俉話 一歩踏み出す
[リーシェside]
「あ、あの……」
門をくぐった後も変わらず抱き上げられるその腕に恐る恐る見上げる
無意識のうちに彼女の服を握りしめた手に小さく微笑んだらしいが、その時は突然笑う彼女がただ、こわい と感じていた
「 ん? あぁ、驚いたろう? 悪かったね」
俺の視線に気づいたのかふわりと優しげな表情をして、空いている手で軽くなでる
俺を下ろすそぶりも無く、歩みは決まりきっているかのように戸惑いが無かった
止まることの無いまま、移り変わる街並にふと意識がそれる
王都の街並みを初めて目にして、先ほどあったことは意識の端に追いやられていた
ゲームのバックで見た景色に似た何かを感じ内心喜びを感じる中、ロゼリア? の声が耳に入ってきた。
「リーシェ……といったね。とりあえず門の中に入るにはその内側の所属の証明か、通行証、つまり身分証明だね、が必要になるんだ。」
門番にも言われたことを告げられる
何度も言われなくてもそのぐらい10歳なら理解できるだろ
……なんて、表面的には出さないようにこの10年で磨いてきた子供らしさで言葉を返す
「それ、さっきもおじさんたちに聞いたよっ」
「そうだね、じゃあわかると思うけど、あたしは、門番にあんたの許可証を持ってく必要がある。」
「うん。」
「これから、うちのギルドに仮加入の手続きをしてもらうから、2か月はうちで働くこと。うちに帰るのはそのあとだね」
「っえ?」
そんなのゲームの設定であったか……?
否、ゲームはそこまで細かく設定してないか……城の中がメインだったしな
「まぁ、安全とかは保障するから少し早い独り立ちと思って頑張るんだね。一人の夜を外で過ごすのは嫌だろう?」
少し前の優しげな笑顔とはうって変わってニヤリといかにも何かたくらんでます。といったていで俺を見下ろす。言われた言葉も決定事項であり否定もできない内容に返す言葉も出なかった
「う゛っっ 」
「ワタシのおかげで内に入れたんだからねっ感謝なさい」
さらには、肩に留まる自分の使い魔に追い打ちをかけられる始末……。
俺が一体なにしたってんだっ!!
胸を張って自慢げに説明するリッカ曰はく、通行証云々の時には、俺だけじゃ頼りないと思ったらしく外にいたロゼリアに助けを求めたらしい
……主人が頼りないって早々に見切りをつけんなっ
そう、言いたかったが…………
「――……リッカ、ありがとう」
しょうがないから、礼を言っとこう
ふわりと花が咲くように笑うリーシェを抱き上げていたロゼリアが驚きと安堵の顔をのぞかせたのは誰も目にすることはなかった
「さぁ、ついたよ。ここが組合フーリシャ国王都支部」
「組合?」
「身分証明もらえるトコ。今日は登録だけしましょ」
「でも、門番の人が鐘がなったらお仕事終わりって」
「ん?何かあった時のために交代しながら24エナやってんの。何事にも例外はあんのよ、例外」
キィッ と扉を開け、続けて中の一室へと入る
そこで、門をくぐって始めて俺はようやく地に足をつけた
「おかえりなさい、ロゼ」
「ただいま、仮登録お願いしたいんだけど」
「仮登録?……あら、その子?………訳ありみたいね」
いらっしゃい、そう俺を手招くのは暗い紫の瞳を瞬かせてふわりとしかし色っぽく微笑んだ美女だった。
「ほら、さっさと行きな」
「うっ……よろしく、お願い、しま……す。」
美女の顎のラインで切りそろえられた藤の髪色をパサリと首を傾げるその姿に思わず固まってしまった俺を容赦なくロゼリアが強く背を押す
近寄ることしかできなかった……。
「はじめまして、わたくしフロイス・グラディといいます」
あなたのお名前は?
首を傾げる姿におずおずと答える
「リシャロット、で、す」
ふわりと優しげに微笑む姿にホッと息をつく
出会って6,7フィットくらいの関係だが、フロイスさんはさばさばしたロゼリアとは正反対の正確に見えた
「それじゃ、字は書ける? そう、じゃあ、ここに分かること書いてね」
ソファに座らされた俺の前に差し出された紙には名前と性別、年齢くらいしか書けなかった。
……なんだよ所属とか職業とか階級とかって
「……ありがとう。それじゃあ、リリーこれを提出しておくから明日の朝取りに来てね」
「りょーかい……ほら、いくよっ」
ポンと俺の肩を叩くと部屋の外へ出ていこうとするロゼリアの後を慌てて追いかける
ある、一言を聞くまでは
「リシャロットちゃんもまたね」
「……ぃ」
「ん?」
「……ちゃんじゃないっ、僕は男だっ」
ロゼリアの後を追おうとしたが、どうしても訂正しなければならない科白があった
初対面の相手には必ずといっていいほど間違えられる
ゲームの中では確かにあっている。が、実際は男なのだ
ここで否定しなければいつするっ
そう思い言葉に出すも
「っあはははっ」
「笑うなっ」
一瞬の間の後、溢れるようにでる声、フロイスさんはまだいい、声を出さないようにし、謝ってくれた
だがしかしっ、ロゼリアは抑えきれないとでもいうようにこらえるということをしなかった
……おかしいことは何もいってないのに
「っ、わ、悪かった、っく ほら、今度こそいくよ」
「ぅうっ……」
お腹を抱えて笑うロゼリアを涙目になってにらんでしまっても仕方がない……と思う
2人でギルドメンバーが集うというラウンジへの入り口の前まで来る
「いいかい、リーシェ、ここまではあたしの善意でやったこと。でも、ここからはあんた自身が頑張んなきゃいけない」
先ほどまでの雰囲気とは一転して、真面目ですって全身から訴えてる
表情も真剣で俺も思わず背筋を伸ばしてしまう
告げられた言葉は正論で事実だと思った
返す言葉も無くてうなずくしかできなかった
「まだ、10歳じゃ難しいかもしれないけど、自分にできると思うことをやりなさい」
「……は、い」
「ん。いい子」
ロゼリアの空気に飲まれてかすれた返事の俺に、ふわりと微笑む。
その微笑みに、先ほどのフロイスさんに似た何かを感じた
……案外似た者同士なのかもしれない
「よし、この扉をくぐったら、あたしとリーシェは冒険者と一般人じゃなく、ギルマス……ギルドマスターとギルドメンバーになるの」
一言一言言い聞かせるように紡がれる言葉に必死になってうなずく
いくら、不慮の事故とはいえ前世の世界のように外の世界が必ずしも安全とは言えないのだ
ゲームのシナリオ通りなら確実に
もう、前に進む以外に道は残っていない
「リーシェ、準備はいい?」
「っはい」
ロゼリアの言葉に今度こそ返事をする
そんな俺の姿を横目で確認すると扉を開いて中へと入っていく
一歩踏み出す
今度は無理矢理じゃなく、自らの意志で一歩踏み出せたのだ
2か月以上も開いてしまった……