天界の門と、囁く戦神
天界アルクィアの門は、慌ただしく揺れていた。
いつもは静寂に包まれ、神聖な空気が流れるこの場所。だが、今は違う。
下界の戦争が激化し、天界の門は戦場への入り口となっていた。
甲冑をまとった神々が次々と門をくぐる。長い外套を翻し、無言のまま消えていく天使たち。彼らの背には、決意と緊張が滲んでいた。
門は、まるで息をしているように、淡く光を放っている。
純白の巨大な扉には、金細工が施され、二柱の神像が静かに佇む。その無機質な瞳は、門を通る者たちをじっと見下ろしていた。
——そして、その足元では、天界の衛兵たちが目を光らせている。
門の周囲には、どこか張り詰めた空気があった。まるで、この場に立つだけで、戦場の冷たさが肌を刺すような感覚がする。
門から少し離れた、黄金の葉を茂らせる木々の陰。そこに潜む二つの影が、じっとその様子を窺っていた。
「すごいな……こんなにたくさんの神が集まるなんて」
ファリオンが感嘆の声を漏らす。目の前には、煌びやかな甲冑をまとった神々、青白い光を纏う天使たち。彼らは次々と門をくぐり、下界へと降りていく。
その表情は、厳粛で、どこか鋭い。
ファリオンとエルディアスの胸に渦巻くのは、好奇心と興奮、そして、わずかな恐れ。
彼らはまだ少年。この門を通ることは許されていない。
それがどれほど不公平なことか——ファリオンは、不満を隠せなかった。
「イグニスと一緒なら、リリスでさえ門を通れるのに……僕たちはダメなんて、おかしいだろ?」
ファリオンの呟きに、エルディアスは身震いしながら首を振る。
「だからって、勝手に行こうなんて考えないでくれよ。見つかったら怒られるどころじゃ済まないんだから」
落ち着かない様子で周囲を見回すエルディアスを横目に、ファリオンは視線を門に向けたまま動かない。
門の向こうの世界。そこでは何が起きているのか?なぜ僕たちは、そこへ行くことを許されないのか?
彼の中で、どうしようもない疑問と衝動が膨れ上がる。
「……俺たちがもっと強かったら、行けたのかな」
ぼそりと呟いた言葉に、エルディアスが息を呑んだ。
「やめろよ、そんなこと……」
不吉なことを考えるな、と言いたげな表情。
しかし、ファリオンの心には、ずっと燻っていた感情があった。
“イグニスの弟子だから”
“まだ未熟だから”
そんな理由で、門の向こうを許されない。それが、悔しくて仕方なかった。
——その時だった。
「ほぉ? これは……光と影の双子じゃねぇか」
低く響いた声。
二人の背筋が凍りついた。
驚いて振り返ると、そこには——
銀髪の戦神、ザファードが立っていた。
彼の身を包む銀の鎧は、煤と泥にまみれ、ところどころにどす黒い血がこびりついている。まるで戦場から戻ってきたばかりだと、一目でわかる姿だった。
ザファードの深紅の瞳が双子を見据える。笑みを浮かべてはいるが、その眼差しには、神としての威厳が滲んでいた。
「お、おい、ファリオン、早く戻ろう!」
エルディアスが怯えた声で囁く。
だが、ファリオンは動かない。
ザファードの視線が、まるで獲物を見つけた猛禽のように鋭く光った。そして、その目が——ファリオンの指にはめられた指輪に向けられる。
「その指輪……イグニスの力を感じるな」
静かに紡がれたその言葉に、ファリオンは思わず手を握りしめた。
イグニスが、自分のために鍛えた指輪。この中に、神剣カリスが封じられている。
だが、それを知るのはイグニスと自分だけ。
(ザファードが何を感じたのかは分からないが……)
「……だから?」
ファリオンはザファードの顔を見上げ、気丈に問い返した。
ザファードは、にやりと口角を上げる。
「威勢だけはいいな、アウルスの秘蔵っ子」
指輪をじっと見つめ、わずかに首を傾げる。
「なるほどな……イグニスが作ったにしちゃ、随分と大人しいな」
ファリオンの心臓が跳ねた。
「……どういう意味だ?」
「イグニスの作る武具ってのはな、どれもクセが強い。ただ持ってるだけじゃ、力を貸しちゃくれねぇ」
ファリオンは息を呑む。ザファードは、まだこの指輪の正体を知らない。だが、それでも「何かが封じられている」ことを感じ取ったのだ。
「普通なら、もっと荒々しい気配を感じるもんだ。だが、こいつは……まるで“沈黙”してるみてぇだ」
ファリオンの喉が、ごくりと鳴る。
(試された。でも……認められてはいない)
「イグニスが何を仕込んだかは知らねぇが、そいつはまだ、お前を“主”とは認めちゃいねぇんじゃねぇか?」
ファリオンは、強く拳を握りしめた。
しかし、その考えを深める間もなく——
「下界は今、戦火に包まれている。そして、裁きの神オルドが動き始めた。……つまりだ、イグニスは罪を問われるだろう」
ファリオンとエルディアスは顔を見合わせた。不安が胸の奥から湧き上がる。
「イグニスが……罪に?」
ファリオンの脳裏にリリスの笑顔が浮かんだ。
次の瞬間、彼はザファードの言葉を最後まで聞かず、踵を返して駆け出した——。
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