表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/27

絶望か救済か――火の神の決断と裁きの時

フォグ・リフトが開かれると、濃密な霧が渦を巻き、暗闇が静かに広がり始めた。

その向こうに続くのは、人々が生きる地上――下界への道。


目の前に広がる深い闇に、リリスは思わず身を震わせた。

この扉の先に何があるのか、どこへ辿り着くのか、誰にもわからない。


フォグ・リフトは通る者の心を映し出し、望む場所へと繋がるという。

だが、それが真実かどうか確かめた者は、一人もいない。

この門は一方通行。天界から地上へ降りた者は、決して戻れないのだから。


不安が押し寄せる。

果たして、自分はこの先で生き延びられるのか。

そして——イグニスと一緒に行けるのか。


リリスは静かにイグニスを見上げた。

彼の琥珀色の瞳には決意が宿っている。

だが、その奥に滲むのは、深い悲しみの影。


(……まさか)


胸がざわめく。


「この闇の向こうに……本当に希望があるの?」


自分でも驚くほど小さな声だった。


イグニスは答えなかった。

代わりに——リリスをそっと抱きしめた。


突然のことに、彼女は息を呑む。


「イグニス……?」


彼の腕は少しも緩まない。

けれど、その温もりは、どこか別れを告げるように感じられた。


「リリス。ここから先は、君一人で行くんだ。」


雷が落ちたような衝撃。


「どういうこと? 一緒に行くんじゃなかったの?」


リリスの声が震える。


イグニスは静かに目を閉じた後、決意を込めて言った。


「俺は神だ。

 もし君と一緒に地上へ降りても、オルドにはすぐに見つかる。

 君が逃げ切るには、俺がいない方がいい。」


「そんな……嫌よ、イグニス!」


ペリドットの瞳から、涙が溢れた。

震える声で叫ぶ。


「一緒じゃなきゃ、どこにも行きたくない!

 二人で……今までみたいに、静かに人間として暮らせばいいじゃない!

 何も望まないわ。ただ、あなたと一緒にいたいの!」


リリスの言葉に、イグニスの表情が一瞬揺らいだ。

彼は彼女を抱く腕に、わずかに力を込める。


「リリス……俺だって、そうできたらどれほど幸せかと思う。」


低く、優しい声。

けれど、その響きにはどうしようもない現実が滲んでいた。


「でも、俺は火の神だ。

 人間に火を伝え、知恵を授けてきた。それには責任が伴うんだ。」


フォグ・リフトの向こうに続くのは、戦火で荒れた地上。

リリスをそこへ送り出す決断が、どれほど彼の心を引き裂いているか——

誰にも知ることはできない。


イグニスは深呼吸をし、リリスを見つめる。


「君を一人で行かせることは、俺にとっても耐えがたい。

 だけど、俺がここに残らなければ、君を守ることもできない。」


 


——ゴウッ!


二人の足元から霧が立ち上り始めた。


フォグ・リフトが、閉じようとしている。


漂う霧はたちまち濃霧となり、渦を巻いて二人を包み込む。


「イグニス……?」


リリスが彼を見上げた、その瞬間。


イグニスは彼女の肩を掴み、強引にフォグ・リフトの奥へ押し出した。


「イグニス! 嫌よ!!」


リリスが泣き叫び、手を伸ばす。

だが、渦巻く濃霧がそれを阻み、指先すら触れられない。


燃えるような深紅の髪の男は、彼女と初めて出会ったときと同じ深い琥珀色の瞳で彼女を見つめていた。

ただ、一つだけ違う。


その眼差しには、深い愛と決意が込められていた。


イグニスの口が動く。


リリスにははっきり聞こえなかった。

だが、その口の動きは確かにこう告げていた。


「生きろ」


 


——そして、霧が渦巻く。


リリスの身体を包み込み、視界が闇に沈む。

すべての音が消えた。


「ど、どうして?!」


ファリオンの声が響いた。


リリスだけが霧の中に消えたのを目の当たりにした双子は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


イグニスはゆっくりと振り返る。

その表情は穏やかだった。


「フォグ・リフトを開けたのは、お前たちのおかげだ。

 本当に……ありがとう。」


二人は何も言えなかった。


その時——


ふわりと足元から再び霧が立ち上る。

それは、瞬く間に濃くなり、双子を包み込んでいく。


「うわっ!」

「師匠!」


「フォグ・リフトの余波だ!」


霧の中からイグニスの声が響く。


「ここは扉の外! 下界には繋がっていない!

 望む場所を――思い浮かべろ!」


「望む場所……?」


エルディアスは反射的にそばにいるファリオンを掻き抱いた。

紫色の瞳の幼馴染の姿が、脳裏に浮かぶ。


その瞬間、霧が一気に濃く渦を巻き、二人の身体を飲み込んだ。


 


 


イグニスは、何もなくなった霧の向こうをしばらく見つめていた。


何もかもが霧の中に消え去り、恐ろしいほどの静寂が森を包む。


 


バサッ……


バサバサッ……


——羽音。


 


鎧の擦れる音が、静寂を切り裂いた。


イグニスはゆっくりと顔を上げ、振り返る。


「ようやく……お出ましか、オルド。」


鎧に身を包んだ天使たちは、思わず息を呑む。

燃え尽きた紅蓮の炎の中に立つ、神。

その凄まじい気迫に、誰もが言葉を失った。


だが——


天使たちの中央に立つ男は、微動だにしない。


氷のように冷たい瞳が、静かにイグニスを見据える。


「裁きの時間だ。イグニス」


読んでいただきありがとうございます!

次回が気になった方は是非ブックマークをよろしく

お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ