
「好きに裁け」
その言葉に、広間が凍りついた。
オルドの表情は微動だにしない。
「ならば、お前の言葉の正しさを、槍に委ねるとしよう」
彼は静かに右手を上げた。
次の瞬間――
広間の空気が揺れる。
まるで世界そのものが震えるかのような感覚。
光の筋が虚空に伸び、そこから――
一本の槍が現れた。
長く白銀に輝く柄。
漆黒の刃を持つ穂先。
刀身には神の紋様が刻まれ、微かに脈打ちながら光を放つ。
その光景は、あまりにも禍々しかった。
神々の中に、息を呑む者がいる。
その力を知る者は、声すら出せない。
イグニスの瞳が見開かれる。
そして――
「……ネメシス……」
喘ぐように、その名を呟いた。
彼自身が鍛え上げた、"神殺しの槍"。
天の理を乱した者に対し、最後の審判を下す絶対の武器。
その槍が振るわれたとき、何が起こるのか。
彼は、誰よりもよく知っている。
これは、ただの武器ではない。
これは――
終わりそのものなのだ。
静寂が広間を支配する。
ネメシスの穂先がわずかに揺れた。
まるで試すように――
「イグニス、お前は何者だ?」
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