5・解せぬ
朝日だ。
待ち遠しかった。
お腹がぐぅぐぅ鳴るのを我慢しながら夜が明けるのを待っていた。
あの後、台所を探しに降りるわけにもいかず、かといって空腹で寝れず、
仕方ないので窓から外を眺めたり、ドア前のランプがどうなってるのかランプカバーを開けたり、
ベッドの下を覗き見たりしながら時間を潰していた。
あ、ベッドの下には塵も埃も何もありませんでした。
マメなタイプかー私と逆だなーエルフもどきさんは。
私はというと、引越しの時にベッドの下からごっそりゴミと埃と靴下が出てきたタイプです。
靴下の片方がいつも行方不明になるタイプです。
それはともかく、
さっき下から物音がしたのだ。
エルフもどきさんが起きたのかもしれない。
そろそろ本気で彼とコンタクトを取らねば。
いや、今までも本気で頑張ってましたけどね?
頑張る前に意識が遠のくとも言うけれど・・・。
空腹もあるし、いい加減、眼を合わせないでと言わなければ。
あ、あと謝らないと。ありがとうとごめんなさいはすぐ言うべきだしね。
謝ったもの勝ちとも言う。
・・・なんか、変な感じ。
誰かにそういった教養を教わった事を覚えているのに、それが誰かは覚えていない。
自分を形成するなにかにぽこぽこと穴が開いたような感じがする。
謝るというのは半分本音で半分口実だ。
多大な迷惑をかけているのは分かっているのだけど、
どうしても恐怖心が邪魔をしてエルフもどきさんに素直に申し訳ないと思えない。
身体がモンスターや敵認定してしまってるからだろうか。
「まず謝る、眼を合わせないでくれと頼む、それらをきっかけに会話が成立する・・・・・はず」
ぶつぶつと何度も心の中で練習しつつ部屋を出て階段を下りていく。
視線は常に下向きだ。
会ったら即頭を90度下げて謝る。いろいろとご迷惑おかけしてすいませんでした!あと眼を合わせないで頂けますか?気絶してしまうようなので。
会ったら即頭を90度下げて謝る。いろいろとご迷惑おかけしてすいませんでした!あと眼を合わせないで頂けますか?気絶してしまうようなので。
会ったら・・・・・・・ぶべっ!
階段を降りて早々、誰かにぶつかった。
ちょ、え、待って、あばばばばばばばばばばば
忘れてた。階段の下はすぐトイレだった。
思わず顔を上げようとして、慌てて下を向くと、トイレと反対側の壁に張り付いた。
「どうぞ?!」
ぶつかった相手、確実にエルフもどきさんであろう、は、気まずいような困った空気を出しながら、
『あ、あぁ・・・・』と言ってトイレに入っていった。
「・・・・・・・」
うわああああ気ーまーずーいー。
トイレ前でぶつかるとかないわー乙女的にないわー
え、これどうしよう。
トイレ出てきたら、謝るの?というか、ここでトイレ出るの待つの?
トイレの外で待ってるとか、私キモくない?
あ、やばい、トイレの中の音、聞こえる?
そう思った瞬間、壁伝いにカニ歩きでトイレから離れた。
なるほど、トイレの音姫の普及も納得だ。
女はトイレの音を聞かれたくないし、聞きたくないしのだ!(特に異性のは!)
しばし待つ間、予定の狂ったこの現状をどう打破すべきか悩んだ。
トイレから結構距離をとってしまった今、出てきたエルフもどきさんに即座に謝るには遠い。
下向きに俯いてる風に立ち、相手がこちらまで歩いてきて声をかけてきたら即座に謝るか?いけるか?
詫びと眼を合わせないでほしいという要求を一気に言えるだろうか?
でも他に良い案がない。よし、これでいこう。
下向きにやや俯き、戦闘準備OKで待っていると、
エルフもどきさんはすぐにトイレから出てきた。
よし、さぁこい!
・・・・・・あれ?
かろうじて見える視線の先には、トイレの前で立ち止まっている彼の足が見える。
なにやら困っている感じだ。
私と距離を取ろうとして、でも進行方向に立っているので動けない、といったところだろうか。
どうしよう。詰んだ。
今の私はというと、硬直状態、蛇ににらまれた蛙状態になっていた。
結構距離があるにも関わらず、彼がトイレから出て少しした後、おそらく見つめられた瞬間から身体が硬直してしまった。
わーお、ビックリ。
近距離で気絶、遠距離で硬直か。まじでイービルアイじゃないか。倒すの苦労したなーアイツ。
昔遊んだRPG 《ロールプレイング》ゲームの事を思い出して現実逃避するくらいしか今の私にできる事はない。
なにせ身体が硬直してるのだ。
不思議なのは、動かないのは身体だけ、という事だろうか。
声も出せないのでやや下を向いたまま、棒立ち状態で数分経過した。
そこでようやくエルフもどきさんが異変に気付いたのか、こちらに歩いてくる。
これ、覗き込まれたらまたアウトだなー。
遠距離攻撃?なせいか、恐怖心はちょっとしかない。
その妙な不自然さに、「攻撃」という言葉がしっくりきた。
いや、私が知らないだけで、
世の蛙は蛇に睨まれてから飲み込まれるまでの間、このような心穏やかな最後を迎えているのだろうか?
その後は、まぁ、やっぱりというか、気絶した。
本当に、なんでコイツは話しかけるとき眼を合わせようとしてくるのか。
お願いだからいい加減気付いて!?
***********
もう本当に何度目か分からない気絶からの起床。
起きてすぐににエルフもどきさんに対して怒りが沸いてくる。
「あんのクソエルフもどきいいいいいいいい!!!」
「美形だからって誰もが好意を持つとおもうなよ?!
アイツ絶対バカだろ!バカだよね?
こんだけ眼を合わせた直後に気絶してんのにまだ眼を合わせるか?!
なんか気付けよ!!!っていうか眼を合わせてくんな!!!」
・・・失礼、でも口に出して少しすっきり。
冷静になって、ふと自分の変化に気付く。
昨日の夕方頃は、起きてもまだ気絶した時の恐怖心が残っていたように思う。
しばらく経ってようやく落ち着くというか・・・
起きてすぐこんなに怒ったりするような気力はなかった。
これはあれか、気絶しなれたとか??
気絶に慣れとかあるのかな・・・
ともかく、状況は改善しつつあると前向きに考えると、再チャレンジするべくベッドから飛び起きた。
そこで、テーブルに見慣れぬ紙が置いてある事に気付く。
あちらさんもようやく何か思ってくれたのだろうか?
と、期待したものの・・・何が書いてあるのかまったく分からない。
見たことのない文字で書いてある。
そうか異世界だからか、と納得したけれど、じゃあなんで言葉は通じるんだろう。
あれかな、よくあるチート能力ってやつかな?
と言うことは、他にもチート能力があるかもしれない?
おおおおお~!それはちょっと楽しみじゃない?!
チート能力と考えて気分は上がるものの、
じゃあなんでこんなに気絶してるんだよという現実に気分は再び落ちる。
いや、でも言語が通じるだけいいじゃない?
これで言葉が通じなかったら、本気で詰んでるよね?
前向きにいこうと自分を励まし、読めない手紙を持って、
再度階下の住人に接触を試みる為に部屋を出た。
はたと思い直して一度部屋に戻ると、枕元に置いてあったフェイスタオルを持っていく。
何をするかと言えば、これで目隠しをするのだ。
これなら眼が合うことがない!!!
我ながら名案だ。いける。これならいける!
タオルで目隠しをすると、手探りに階段を下りていく。
ゆっくり降りれば大丈夫。
下につくと、今度は壁伝いにゆっくり歩きながら、声をあげた。
「あの!すいませんー!」
声をあげてすぐ、パタパタとこちらに来る足音が聞こえる。
よし、がんばろう。これならいけるはず。
けれど、自信を持って挑んだ作戦は見事に砕かれた。
硬直した。
うそだーーーーー!なんでーーーー?!
タオル越しに眼があってるのを感じる。
目の前にいる。たぶんエルフもどきさんがいる。
すっごい困った感じの空気出してる。
言葉にならない、「え?」とか「それ」「なぜ」とか呟いてる。
こっちが聞きたい。
でももう硬直してしまったからにはどうすることも出来ない。
向こうからすれば、うっかり助けたばかりにやたらと世話のやける見知らぬ女が、
呼んでおいてなぜかタオルで目隠しして突っ立って微動だにしないのだ。たまったもんじゃないだろう。
でもごめんね。こっちも何もできませぬ。
タオルのおかげで気絶しないだけ私の策は意味があったと思うのよ、うん。
どうしようもない私は硬直したまま、
しばらく戸惑った空気を感じていたのだけれど、
彼は何を思ったのか、急に私をお姫様抱っこしてきた。
ぎゃああああああああああああ!!!!
あ、歓喜の叫びではなく、恐怖の叫びです。
だいぶ慣れてきたのか側にいるだけなら恐怖心は薄れていたのだけど(今まで眼があってただけだったし)
触られると恐怖感が半端ないくらい一気に湧き上がった。
イービルアイ(触手うにゃうにゃの眼だけの不気味なモンスター)に抱き上げられてるとご想像下さい。
怖いでしょ?
夢のお姫様抱っこがまさかの恐怖。解せぬ。
『・・・すぐ着く。我慢してくれ。』
短く焦ったような声色で彼は呟くと、早足で歩きだした。
ドアが開く音がする。
ん?今手を使わずドア開けた?
そんな事を気にしている間に彼はどんどんどこかへ歩いていく。
風が頬に当たり、遠くから喧騒が聞こえてくる。どうやら外に出たらしい。
遠くの喧騒がどんどん大きくなっていく。
人の少ない場所から人通りの多い場所へ移動しているらしい。
ぞわぞわと恐怖が滲んでくるが、身体はピクリとも動かない。
でもやっぱり頭のほうは思考が停止したり真っ白になったりしていない。
そんな時間が経たないうちに、彼の足は止まった。
随分と周りの生活音が騒がしい。
傍に人はいなそうだけど、周囲に民家が沢山あるような感じ?
『カイン!・・・・カイン!朝早くすまないが、急ぎなんだ。開けてくれないか。』
エルフもどきさんが叫ぶと、ドアが開く音がする。
『ふあああああ・・・朝はぇえなぁレイ・・・って、その子、なんだ?』
『訳ありだ。とにかく鑑定板を使いたい。』
『よくわかんねぇけど、ほらよ。』
『起こして済まない』
『いいってことよ』
野太い男らしい声の持ち主といくつかやり取りすると、エルフもどきさんはまた歩き出した。
さっきの人は・・・多分ついてきてる。
声が聞こえてから、ずっとぞわぞわと恐怖が倍増してるというか、多分見られてるのが分かるから。
感じる光が暗くなった事で、どうやらどこかの建物の中に入ったらしいと認識する。
『着いた。・・・下ろすぞ』
声をかけられ、そっと地面に下ろされる。
身体は動かず、そのまま地面に崩れるように座った。
『ここは鑑定板の前だ。・・・今それの原因を見るから、そのままじっとしてろ』
じっとも何も動けませんが?
あー・・・お腹すいたなぁ・・・・・




